純情ラプソディ(第5話)札押し
決まり字を把握するのは戦略だけど、この戦略に基づいて取りに行くのが戦術かな。まず基本中の基本は札の配置を覚える事。
「とりあえず自分の持ち札を記憶していないと始まらない」
とはいえ二十五枚もあるから容易じゃない。だから札の種類による並べ方の基本を教えてもらった。
「自分の定位置を決めておくのだよ」
あくまでもたとえばだけど、「あきの」は右下段、「はるす」は左中段、「あし」も左中段みたいな感じ。どんな持ち札が来るかはわからないにしろ、まずグループで定位置を決めておいて少しでも早く覚えようぐらい。ここも自分流儀が出る方が良いとも言ってた。全員が同じ流儀の定位置なら、
「相手に自陣の配置を覚えられやすくなるじゃないか」
トップレベルになると定位置さえ試合ごとに変えていく猛者までいるそう。これは少しでも相手に札の配置の記憶を遅らせるためらしい。さらに猛者になると、定位置さえ使わず並べただけで札の位置を覚えてしまうのもいると聞いて腰抜かしたぐらい。
競技カルタでは札を並べ終わると記憶時間が始まるのだけど、ここは大雑把に札を並べている時間で自陣の配置を覚え、記憶時間で相手陣の札の配置を記憶するぐらい。もちろん札を並べている間でも相手陣を見れるから、少しでも早く自陣の配置を覚えるほど試合は有利になる。
そう、競技カルタは札を並べ始めた時から競技はスタートしてるってこと。記憶時間は十五分だけど、この間に相手陣の札を少しでも早く覚えなきゃならない。もちろん、これは競技が始まってからも同じで、ひたすら札の配置を覚えまくるのが戦術の基本。
札の配置を覚える事で決まり字と札が結びつくのがわかってもらえると思う。競技カルタは決まり字で出札を特定してらおもむろに出札を探すのでなく、記憶した札の位置に最短時間で触れる競技と思ったら良いよ。
「その通りだが、そこで考えるのではなく、反応として動けるほど上級者だ」
その通りなのはわかるけど、そこまで行くのは大変なんてものじゃなかった。さて、決まり字の把握と、札の配置を記憶することで取りに行ける。そうなると次は取り方になるけど、その前に陣の説明をしておく。
陣とは自分の持ち札を並べたところだけど、これも並べ方のルールがある。まず陣の大きさだけど、幅が八十七センチで、縦はカルタを三段に並べ、段の間は1センチ、相手陣との間は3センチと決まってるんだよね。とくに幅なんて中途半端と思ったけど。
「畳の上の競技だからだよ。幅は畳の幅、段の間隔は畳目だよ。規則でも正確にミリ単位の厳守を求めてなくて、畳目を基準にしてOKとなっている」
持ち札はどうならべても自由だけど、基本は真ん中を空けて左右に分けるように並べるかな。そうなっているのは取り方に関連してくるけど、真ん中に札があると取りにくいとか、取りに行くときに引っかかりやすくて怪我しやすいとか、お手付きが発生しやすいとかあるとなってた。
もちろん真ん中に札を置く人もいる。札の配置は、相手に断れば変更は可能になってるんだ。もちろん多くの札を変えたり、何回も変えるのはマナー違反で、現実的に使えるのは終盤戦に一回ぐらいかな。
その時にあえて真ん中に札を置いて、相手の動揺誘うのもあるそう。ヒロコは見たこと無いけど、上級者には奇策として使う人もいるぐらいで良さそう。
さてだけど、札が並べ終わると、左右の上中下三段の札があるのだけど、この四隅を結ぶ線を競技線と呼ぶのよね。そう、この競技線の内側を陣と呼ぶことになる。自陣と相手陣が3センチ間隔を置いて正対している格好だよ。
もう一つ競技カルタで重要なルールがある。それはお手付き。いろはカルタでも間違った札を触れるとお手付きになるけど、競技カルタのお手付きは、かなりというか、相当違うものになる。
詠まれる上の句が出札であるかどうかでお手付きが変わるのが競技カルタ。出札は当たり前だけど、自陣か敵陣にあるのだけど、お手付きが発生するのは、出札がない陣の札を触った時なんだ。つまり、出札がある陣内では、出札以外の札を触ってもお手付きにならないのが競技カルタなんだ。
ちなみに空札の場合はどうなるかだけど、この場合は出札が存在しないから、どの札に触れてもお手付きになる。お手付きになると送り札をもらわないといけなくなるけど、空札の時に自陣と、相手陣の両方の札に触れようものなら、送り札を二枚もらう羽目になる。
お手付きが発生するシチュエーションはいくつかあるけど、上段の札を争った時には注意かな。相手陣との距離が近いから、少しずれるとお手付きが発生しやすくなるのよね。他にも色々あるけど、言い出したらキリが無いから追々と機会があれば説明する。
さて札を取る基本は相手より先に出札に触ることだけど、競技カルタでは札に触れる以外の取りもあるんだよ。恥ずかしながらヒロコも石村先生に教えられて初めて知ったようなものだけど、直接札に触れなくとも、出札を競技線外に押し出せば取りになるんだ。
どういう事かと言えば、たとえば中段右側に四枚の札があり、その右から二番目が出札だったとする。この時に、一番左側の札から四枚まとめて競技線外に押し出しても取りになるんだ。
競技線による陣やお手付きルールを先に説明したのは、この取り方のためで、これをカルタでは札押しと呼ぶんだ。出札が陣内にあるからお手付きが発生しないのがわかってもらえると思う。
札押しが認められた経緯は古すぎて石村先生も良く知らないとしてた。だからたぶんだけど、とにかく競技カルタは猛烈なスピードで札に手が伸びて行くじゃない。出札に触れようが触れまいが、その勢いのまま札は吹っ飛ばされるのよね。
その時に札に触れていたかどうかの判定は微妙になることもあると思う。だから触れようが、触れまいが取りにしたんじゃないかと思ってる。もちろん札押しにも取りのルールはあって、札が競技線外に押し出されているのはもちろんだけど、両者が同時に競ったら、
・より出札に近い方が取りとする
・距離も同じであれば、出札がある陣の取りとする
細かそうだけど、実際に競技をやっていればわかるんだよね。これは取れたとか、取られたとかね。ごくシンプルには相手の手より内側になったら明らかに遅れてるのは丸わかり。
この札押しにより取りが認められているから、競技カルタ特有の派手に札が吹っ飛ぶ光景が可能になるのはわかってもらえるかと思う。上級者になるほど物凄いスピードで札を狙って手が伸びて行くし、そこで手が交錯することある。
それだけじゃなく、札を吹っ飛ばす時に微妙に札が絡んだりもある。そうなった時に突き指をするぐらいはヒロコでも経験したし、下手すれば骨折もあるのが競技カルタ。百人一首を使う雅な遊びにも思われたりするけど、実際の競技はとにかくシビアなスピード勝負なんだ。
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