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女神の再生(第30話)エレギオン

 エレギオンは遠かった。飛行機を乗り継ぎ、乗り継ぎ、汽車とバスと、さらに支援拠点を置いているズオン村に到着した頃には日本を出て四十時間はラクに経っていました。そりゃもうヘロヘロでした。でもまだエレギオンではないのです。翌日は疲れも取れない体をランクルに乗せられて百キロメートル、三時間。途中から道なきところを走破してようやく現地本部に到着です。

 現地本部と言ってもテント村なんですが、一際大きいのが本部テントです。相本准教授に言わせれば、

「前回の時にはプレハブだった」

 前回の発掘特番はボクも見ましたが、こうやって実際に来てみると、こんなところにプレハブまで建てた事に驚かされます。どれだけクレイエールの支援が大きかったかと実感しました。

 港都大発掘調査隊の隊長は驚いたことに天城教授ではなく立花名誉教授。そう、あのクレイエールの専務さんです。ボクにしたらいくらなんでもと思いましたが、天城教授も相本准教授も不満どころか心からの歓迎でした。前回の発掘調査に参加した隊員も同じです。現地本部に着くとささやかながら歓迎式が行われました。カレーを食べただけですが、天城教授は、

「縁起物だからね」

 どうも前回の歓迎式でもカレーだったようで験を担いだようです。歓迎式に参加していたのは先発部隊と本隊、それに同行のテレビ・クルーです。このテレビ・クルーがなんとナショナル・ジオグラフィック。今回の有力スポンサーの一つです。放映されれば再び世界的な話題になると思います。

 ナショナル・ジオグラフィックのクルーも立花隊長の余りの若さに驚いていましたが、立花隊長は秘書さんまで同行していました。小山恵さんというのですが、この人もビックリするぐらい可愛い人です。この二人ですが現地本部に着く前のズオン村でもう一仕事されています。

 ズオン村は港都大の発掘以来、各国の調査隊が支援拠点を置くようになりましたが、とにかく他に現地作業員を募集するところがなく、手間賃がやたらと高騰していました。先発隊もこの交渉で暗礁に乗り上げていたのですが、立花隊長と小山秘書はあっと言う間に解決してしまいました。

 なにがあったかは教えてくれませんでしたが、これまで高飛車の態度がすっかり改まり、むしろ深く反省して積極的な協力を申し出てくれたのです。村人の言葉はわかりませんが、ボクの感じた印象では、大きな罪を犯しこれへの許しを乞うてるようにさえ見えてなりません。

 歓迎式が終わった後に、立花隊長と小山秘書は神殿の丘に向かって立ち尽くしていました。その姿は、それを遮るものを許さない雰囲気がヒシヒシと感じ、スタッフ全員が息をつめて見守る感じです。テレビ・クルーもまたそうです。どれぐらい時間が経ったのでしょうか、小山秘書が歌いだしました。これに立花専務が唱和します。

 この歌はボクにはわかります。あの女神賛歌です。それも女神の合唱部分です。この歌は学会の懇親会で前に聴かせてもらってますが、エレギオンで聴くとまったく別物になるのが良くわかります。それこそ、大地に響き渡り、天空を舞い踊り、人の心を震わします。ボクも自然に跪いていました。ボクだけじゃなく、その場にいる全員がです。歌が終わった後に小山秘書が宣言されます。これはシュメール語で良いと思います。おおよその意味で、

「首座の女神より告す。
次座の女神を伴い聖なるエレギオンの地に来たれり、
我らを思い出すべし、
我ら、ただ恵みのみ与え給うものなり。
聖地を去った我らを恨むべからず、
我らもまた故地を追われた者ならば。
栄えの夢は遥かなり、
これまた我らも同じ。
ただ記憶の中にのみ伝えられるべし」

 振り返ったお二人は見まごうものなき女神です。かつてエレギオンの地に君臨した首座と次座の女神であることに疑う余地はありません。そうなんです。ボクにもやっとわかったのです。エレギオン学の神髄が。あのエレギオンの女神は現在もおられることを。

