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エレギオン残照(第10話)神々の残照

 今日はコトリ専務がうちに遊びに来ました。色んな話を聞きたかったのですが、その前にサラとケイと遊ぶ遊ぶ。二時間ぐらい遊び回ってから、ようやくティー・タイムになりました。コトリ専務はやはり・・・

「そんな湿っぽい顔で見ないの。そりゃ、コトリだって女だから、欲しいと思ったことは数えきれないぐらいあるよ。でも、生きる方を選んじゃったからね」

 どういう事ですか?

「え、ああ、まあイイやん」

 珍しく言葉を濁らします。あまり子どものことは聞かない方が良さそうなので、以前からの疑問を聞いてみます。武神は見ようによっては、トーナメント戦みたいな感じで殺し合ってた事になります。

「そんな感じかな」

 そうなると、いくら数が減っても最後の強者が生き残って君臨するはずです。

「理屈ではそうなるんやけど、いわゆる自然死もあったのよ」

 神の自然死って、それはどういうこと。

「変な言い方やけどそうなる」

 神の宿主の移り方は魔王やデイオタルス、さらには首座の女神のユッキーさんみたいにいつでも好きな時に、誰でも移れるのは非常に珍しいタイプで、ひょっとしたらこの三人しかいないかもしれないと仰っいます。でしたらコトリ専務はどんな感じになるかですが、

「コトリは宿主が亡くなる、そやなぁ、だいたい一年ぐらい前から移れる能力が出てくる感じかな。その一年の間に次の宿主を決めて移るって感じ」

 他の神もやはりそんな感じだとか。

「だいぶ違う」

 ポイントは記憶を受け継ぐ能力の有無で、この能力も稀有の能力になります。この能力のない神は、宿主の死後にランダムに次の宿主に無意識のうちに移っていくことになるそうです。

「どういうたらエエのかな。宿主が亡くなった瞬間に記憶もリセットされてまうんや」
「完全にランダムなのですか」
「その辺はコトリもそんなに知らへんねんけんど・・・」

 これはアラッタで主女神から聞いた話だそうですが、とくに武神は胎児に宿るケースが多いみたいです。とにかく五千年前でも絶滅危惧種状態でしたから、確かなことは言えないそうですが、『たぶん』ぐらいと断りを付けてました。

 それとこれも前に聞いた質問なんですが、人の人格は本当に変わらないかです。。デイオタルスや魔王の話を聞く限りでは、人ではなく神の人格に思えてしまうのです。

「もう隠し切れんへんなぁ、ミサキちゃんは鋭いからね。記憶を受け継ぐタイプの神の場合、神の力によって変わるのよ。強ければ神の人格そのままになり、弱ければ人の人格になるの」

 じゃあ、コトリ専務は神の人格?

「そやねん。五千年前から一緒」

 ではシノブ常務やミサキは?

「人の人格よ」

 やはりコトリ専務の神としての力は尋常じゃないと考えて良いようです。それでも、ミサキの人格は人と聞いてちょっとホッとした気分もあります。ここで話を戻して胎児に宿った神は最初から神の能力を発揮するのかどうかです。

「そうじゃないの。人の成長に合わせて徐々に開花していくのよ。だから、たとえ神が宿っていても胎児や赤ちゃんは無力なことになるよ」

 じゃあ、胎児や赤ちゃんのうちに亡くなったら、

「神も共倒れで死ぬの」

 ああ、これが神の自然死か。でもお産でそうそう死ぬわけもないとコトリ専務に話したら、

「甘ないよ。お産から一か月以内の赤ちゃんを新生児っていうんやけど、日本では明治三十二年のデータが一番古いみたいやねん」

 今より悪かったんだろうけど、

「だいたいで言うと十人に一人弱ぐらい死んでるんよ。ここには一か月以降の乳児の死亡数を含んでいないし、死産も入ってないから一歳まででも十人に一人は軽く超えてるの」

 ひぇぇぇ、そんなに死んでたなんて。

「そうよ、これでも明治の記録やから、何千年前になるともっと悪かったってことになるわ」

 お産は命懸けって言われるのは、そういう事だったんだ。

「帝王切開もなかったし」

 でもカエサルは帝王切開で生まれたと聞いたことがありますし、カエサルがそうやって生まれたから帝王切開と呼ばれているはず。

「あれ、違うよ。古代ローマでは分娩の時に産婦さんが死んだら、お腹の子どもを取り出し取ったんや。えっと、えっと、レックス・カエサルメって言ってたっけ。ちなみに習慣やなくて法律でそうなっとってん」

 そうだったんだ。

「今で言う帝王切開は十六世紀から始まったとなっとるけど、十九世紀でも死亡率七十五%やったの記録があるぐらい」

 ミサキはホントに今の時代に子どもが産めて幸せだったと思います。でもそんなに死亡率が高いと・・・

「そうやねん。話をシンプルにするね。子どもがお母さんの胎内に出来て一歳ぐらいまでに亡くなる確率を十%とするやんか。昔はもっと高かったはずやけどわからんから置いとくわ。ほんでもって宿主の人の寿命をこれも仮に平均で五十年とするやんか」

