純情ラプソディ(第33話)レアアース
やっと出番が回ってきました。エレギオンHD常務の霜鳥梢です。このまま出演無しで終わるのじゃないかとハラハラしてました。
「コトリもやで」
「シノブも」
引っ込んでいて下さい。ここはミサキのターンです。
「まあエエやんか」
「そうよそうよ」
日本の産業界は二十一世紀の初めごろには衰退傾向を示していました。二十世紀の繁栄の基になっていた製造業が、中国やベトナムさらにインドなどの新興国に押されてしまったからです。
先端技術にパラダイム・シフトを行って生き残りを競っていましたが、ここでネックになったのはレアアース。先端技術の開発のためには、ネオジウム、ジスプロシウム、テルビウム、ユウロピウム、イットリウムなどが欠かせないのです。
これも代替材料の開発が行われた時代もありましたが、やはりレアアースを用いたものには最終的には及ばないところがあります。このレアアース生産大国が中国。実に世界シュアの八割を占めていました。
中国は政治に経済を濃厚に絡める政策を伝統的に取っており、覇権主義の拡大に伴い供給が政治的に常に不安定な状態でした。それ以前に自国生産が増えた分だけ、他国に原料を供給せず、自国製品の購入を強力に推し進めていました。
資源小国の日本ではこれに対抗するのは困難を極めていたのですが、南鳥島のEEZに大量どころでないレアアースが発見されます。桁外れの高濃度であるだけでなく埋蔵量は世界需要の数百年分どころか数千年分、数万年分は余裕という莫大さです。
問題は採掘場所。中国のレアアース発掘が優位なのは陸上の鉱山で採掘可能な点です。それに対して南鳥島は六千メートルの海底になります。そう、どうやって採掘するかの問題です。
ここまで潜れる深海探査艇技術はありますが、探査での試掘と産業としての採掘では難度がまったく異なります。なにしろ1平方センチに六千キロの重圧がかかる世界です。ちょっと潜って掘ってくるわけにはいかないのです。
「南鳥島に竪穴掘ったら良かったんちゃうん」
「そこに地底基地を作って・・・」
その案も検討された時期もありましたが、地熱の問題で挫折しています。おおよそですが、とくに地下に熱源がない場合でも百メートルにつき三度程度上昇します。六千メートルなら百八十度ですが、南鳥島の場合はさらに高くなり二百五十度から三百度以上にもなる調査結果が出ています。
さらに地下基地の場合、さらに横穴を掘って海底の採掘を行わないといけませんが、そんな高熱のところに作業員を送り込めません。冷却装置の検討も様々に行われましたが、技術的なハードルがあまりに高く頓挫しています。
「石油やったら三千メートルの深海でも掘れるからな」
さすがはコトリ社長、よくご存じで。深海掘削技術は深海油田で先行しています。ここで南鳥島が有利なのは、油田と違い海底からさらに深く掘り進める必要性がないからです。それこそ深さ十メートルぐらいまでのところにレアアースがあるからです。
また油田の場合はガスの混入から発火さらに爆発の危険がありますが、レアアースにはありません。さらに言えば、油田の場合は事故のために原油が流出する海洋汚染の心配もありますが、レアアースは殆どないとして良いでしょう。
実はレアアースも環境汚染問題があり、採掘時に放射性物質が含まれていたり、有害物質が排出されたりがあり産出国はこの問題に直面しています。国土の汚染と引き換えにして採掘してるとまで言われているぐらいです。しかし南鳥島のレアアースは遥かに軽微なのです。
その代わりに深度が二倍になります。海底油田の実用が三千メートルぐらいですが、これが六千メートルになると難度は跳ね上がります。それと油田の場合は原油が噴き出せばそこから固定して採掘できますが、レアアースの場合は海底を移動しながら採掘する必要があります。
手法としては洋上プラットフォームとも呼ばれる海洋掘削リグを設置するところから始まります。これも水深が百五十メートル未満なら海底からの固定が出来ますが、それ以上になると浮遊式になります。
浮遊式はスクリューで位置を制御しますが、固定式に比べると不安定なところが出てきます、そこからライザーパイプを海底まで伸ばすことになります。このライザーパイプは当然のことですが海流の影響を受けますし、水圧の影響も大きくなります。
この大事業に対し政府は官民合同のパイロット・プロジェクトを打ち立てます。成功すれば夢のようなレアアースが手に入るので続々と有力企業が参加を表明し、オール・ジャパンの体制が出来上がります。
「うちは参加しませんでしたね」
「ユッキーが反対でな。コトリもあの官民共同は船頭が多すぎて賛成できんかった」
パイロット・プロジェクトは巨大な海洋掘削リグを設置し、六千メートルの深海に挑みますが、さすがに甘くなく、思わぬトラブルが次々と起こります。
「最後は転覆事故を起こしたもんな」