 そこから明日からの発掘調査のために現場の下見に向かいました。まずは大神殿。その基礎の全貌は各国調査隊により明らかにされていますが、その壮大さに驚かされます。そして前回調査で見つかった地下室の立派さにもです。発掘調査が進められている大神殿周辺の中心街を見て回り、続いて神殿の丘の本神殿にも登りました。

 本神殿から現地本部に戻っていくのですが、その姿は調査隊の一行と言うより、女神とその随員にしか見えませんでした。どう見たって付き従ってるようにしか思えません。二人の女神は時々立ち止まり、跪き祈りを捧げられます。もちろんボクたちも同様です。そうせざるを得ないというか、そうするのが自然だとしか思えないのです。

 二人の女神はある地点に立ち止り探査棒を求められました。ある隊員が持って行ったのですが、あれは持って行ったというより捧げたとしか見えません。受け取った女神は地面に線を引いて行きます。引き終ると、

「明日はここを掘ります」

 そして本部に戻られました。本部での夕食後に二人の女神の話が耳に入りました。

「あそこ以外はどうするの」
「泉の宮を考えてる」
「なるほど。あそこなら残っているかもね」
「つうか残ってたらヤバイし」

 そこで悪いと思いながら割り込んで聞いてみたのですが、

「柴川君ね。よく覚えてるわよ。泉の宮は女神たちの別宅みたいなところなの。真ん中に噴水プールみたいなのがあって、夏は泳いだりもしてたのよ。一種のプライベート・ゾーンみたいなところ」
「それだけじゃないの、あそこには女神の私物も収められていたの。あそこにも地下室があって、滅亡時に少し隠しているものがあるの」
「金銀財宝ですか」
「そうねぇ、運が良ければ女神のアクセサリー程度は見つかるかもしれない」
「他にもあるのですか」
「ガラクタ」

 後は掘ってのお楽しみと二人で笑ってらっしゃいました。

 発掘地点はまさにピンポイントでした。現在の移民管理局兼翻訳局みたいなところとされていましたが、石板や粘土板の破片がそれこそザクザクと。そしてここでボクは相本分類の神髄を見せつけられる事になります。立ち会っていた立花専務と小山秘書は出土品が出るたびに、

「これはエレギオン語初級講座の五章二節」
「これはギリシャ語辞書、三訂版の十ページ」
「違うよコトリ、四訂版だよ。ここにさぁ・・・」
「ホントだ。ゴメン、三訂版から四訂版にする時に・・・」

 ザッとした分類じゃなくて、そのレベルの分類なのです。相本准教授が相本分類を決して疑ってはならないとした理由が良くわかりました。お二人は知っている物を分類されているのです。それも知っているどころか、

「見て見てユッキー。ここのところ」
「やだコトリ、私が間違ったところじゃない。こんなものまで残ってたんだ。廃棄処分にしろって言ったはずなのに」

 どうもお二人で書かれたってことで良さそうです。これもエレギオン学の謎の一つなのですが、石板・粘土板の文字の多くの部分がおおよそ二つの筆跡と考えられているのです。これについては流派の違いぐらいの見解が多いのですが、ボクには今わかった気がしました。お二人がほとんど書かれているから筆跡も二つではないのかと。思い切って聞いてみたのですが、

「柴川君、惜しい。たしかにオリジナルはコトリとユッキーで書いてたけど、筆写はたくさんの人がやってた。つまりは流派の違いの方が正しいよ。ちなみにこっちがユッキー流で、こっちがコトリ流」

 発掘は十日間に及びましたが、前回の図書館には量こそ劣るとはいえ、エレギオン文字の解読のカギになるラテン語辞書や、ギリシャ語辞書の断片がかなり見つかったのは大成果と呼べます。ナショナル・ジオグラフィックのテレビ・クルーも興奮してました。