 五十年に一回のお産を経験するよね。

「五千年生き延びようと思うと百回ぐらいお産を潜り抜けなあかんやろ。言い換えれば、十発のうち一発当りがあるロシアン・ルーレットを百回以上クリアせんとアカン事になるのよ」

 それじゃぁ・・・

「そういうこと。記憶を受け継がない神が今の世に生き残っている確率は限りなくゼロに近いってこと」

 それだったら、それだったら、コトリ専務は四百年前にシチリアから日本に来た時に記憶を封印されてますよね。その間はどうだったのですか。

「ロシアン・ルーレットを十回ぐらいクリアしたってこと。これはユッキーも同じ。だからカズ君の家に行った時に、お互いがまた会えたのは奇跡的なことやったのよ」

 そうなると、あの記憶の封印は、

「そのとおり。あれは自殺を目論んだのと同じ意味。それだけ生きるというか、記憶を背負い続けるのにアキアキしてたってぐらいかな」

 そうなると記憶を封印されたミサキの女神は、

「バレちゃったか。次からロシアン・ルーレットにさらさられるよ。今のお産事情は昔とは段違いに良くなってるけど。どこかで当たって神は死ぬことになる」

 人としての今のミサキには直接関係ない話とはいえ、なんかしんみりさせられるお話です。これはあんまり聞いてはいけないのですが、コトリ専務に子どもが出来ないのと、記憶を受け継ぐのは関連してるのかどうか。

「たぶん。主女神は記憶こそ受け継ぐことは出来なかったけど、次の宿主を選ぶ能力はあったの。それに主女神は子どもを産めたのよ。おそらくだけど記憶を受け継ぐ能力と子どもを産む喜びは等価交換だったみたい。もっともアラッタ時代の初代のコトリは単なる不妊症だっただけだけど」

 等価交換って錬金術みたいな、

「あははは、中世の錬金術もエレギオンの冶金技術が源流の一つになってるからね」

 この話の流れなら、今日は聞いてもイイかな。コトリ専務の子どもが出来ない封印はどうしたら破れるのか。

「そうねぇ、コトリの神が死ねばタダの人になるから子どもが出来るかも。もっとも、見かけも四十五歳になっちゃうし、高齢出産もイイとこになっちゃうわ」

 神を宿したまま封印を破るには?

「これは主女神のかけた封印だから、主女神でないと解けないわ。コトリやユッキーでも無理」

 では主女神を目覚めさしたら・・・コトリ専務は遠くの記憶をたどるように、

「ミサキちゃんから見ればアホらしいと思うけどしれないけど、コトリの掌にはアラッタの主女神から『どうか頼む』と手を握り、頭を下げられた時の感触がアリアリと残ってるのよ。これはユッキーもたぶん同じ。記憶を受け継いでるって結構重たいのよね」

 こればかりは重すぎる記憶を背負った人しかわからないのかもしれません。でも、でもですよ、コトリ専務の人生は楽しいのでしょうか。たった三十年ぐらいしか生きていないミサキと話をしても退屈じゃないですか。

「楽しいよ。だってさ、国民の生死が常にかかる政治の重責もなくなっちゃたし、あのクソ面倒くさい祭祀もやらんでエエし。今から思ても、ようあれだけやってたと思うもの」

 これはコトリ専務を見ているとわかります。会社の命運を背負う、社員の生活がかかってるなんて、コトリ専務にとっては重みとも感じてられないと思います。背負ってきた重みが何桁違うかわからないぐらいだからです。

「女神はね、今のこの時間を精いっぱい生きるの。これも気を悪くしないでね、ミサキちゃんも、シノブちゃんも、コトリの時間の中ではほんの一瞬の通りすがりなのよ。でも、そんな通りすがりの人たちと過ごした時間が宝物になっていくの。それが女神で、そういう通りすがりの人たちを幸せにするのが楽しいのよ」

 今の時間を楽しく大切にってのは言葉としては平凡ですし、当たり前すぎることですが、言っているのが途轍もなく長い記憶を背負っているコトリ専務の口から出ると重みが全然違います。長い長い経験の末にたどりついた紛れもない真理の重みがあります。

 コトリ専務が記憶として生き続けるのに退屈し切り、アキアキし尽くしているのは知ってしまいました。それでもなお生き続けておられるのは、出会った人々を大切にしたい、幸せにしたいの思いだけで良さそうな気がします。

 これは女神と言うより、コトリ専務が生まれ持った性格で良いはずです。だって、コトリ専務の性格は五千年前のアラッタから同じのはずだからです。それも神になる前の人時代からのものです。

 ミサキはコトリ専務に出会えて幸せです。ミサキだけではなく、コトリ専務にこの世で知り合えた人は幸せだと思っています。もっとも、コトリ専務は間違っても聖人ではありません。どこぞの聖人があれだけのトンデモ発想と、SMまがいの過激な猥談を白昼堂々恥ずかしげもなくするものですか。でも、いやだからこそミサキはコトリ専務を果てしなく敬愛しています。

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