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セレネリアン・ミステリー(第24話)相本雪乃

 ここは神戸の集合住宅の一角。日本ではマンションと呼ぶそうだが、ボクの知っているマンションとかなり感じが違います。
 
「ところで柴川前教授はおいくつなんだ」
「柴川前教授は七十九歳だけど相本元教授は九十一歳」
 
 柴川前教授も良いお年だが、相川元教授となるとよく生きてられたよな。
 
『ピンポン』
 
 部屋に入るとさすがは夫婦そろっての教授の家。所狭しと文献が積み上げられています。
 
「むさくるしいところにようこそ。柴川です」
 
 助かった。柴川前教授は英語も堪能らしい。シンディ君も良く通訳してくれるけど、同時通訳って訳にはいかないから、ある程度はダイジェスト版になってしまうんだよね。それこそ、言葉のニュアンスとか、反応から読み取るのは無理だったもの。
 
「紅茶で宜しいでしょうか」
 
 こちらは娘さんかな。いや、歳からしたらお孫さんかも。
 
「御挨拶が遅れました。柴川の妻の相本雪乃です」
 
 えっ、えっ、えっ、ウソでしょう。相本元教授は九十一歳だぞ。どこをどう見たら、
 
「歳より若く見られることが多くて」
 
 そんなレベルじゃないだろう。東洋人の歳はわかりにくいところがあるにせよ、どう見たって三十代。頑張っても四十歳に手が届くかどうかじゃないか。これもエレギオン学の謎の一つと言うのか。シンディ君も茫然としています。

 相本元教授はエレギオン学の草分けで、第一次調査の前の予備調査から参加されています。この予備調査は酷かったようで、
 
「登山部からテントを借りて、毎日カップラーメンを食べていました」
 
 この時に相本元教授が調査終了ギリギリの時点でエレギオン文字を記した粘土板を発見したのが、今に至るエレギオン学の隆盛の始まりとして良いようです。
 
「ではクレイエールの小島元専務も」
「もちろんよく存じております。エレギオン学の大恩人です。小島専務がおられなければ、今のエレギオン学は存在していなかったとして良いでしょう」
 
 小島元専務の思い出を語る相本元教授には尊敬の念が満ち溢れています。
 
「相本分類についてお聞きしたいのですが」
「あれですか。あれは私の功績ではございません。私如きで出来るものではありません」
 
 やはり。では、
 
「どうしても表に出るのを断られてしまったので、やむなく相本分類としていますが、あれは疑いようも無く女神の分類です」
「えっ、小島・立花分類ではないのですか」
「違います。それでは小山前社長が入りません」
 
 やはり小山前社長も関与していたんだ。
 
「エレギオン学を学んだ者なら常識ですが、小島専務、立花副社長は同一人物です」
 
 これだけサラッと言われたので、一瞬何を言われたのかわかりませんでしたが、
 
「ひょっとして月夜野社長も」
「言うまでもありません。柴川は見抜けませんでしたが、あんなものは丸わかりです」
「ユキノ、その話は堪忍してくれ」
 
 ここで相川元教授は、
 
「何をお知りになりたいのですか」
「月夜野副社長が何者かです」
「あなたの思っておられる通りです」
 
 三人が同一人物だと。
 
「でも生まれも育ちも・・・」
「もちろん違います。両親も異なります。いわゆる血のつながりは全くありません。付け加えるなら、小島専務と立花副社長が同時に存在していた時期もあり、立花副社長と月夜野社長が同時に存在していた時期もございます」
「では生まれ代わりではない」
「ハンティング博士は読まれましたか」
 
 エレギオンの女神の魂はそうやって移り変わって行くとはなっていますが、
 
「もうこの世で小島専務、立花副社長、月夜野社長と実際に会って話した人物は私ぐらいしか残っていないと思います。この三人は間違いなく同一人物です。実際に月夜野社長とは第一次調査の時の思い出話に花を咲かせましたし、第二次調査で柴川が二人の女神から・・・」
「ユキノ、その話も堪忍してくれ。ハンティング博士に話すようなものではない」
 
 相本元教授は真摯な学究であるのはシンディ君が調べてくれています。決してウソを吐いたり、人を騙すような人物でないとも。それと高齢であるのは間違いありませんが、未だに学会には顔を出され、厳しい質問を飛ばすこともあるそうです。
 
「相本先生も女神なのですか?」
 
 相本元教授は宛然と微笑みながら、
 
「私は違います。ただ私は女神の恵みを受けております」
「恵みとはその容貌」
「もうちょっとありますが、あくまでも人であり、遠からずこの世から去ります。博士は月夜野社長にお会いになられるつもりと存じます。その時に女神の恵みを与えられんことを」
 
 これはまさに威。気押されてしまうのをどうしようもありません。
 
「一つ聞いても宜しいでしょうか。ボクは結果としてエレギオンの女神の秘密を追う格好になっています。それは良いことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか」
 
 相本元教授侑は相変わらず宛然と微笑みながら、
 
「女神が許すのなら知る事が出来ます。そうでなければ近づくことさえ出来ません。それが女神です。博士がお会いし、知ることが出来た範囲は素直に受け止められれば良いかと存じます」
 
 そこからニコッとされて、
 
「それにしてもハンティング博士は素晴らしい恋人をお持ちですね、ユウタもそう思わない」
「部屋に入って来た瞬間にわかったよ」
「ホントに。あなたの鈍さでもわかるの」
「だからあの時の話は許してくれよ」
 
 なんだ、なんだこの展開は、
 
「ちょっと待って下さい。シンディ博士は助手であって・・・」
 
 そうしたら相本元教授はシンディ君の方に向き直り、
 
「力になってやって下さい」
「任せといて下さい。必ずレイを幸せにしてみせます」
「シンディ!」
 
 見たらシンディ君も真っ赤です。どうにもエレギオンに関わると思わぬことが起るようです。

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