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女神の再生(第10話)大司教の表敬訪問

 大司教がユダであるかないかの確認は、ミサキとシノブ常務にはどうしようもない問題です。さらにシノブ常務は最後は及ばずながらでも戦うと仰ってましたが、過去はともかく神との実戦経験は皆無です。もう俎板の上の鯉状態です。

 大司教を乗せたタクシーが玄関に着き、そこから歓迎式典が行われました。表面上は聖ルチア教会に定期的に寄付する事により教会での結婚式の優先使用を認めてもらってる関係ですから、会社としては精いっぱいの歓迎の姿勢を示します。

 歓迎プログラム自体は和やかに進行していたのですが、ミサキもシノブ常務も緊張でガチガチです。とにかく大司教と二人きり、ないしは三人きりになる状況だけは避けようと考えてますが、ユダの力なら他の同席者を眠らせてしまうなんて朝飯前の気がします。

 一番の難所は会議室での会談。出席するのは社長、副社長、シノブ常務と通訳を兼ねてミサキです。相手も大司教と司祭、それに助祭が二人ですが、司祭と助祭にはミニチュア神が宿っている危険性も十分にあります。その時刻がだんだんに近づいてきて緊張が頂点に達した時に

「ミサキちゃん、あれはユダじゃないよ。ただの大司教だから安心してイイよ。シノブちゃんにも伝えといてね」

 そうやって耳元で突然囁かれました。慌てて振り向きましたが誰もいません。それでも急いでシノブ常務に伝えました。シノブ常務は、

「わかった」

 これだけ答えて会議室に。会議内容は改めてクレイエールからの寄付への感謝が伝えられ、これからも協力関係を深めようと言う無難なものに終始しました。この会議のキモは寄付額の増額交渉でしたが、社長は大司教が表敬訪問されたのと、増額が許容範囲だったので了承して会談は終りました。まあ、実際のところ聖ルチア教会の維持補修費は結構な金額が必要で、とにかく妙な経緯で出来上がった大司教区ですからカネがなくて困っているようでした。

 無事大司教をお見送りし、ミサキとシノブ常務と一緒に常務室に向かいました。とにかく緊張したのでコーヒーでも一杯飲もうってところです。歓迎式典の間は緊張のあまり水さえ口に出来なかったからです。さて常務室には前室があり、そこには秘書が詰めているはずなのですが、

「あれ、どこ行ったんだろう」

 秘書も総務の管轄ですからミサキも気になります。そして部屋に入って見ると、

「ハ~イ、お疲れ様。ユダは約束守ってくれてるみたいよ。コトリもニュースで見たから心配して見に来たけど、メデタシ、メデタシで良かったんじゃない」

 ソファに座って足を組んで楽しそうに話す立花さんがいます。一瞬何が起こったのかと頭が真っ白になった瞬間に、シノブ部長が立花さんに駆け寄り抱き付きました。

「会いたかった、本当に会いたかった・・・」

 後は言葉にならずひたすら大号泣です。ミサキも続いて、

「コトリ専務~」

 もう涙が止まりません。ミサキも何も話せずひたすら泣くしかありませんでした。

「そんなに泣くことないじゃないの。とっくに気づいてたんでしょ。それより、どう、立花小鳥の感想は」

 シノブ常務は、

「どうして、どうして、どうして、もっと早く言ってくれなかったんですか。私は面接で見た瞬間からコトリ先輩と確信していました。もっと早く言ってくれても・・・」

 それだけ言ったらまた大号泣です。

「そうそう、ミサキちゃん、やっぱり甘いわよ。どうしてもミサキちゃんは量に傾いちゃうのと、マネージメントが優しすぎるのよねぇ」

 ミサキが言えたのは辛うじて、

「ゴメンナサイ・・・」

 これだけ絶叫してまた大号泣です。常務室の余りに異様な雰囲気に秘書が顔を出されたのですが、

「イクエちゃん、御手洗に行くときのマニュアルをまた忘れたね」
「えっ、えっ」
「そうだよ、コトリだよ」

 イクエちゃんもコトリ専務が総務部長時代に育てた秘書です。

「専務~」

 もう三人で大合唱の大号泣状態が止まりません。こんなもの、どうやっても止めようがないじゃないですか。そこに社長が、

「おいおい、なにが起こってるんだ」

 社長の目の前にはソファに座っている立花さんに縋り付いて大号泣状態の三人です。なんとかシノブ常務が立ち上がり、涙でボロボロになった顔で、

「専務が、専務が・・・お戻りになられました」

 それを言うのが精一杯でした。社長も茫然としていましたが、やっとの思いで、

「帰って来てくれたのか。いや、必ず帰って来てくれると信じてた・・・」

 それだけ、なんとか口にし、後は立ち尽くしたまま人目も構わず男泣きです。とにかく四人の男女が大号泣状態、それも社長が常務室に入る時にドアを開けっぱなしにしていたので、廊下に筒抜けです。そこにこの騒ぎを聞きつけて高野副社長も顔を出され、

「これは、いったい、なにが・・・」

 社長は

「高野君。ついに帰って来てくれたんだ・・・」
「えっ」

 高野副社長の目も見る見る真っ赤に。コトリ専務はそこでさっと立ち上がり、

「どうも失礼しました。今日はお休みを頂いておりますので、これで帰らせて頂きます」

 なんとか呼び止めようとしましたが、涙で誰も声になりません。シノブ常務がやっとの思いで、

「明日、明日必ずお待ちしています」

 これだけ言うのがやっとでした。

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