 立花専務と小山秘書いうか、二人のエレギオンの女神にはなぜか可愛がってもらっています。可愛がってもらってるというか、なにかあれば、

「柴川君、手伝って」
「柴川君、悪いけどお願い」

 小間使いにも感じない事もありませんが、とにかくお二人は女性としても魅力に溢れすぎてる方ですから、それこそイソイソと手伝ってるってところです。ボクから見ればあの美貌だけでも高嶺の花、そのうえエレギオンの女神ですから最初は緊張しまくりでしたが、日が経つにつれて打ち解けてきています。

 そういう訳でいつしかお二人の行くところにはボクも付いて行く状態になったのですが、これじゃ従者みたいなものです。口の悪い連中は『女神のポチ』なんて呼ぶのもいますが、あれこれ質問しても嫌がりもせずに答えてくれます。そんな話の中で、

「女神も恋をされるのですか」
「当然よ」
「でも現人神だったんですよね」
「天皇さんだって結婚してるじゃないの」

 そう言われればそうなんですが、天皇は神と言うより総宮司みたいで、女神とはちょっと違う気もします。

「女神の男はね、格好良かったんだから」
「でしょうね、なんてったって女神の旦那様ですものね」

 そこでお二人は目を合わせて、少しだけ悲しそうな目をされて、

「あれは無駄な格好良さだった。あの時代は、ああせざるを得ない部分があったけど、あんな時代が二度と来てはいけないの」

 それ以上は珍しく答えてくれませんでした。よほど辛い思い出に触れた気がします。少しだけ話題を変えて昔に戻りたいかと聞いてみたのですが、

「柴川君、今の時代は良いのよ。そりゃ、不況だとか格差だとか、今は今なりに大変なところもあるけど、常に命そのものを懸けなければならない時代に較べれば千倍も万倍もマシなの。それがどれだけ幸せなことか」

 当時も戦争はあったそうです。あったどころでなく、弱肉強食の時代でもあったそうです。戦争は負ければ論外で皆殺しさえ覚悟しないとなりませんが、勝っても戦死者の遺族が悲しみに包まれます。その悲しみを背負い続けるのも政治を司る女神の役割でもあったようです。

 遺跡を巡りながら時に跪き、祈りを捧げているのは、当時幾つかあった慰霊塔があったところだそうです。女神が通る時には必ず祈りを捧げるのですが、それは雨の日でも傘をささずに、必ず跪いて行うものであったとされます。

「英霊ですね」
「違うわ。英霊なんかじゃない、ただの戦争犠牲者よ」

 小山秘書の顔がすっごく怖いものになっていました。このお二人の記憶は驚異的なものがありますが、ヒョットしたら戦死者のすべての顔と名前、下手すれば生い立ちまで覚えているかもしれません。古代エレギオンは三千年の歴史がありますが、そのすべての戦争犠牲者を今でも背負い続けているかと思うと胸が苦しくなってしまいました。

 発掘調査はお二人が泉の宮と呼ばれた地点に取りかかりました。最初に取りかかったのは呼び名の由来の泉です。ボクはなんとなく小さな噴水プールみたいなものを想像していたのですが、直径五十メートルぐらいある円形の巨大なものでした。池の外周部や底面は石造で傷んでいる部分もありましたが、ほぼ原形を保って出てきました。お二人が目指していたのは泉の中央部で、そこには山というか、壇が築かれています。

「壇の上には女神の像があって、女神が抱える水瓶から水が注がれていました」

 お二人の目的は壇上にあったとされる女神像でした。これは見つかりました。どうやら引き倒されたみたいで、三つの部分に割れていましたが、それ以上の破壊はあまり受けなかったようで、推測で十メートルを越える巨大なものでした。これも大発見です。ここで、

「あんな高いところから、どうやって水を噴出させていたのですか」
「噴出させたのじゃないの。水瓶から水が湧いていたの」

 それから建物の調査に入ったのですが、お二人はプールの縁に腰掛けられて、長いこと話をされていました。きっと在りし日の泉の宮がお二人には見えていると思っています。建物は相当な規模のようで、おおよそでいうと三つの部分に別れていたようです。プールを正面にした主神殿と、両翼の建物のようです。ここも、

