今日は東日本大震災が起きた日です。
あの時、私はちょうど小学6年で卒業式間近でした。
東日本大震災ってなんだっけ?って人もいると思います。
東日本大震災は2011年に起きた、大地震による津波被害の大きかった災害です。
最大遡上高40mもある巨大な津波で、関東地方、東北地方の太平洋沿岸部を襲いました。
津波で家が丸々流されたこともすごかったんですけど、
それ以外にも、地震による液状化現象、地盤沈下、津波と地震のダブルパンチによるダムの決壊。
北海道南岸から東北をずーっといって、関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、もう全てが大破綻!
何が1番やばかったというと、津波が直撃したところに、偶然たまたま何故か原子力発電所があったという事です。
吉崎はまだ21なので人生初の大災害です。
この地震による被害は
2019年(令和元年)12月10日時点で、
震災による死者・行方不明者は1万8428人
建築物の全壊・半壊は合わせて40万4893戸
が、公式に発表されているのですが…「公式」ってことはまだ名前も顔もわかってない行方不明者・死者がいるってことなんですよ…
震災発生直後のピーク時においては避難者は約47万人
停電世帯は800万戸以上
断水世帯は180万戸以上
復興庁によると、2019年7月30日時点で
避難者等の数は5万271人となっている。
避難が長期化していることが特徴的である。
というのがWikipediaさんから頂いた情報だ。
簡単にまとめると、日本の3/1が津波と地震でぶっ壊れました!ってことですね。
当時の日本人口が1.278億人と考えると約2万人の行方不明者・死者数は「そんな多くなくなーい?」って個人的には思うんですけど
我が故郷・愛知県と居住地・長野県で比較するとね?
愛知県の面積は23位のそーんなでかくない5,173㎢
なのに人口は4位の755.3万人。
人口密度はなんと5位の1,447人!
長野県は4位13,560㎢と愛知の2倍以上ありますねぇ…
なのに人口は16位の205.2万人。まぁ、基本的に、山に人は住まないので…長野県は山だらけなので仕方ないかな。
長野県の人口密度は38位!154.8。山だからね。うん。
どの地域にも山や畑はそれなりにたくさんあるけど
長野県は山が連なって、しかも八ヶ岳と南アルプスの二つに挟まれてるから仕方ないよね、長野県ほぼ山だもん。
さて、比較はしてみたけれど、避難者の47万人と比べても、いまいちピンとこない。
長野県の人間が4/1くらいいなくなった感じ?
いやそれもそれでとても恐ろしいけど、うーん?
人口密度って、人口度面積を割って、1㎢にした時何人になるる?って計算の仕方なんだけど、、
そもそも人口密度って山や断崖絶壁にも人がいる計算の仕方で、あまり情景が浮かばないし意味がないんだよね。
じゃあ次は比較でよく出される『東京ドーム』??
でも吉崎は東京ドーム行ったことないから横浜アリーナでもいいかな?
横浜も東京も知らんっぺ!って人には特別に名古屋ドームもつけちゃえ!
グラウンド面積で計算しよう!横アリだけは(アリーナ面積)になるけど気にせず行こう!
東京ドーム13,000㎡、横アリ8,000㎡、名古屋ドーム13,400㎢
ふむふむ、横アリはアリーナだからドームと使用用途がそもそも違うから、大きさもこのくらい違って当たり前か。
でも東京ドームがその倍となると…想像がつかないな…と思ったけど、名古屋ドームと同じ大きさ…?
高校2年の学校行事で野球観戦に行ったきりだけど、、もしやあんがい小さい…?(小さくはない)
まぁでも県の面積と比べると、当たり前だけど桁が違くてこれまたわからないね!
動員数は…
東京ドーム55,000人、横アリ17,000人、名古屋ドーム40,500人
アリーナはおいといて、あれ、名古屋ドームは東京ドームと比べると1000人以上も変わるんだね!
まぁそうか、、グラウンドはみんな大体同じくらいのサイズじゃないと遠征先で公平じゃないもんね。そっかそっか。
人口密度を考えると、、、だめだ、㎢と㎡で桁が違うから計算の仕方がわからない!
1000分の1すれば良い…?(安易な発想)
調べてびっくり、意外に名古屋ドームでかいね…
さて、本題に戻ろうか。
被害に遭われた方々、正確な人数がわからないけど、約49万人。
とてもじゃないけど、東京ドームも名古屋ドームも横浜アリーナも全部使ったって入らない。
仮設住宅を作るのも、待つもの、みんな大変だっただろう。
物資もない中、みんなよくがんばったとおもう。
現在の避難人数は約5万人だそうだ。
9年も経つのに、家に帰れない人がまだこんなにもいるのか…。
いまだに放射能汚染などで家に帰ることも建て直すこともできない人がいると考えると、胸が痛い。
土地が放射能で汚染されるとその土地はコンクリで固めて、放射能がなくなるまで100年かかるし、その間は人が住めなくなるって聞いた。
え、じゃあもう2度と家に帰れないの?つらすぎ。
でも、とりあえず東京ドームに入ることはできる様になった。寝ることはできなくても、アーティストが復興支援のライブに避難者全員を参加させる事ができる。
近いうちに、横アリでも全員参加ができることを祈る。
吉崎は当時家が丸ごと流されるニュースを見ながら卒業式を迎えた。
先生の言った『黙祷』という言葉が聞き慣れなかったのか、聞き取れずに、意味もわからずみんながガヤガヤしてるなか、吉崎はボーッとしてました。
正直な話、未だに津波でたくさんの人が亡くなってしまった、という事実にあまりピンときてません。
だって遠い地域だし、被害も目に見える範囲には一つもない。
原子力発電所が壊れてしまった時の電気問題も、幸いなことに発電所が別のところだったので問題はなかった。
民営化によって一時期はワタワタしたが今はあの頃に比べたらだいぶ落ち着いている。
当時は愛知県に住んでいて、南海トラフが〜と言われてましたが、東日本大震災から何年も経ち、「南海トラフ?何それ?」「懐かしいね」と言われてしまう時代になりました。
富士山の噴火も間も無くと言われて久しい。
最近のでかい被害は雨ですし…津波の怖さを忘れがちなのではないだろうか。
小さな頃、川で溺れた事があり、渓流と言えるような場所で、車も入りにくい場所でした。
流れが早すぎて、思ったように足が動かない感覚、
澄んでいたはずの水がいざ水の中から見ると濁って太陽も見えない緑の世界。今でも鮮明に覚えてます。
溺れながらも、恐怖と一緒に綺麗だとおもっていました。
ニュースでみた津波はただの泥。
目はとてもじゃないけど開けられないし、鼻や口、耳に入ったらどうなるかなんて考えたくもない。
津波は未だに経験がないのだけれど、ニュースを見ながらそんなことを思いました。
流されていく一軒家を見て、吉崎は「あんな安易に負けてしまう家に住みたくない!」と建築士になりたいって思ったのですよ。
算数程度の計算すらできないことに気がついて、そうそうに諦めましたけども。
でも、吉崎の友達が現在建築の資格を取ろうと勉強中です。
自分ができなかった事を誰かが成し遂げる姿を見るのはとても喜ばしい反面、少し寂しいですね。
では、毎年恒例になってきたヤフーの検索。
読んでくださった方、ぜひ参加してください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?