南鳥島も波が荒いところであり、台風ともなればなおさらです。超とも呼ばれた大型台風の時に海洋掘削リグは転覆事故で沈没してしまいます。この時に多数の死亡者も発生しただけでなく、技術的にも難題が山積しており、これ以上の投資は無理と見て参加企業は次々と撤退し、政府も計画を中止にせざるを得ない状況に追い込まれます。
「早瀬が頑張ったよな」
「そうでしたよね」
早瀬グループは白物家電を主力とする早瀬電機が中核でしたが、新興国の価格攻勢の前に事業の先行きに危惧を覚えていました。レアアース事業への参加も当初は採掘されるレアアースの配分の確保のためだったのですが、これを単独で事業継続したのです。
とはいえ完全に畑違いの分野であり、一企業で負担できるような投資ではありませんでした。早瀬グループの負債は見る見る膨れ上がり、一時はこの処理を誤ると日本経済が傾くとして問題視され続けたぐらいです。
「すごい融資をやりましたね」
「あそこまで行ってたらモノになると踏んだんや」
金融機関はもちろんのこと、政府も支援を見送り、他の企業も見放していたレアアース事業にコトリ社長は延べにすれば十兆円近い投資を決断しています。これは東京都の年度予算を超える規模で、さすがに取締役会でかなりの異論反論が起こりましたが、当時のユッキー社長が、
『わたしは賛成する』
これで睨み倒して押し切っています。こうして足かけ三十年にも及ぶ悪戦苦闘の果てについにレアアース採掘は軌道に乗ります。
「うちも儲かりましたね」
「ああ元は余裕で取れたし、早瀬海洋開発の株も四割握ってるから、うちのグループみたいなもんや。後も大きかったし」
早瀬が開発した深海採掘技術は、日本海のメタンハイドレートの採掘にも威力を発揮します。無資源国であった日本は無尽蔵に近いレアアースと豊富なエネルギー源を手にすることになったのです。
早瀬の二つの成功は日本の産業構造を変えたとも言われています。メタンハイドレートでエネルギー資源の自給率を高めたので、産業に必須の電気代が安くなっています。さらにレアアースをふんだんに使用した製品や新素材を次々に生み出し世界市場に再び乗り出して行ったのです。
かくして倒産寸前どころか、ゾンビのようだとも言われた早瀬グループは早瀬海洋開発を中核とする世界的な大企業に発展しています。
「代わりに中国はポシャった」
レアアース大国とはいえ環境問題や、採掘量の減少に苦しんでいた中国の鉱山は次々と閉山を余儀なくされ、かつての資源外交を逆の立場で受ける羽目になります。
「シノブちゃん、早瀬の跡目問題はどうなってるんや」
「ええ、あそこは・・・」
早瀬グループの総本部である早瀬HDは今どき珍しい世襲になっています。つまりは創業家である早瀬家が未だに実権を握っています。
「世襲言うだけでボロクソ言う奴もおるけど、要はトップがどれだけの能力を持っとるかや。その証拠に世襲やない会社も山ほど倒産しとる。なかなか能力持っとる奴はおらんからな」
企業の盛衰は経営首脳の能力に左右され、とくにトップの能力は死命を制します。常に時代に対応した経営方針が求められ、暖簾に少しでも胡坐をかけば、どんな老舗であっても跡形もなくなるのがこの世界です。
「どうもゴタゴタしてるようやが、跡取りの能力はどれぐらいや」
「それが・・・」
へぇ、人は思わぬところでつながっています。跡取り息子である長男の達也は港都大で学部は違えどユッキー副社長と同学年です。それだけでなくカルタ会を通じてつながりさえあるようです。
「さてはユッキーの奴、レアアース王のところへの玉の輿を狙っとるな」
誰が狙うものですか。エレギオンに戻れば副社長で将来の社長です。早瀬HD総帥夫人ごときが、どうして玉の輿なんですか。というか、ユッキー副社長に玉の輿を用意するなんてアラブの大富豪でも無理です。
「それと正月カルタのトレーニングをやっとるな。コトリにそこまでして勝ちたいか」
あのぉ、お正月に恒例のようにカルタ対決をやってますが、コトリ社長が勝ったのは十年前が最後じゃないですか。とにかくガチのカルタ対決で、間違いなく神の力を使いまくっています。
「当たり前やろ。神相手の戦いに遠慮も会釈もないのが鉄則や」
お陰で壁の修理が大変です。だって飛んで行ったカルテが突き刺さるのですから。それも深々とですよ。二人の対決が始まったらミサキたちは退避しています。巻き添え食ったら大怪我しますもの。
「おかげで左官も上手になった」
器用なものです。
「そのうちユッキーにどんな奴か聞いとかなあかんな」
「ええ、人物の評価は直接会って話さないとわからない部分が多いですからね。ユッキー副社長の評価なら一番信用できます」
「ハズレやったら挿げ替えなアカンし」
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