「真ん中が主女神用で、ユッキーが向かって右側、コトリが左側だったの」
「後のお二人の女神は」
「二人ともコトリの方にいた」

 主神殿には地下室がありましたが、残念ながら中は荒らされたようで何も残っていませんでした。何があったか聞いたのですが、

「たいしたものはなかったよ。ここはプライベート・ゾーンの色合いが濃かったから、当時の主女神の個人的なガラクタぐらいかな」

 調査は両翼の建物の方に移ったのですが、お二人はボクを連れて地下室に、

「柴川君、ここの床石持ちあげてくれる」
「無理ですよ」
「イイからやってみて」

 地下室の床も調査済みで、どこもかなりの厚みの石で出来ているはずです。

「あれ、持ちあがる。これは・・・」

 その下には床下収納のような小さな地下室があります。そこには石箱があり、

「これは残ったみたいね」
「さすがにここにあるとは思わなかったみたいね」

 お二人が蓋を開けると、立派なティアラやブレスレット、ネックレス、指輪が入っています。ただどれも少し傷んでいます。

「これはなんですか?」
「目覚めたる最後の主女神が身に付けていた装飾品よ。眠られた時にここに保管したの。これの発見者は柴川君あなたよ」
「えっ」

 さらに箱の中には何冊かの本がありました。あれは羊皮紙みたいです。

「ユッキー残ってたね」
「無くなってる方が良かったけど」
「でも大切な物。そうそう柴川君、この本は女神のプライベートの日記みたいなものなの。これだけは他人に読んでほしくないから、このまま回収させてもらうわ。黙っててね」
「えっ、その、あの・・・何が書いてあるのですか」
「えへ、男との赤裸々な日々の記録。だから読まれたくないの」

 そこから他の人を呼んで主女神のアクセサリーの発見を報告しました。前回調査では多数の工芸品こそ見つかっていましたが、すべて真鍮製でした。でも今回は数は少ないとはいえ黄金にラピスラズリを豊富に使った豪華なものです。とにかく主女神用のものですから大発見です。

 発掘調査は終盤に入っていました。エレギオン文字解読の重要な手掛かりとなるギリシャ語やラテン語との対訳辞書の多数の断片。第三の神殿である泉の宮の発見と、そこで見つかった巨大な女神像、さらに主女神の数々のアクセサリー。もう何もでないとまで言われていたエレギオンから港都大はまたもや大発見を成し遂げたのです。

 その頃から女神のお二人は大神殿跡にいることが多くなりました。なぜかポチじゃなかったボクも一緒です。そこではお二人の会話に加わることもあれば、横で聞いていることもあります。さらにいくつかの歌も聴かせてもらいました。

「学校では祭祀に必要だから女神賛歌ばかり教えていたけど、たくさんの歌があったのよ。楽しい歌、悲しい歌、それに恋の歌もね」
「ヒット曲とかあったのですか」
「あったわよ。でもレコードもCDも無い時代だからね」

 そんな日を何日か過ごしていたのですが、

「あのう、ボクがいてもお邪魔ではないですか」
「そんなことないよ」
「でも、ボクでは話し相手にならないですし」
「あのね、女同士より男がいる方が楽しいの。そうだ、そうだ・・・」

 そう言って二人はボク前に立たれてポーズを取られて、

「柴川君はどっちがお好み」
「えっ、えっ・・・」
「柴川君はなかなかイイ男だよ。それにコトリもユッキーも独身だし彼氏もいないよ。いつ口説いてくれるかと思ってワクワクしてたのに。それとも彼女がいるの」
「彼女はいませんが・・・」
「だったらどう。コトリとユッキー、彼女にするならどっちがイイ」

 いきなりそんなことを言われても・・・

「ちょっとした賭けをユッキーとしてるんだ。もちろん悪いようには絶対にしないよ。だから答えてくれたら嬉しいな」

 なんの賭けだろう。それはともかく、どちらかを選べと言われれば、正直なところ悩みます。それぐらいお二人は飛び抜けた美しさ、素敵さをお持ちだからです。飛び抜け過ぎて縁のない女性にしか見えなかったのですが、

