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セレネリアン・ミステリー(第3話)リー将軍

「リー将軍、よく来てくれた。まずはかけたまえ」
 
 大統領執務室に呼ばれたが、要件を聞かされていないのが気になる。そうそう私はロジャー・リー、アメリカ陸軍の将軍。アメリカ陸軍で将軍と呼ばれるのは准将以上になるが、その上に少将、中将、大将、元帥とあっても呼ばれる時にはすべてジェネラル、つまりは将軍とされるのが慣例。

 アメリカ軍の将軍だが他国と違う特徴は少将までは通常の昇進だが、中将、大将はそれ相当の役職への就任と連動している。これは他国もそうではあるが、その役職から退任した時には元の階級に戻るのだ。

 たとえば准将からでも、それ相当の役職に抜擢されれば在任中は中将なり大将になるが、退任すれば元の准将に戻るということ。ちなみに大将相当の役職とは統合参謀本部議長・副議長、陸軍参謀総長・参謀次長、各統合軍司令官、準統合軍司令官、陸軍の主要部門司令官が該当する。

 私は准将で怪鳥事件の時にオーストラリア派遣軍の司令官に抜擢された。あの時の派遣軍は総勢十万であり統合軍司令官相当とされ、肩書として大将となった。そしてあの時の功績を非常に高く評価され、特別に司令官退任後も大将であることを認められている。
 
「リー将軍には特別の任務に従事してもらう」
「特別ですか」
「うむ。極秘任務でもある」
 
 そこから統合軍参謀本部議長らも交えて説明を受けたが、
 
「質問させて頂いて宜しいでしょうか」
「構わないが」
「これは陸軍が管轄すべき仕事でしょうか?」
 
 大統領は苦笑しながら、
 
「リー将軍には悪いとは思っておる。怪鳥事件の時も曖昧な体制で事件に臨ませてしまった。しかし将軍は立派に任務を成し遂げた。この評価は非常に高い」
 
 あれはひどかった。MBMO(Monster Bird Measuring organization)軍との共同作戦としながらMBMO軍は民間人の女性が三人だけ。それなのに実質的な総指揮はMBMO軍が握り、さらにさらにMBMO軍は公式にも実態は存在せず、単なるオブザーバー。あんな体制で戦争をするのは無謀としか思えなかった。
 
「今度の任務ですが、エドワーズ空軍基地は空軍の管轄であります。そこに私が乗り込んで指揮を執るのは無理があるかと存じます」
「その点については空軍ではなく統合参謀本部の管轄としてある」
 
 おいおい、机上で管轄を分けられても現場は困るだけだ。
 
「君の気持はわかる。でも今回は君が指揮を執らないと現場が収まらない懸念が高いのだ。このプロジェクトのために優秀な科学者を呼び寄せているが、時間もなく、少々強引な手法を取らざるを得なかった」
「議長、その宥め役を」
「そうなる。世界の英雄である君なら信用は篤い。空軍、いや君以外の将軍では到底おさまらない」
 
 なんてこった。怪鳥事件並に厄介そうだ。いや、あの時は怪鳥相手とはいえ戦争であったが、今度はうるさ型の科学者のまとめ役とはトホホホだよ。ここで大統領が、
 
「エランの宇宙船事件を知っているね」
「はい」
「あの時に日本は無傷の宇宙船を手に入れ、これを研究調査して大きな成果を得ておる。あの宇宙トラックもその一つだ。我が国も共同研究を申し入れたが、手にしたものは焼け残りの残骸だけだ」
「はい」
「これは大きなチャンスなのだ。君の手腕に期待しておる」
 
 そういうことか。ECO(エラン協力機構)の時もまったく手が出せなかったからな。
 
「そういうことだ。日本にはあの女神がいる。小山社長は亡くなられたが、月夜野社長は健在だ。そうだこれも言っておく、可能な限りエレギオン・グループ、とくに月夜野社長の関与を避けるようにして欲しい」
「大統領の命令は可能な限り守りますが、月夜野社長の関与を防ぎ切る自信は私にはありません。ひとたび姿を現されれば・・・」
「それはわかっておる。私も同様だからな。だから可能な限りとしておる」
「もしどうしても必要になったなら?」
 
 大統領は静かに立ち上がり、
 
「それは君の裁量権に含まれる」
 
 ここで確認しておかねば、
 
「女神は敵なのですが味方なのですか」
「君はどう思う」
「地球のために命を捧げた英雄が敵のはずがありません」
 
 大統領は複雑な顔をしながら、
 
「これは政治に携わる者なら常識だが、女神は誰にも従わず自分の正義・信念を貫き通す。これは相手が合衆国であっても変わりはない。そして逆らう者は絶対に許さない」
「絶対ですか・・・」
「そうだ、逆らった者の末路の話は数えきれないぐらいある。だから合衆国大統領である私でさえ逆らいたくない」
 
 そこまで、
 
「それでは地球の独裁者ではないですか!」
 
 大統領は静かに歩きながら、
 
「女神がECO代表を務めた時は実質的にそうであったとも言える。あのまま地球大統領を望まれれば、そうなっていた。誰も反対などやりようがなかった」
「でも」
「そうだ。女神は政治的権力を何故か望まない」
 
 あの時にあれほどアッサリ退任してしまったことに世界が驚嘆したのは間違いない。まるで嫌で嫌で仕方がない役職を、他に適任者がいないのでやむなく引き受け、やっと終わったからサッサと辞表を書いてオサラバしたとしか見えなかった。
 
「女神は滅多な事で政治に口を挟まない。もし口を挟めば既に決定事項だ。ただし口を挟んで関与すれば必ずやり遂げる。それは君も経験したであろう」
 
 そうだった。あれだけ曖昧すぎる指揮系統であったにも関わらず、わずかな日数で将兵の心を完全に掌握しきってしまった。あれは掌握ですらない、虜にしてしまったとしか言いようがない。

 決戦に臨んだ時には誰もが指揮官と認めていた。いや、そんなレベルではない、どんな命令が下ろうとも進んで果たそう以外の考えは私ですらなくなっていた。もし、あの場で『死ね』と命令されたら躊躇なく死んでいた。あれが女神の力か。
 
「女神は決して敵ではない。だが決して敵に回してはならない者だ。それを知っている君にこの仕事を任せた。だから君の裁量だ。それについての責任は私が負う」
「かしこまりました」
「頼んだぞ」

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