「お二人とも素敵すぎて選びにくいのですが」

 ここでお二人から同時に、

「それで、それで」

 それだけでドギマギしてしまいます。『両方』と言いたいのはヤマヤマですが、そういうレベルじゃなくて、どちらかと付き合えただけで夢のようなお二人です。立花専務はとにかく一緒にいるだけで微笑んでしまうような楽しさがありますし、小山秘書は凛とした中に可愛さが溢れています。

 お二人とも女性としての魅力の究極を濃縮されたような方でまさに女神です。というか本物の女神なんですけど。どんな男だって選り取り見取りなのにボクなんかじゃ話になりません。ボクだって将来はもっと立派な男になる予定ですが、まだ大学院の修士コースのヒヨッコで『女神のポチ』です。

 ・・・そっか、そっか、このお二人がボクに交際なんて申し込むはずがないじゃありませんか。からかっているとまで言いませんが、ある種の美人コンテストみたいなものです。ボクは審査員と思えばイイんだ。どう見たって座興ですから気楽に答えよう。それなら答えは決まっています。

「ボクは立花専務の方が好みです」

 それを聞いた小山秘書が踊りだしました。

「コトリ、あきらめなさい。そういう運命ってこと」
「氷の女神じゃないからユッキーと思ったんだけどなぁ」
「わたしは長期戦が得意なの。短期決戦ならコトリが勝つと思ってたわ」

 そうしたら立花専務がボクの手を取って、

「柴川君、よろしくお願いします。これからはコトリって呼んでね」
「ど、どういうことですか」
「やだ、今いったじゃない。彼女にコトリを選ぶって。あれはウソなの」
「あの、その、えっと、ウソじゃありませんけど」
「柴川君。これも他人行儀だな。ユウタ君、いやユウタって呼んでもイイ」
「え、その、イイですけど」
「ほんじゃ、ユッキー。ユウタとデートして来るから、また後でね」

 思わぬ急展開にボクはどうしたら良いかわからなくなりました。だって突然できた彼女は、エレギオンの次座の女神にして、クレイエールの代表取締役専務、さらに港都大名誉教授です。そんな肩書より何より飛び切り過ぎるほどの美人です。

「ユウタ、コトリを選んでくれてありがとう。どうか可愛がって下さい」
「も、も、もちろんです」
「日本に帰ったら、いっぱい、いっぱい、ラブラブしようね。とりあえずコトリって呼んでみて」
「えっ、あの、その・・・コ、コトリさん」
「もうったら、『さん』はいらない」
「はい、では、その、えの・・・・コ ト リ」
「そう、良く出来ました。そう呼んでくれて嬉しい」

 夢としか思えませんが、しっかり握りしめている手は現実です。歩きながら、

「ボクで本当に良いですか?」
「コトリじゃ不満なの」
「そうじゃなくて、釣り合いが・・・」
「男と女だから釣り合いは完璧じゃない」
「その釣り合いじゃなくて」
「コトリはユウタが好き、ユウタはコトリが嫌いなの」
「大好きです」
「じゃあ、釣り合いは完璧」

 そのまま神殿の丘を登り岩に腰掛けました。立花専務はボクの手を両手で握ったまま、じっとボクの目を見つけられます。

「コトリの男を見る目は完璧なの。ユウタは間違いなくイイ男よ。だからコトリを幸せにしてくれる。コトリも絶対にユウタを幸せにしてみせる。でもまた生き残っちゃったな」
「どういう意味ですか?」
「生き甲斐が出来たってこと」
「ボクが生きがいですか?」
「そうよ、素晴らしすぎる生きがいよ」

 立花専務は、

「ユウタはコトリを救ってくれたのよ。命の恩人の彼女になれるなんて夢みたい」
「ボクが命の恩人ですか?」
「そうよ。コトリのすべてはユウタのもの。もう、信じてないんだから、コトリは本気だよ」

 ボクの胸に立花専務が顔を埋めてきます。そっと抱きしめさせて頂きました。

「女の子にこれ以上、言わせないで。お願いだから、しばらくこのままにして」

 二人の間を静かに時間が流れて行きました。

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