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猪狩完至の夢の先

アントニオ猪木 (敬称略) の追悼として 10月 27日発売号の『週刊少年チャンピオン』に『「バキ道」外伝 やっぱ猪狩完至 は永遠だよネ!』 (板垣恵介) が掲載された。
10月 1日にアントニオ猪木が亡くなって 3週間足らずで掲載された 25P の漫画なので急いで執筆されたことは想像に難くなく「どういうことだ?」となる箇所もあったが、何度か読んでいるうちに恐らくこういうことかな?という所までは噛み砕くことができた。


あらすじ

猪狩がベッドに横たわっている。猪狩は老いか病か瘦せ細った姿だが久隅に「猪狩完至 死去」と「騒動」の謎めいた話をしてほくそ笑んだ。
猪狩完至死去。その葬儀に参列した各界の達人たちが、かつて猪狩から「レスリングには達人がいない」「老いた選手が 枯れた神技で若き選手を圧倒する (達人がいない)」と話をしていたことを思い出していた。
葬儀の数日後。MMA の大会に突如乱入してきたのは死亡したはずの猪狩だった。試合後のチャンピオンを滅多打ちにしてコブラツイストを極めるが、その結果格闘技史上初の「試合場での暴行」の容疑者として逮捕される。

猪狩は何故一度死んだのか

猪狩は自分が死んだということにして盛大な葬儀まで行いながら MMA の試合に突然乱入している。この「葬儀」と「乱入」がつながらないで最初は悩んだ。マウント斗羽が「プロレスラーのマウント斗羽」である自分を消して斗羽正平として新たな人生を歩みたかったのとは違いわざわざ死を偽装する理由が無いのだ。

それでも理由が何かあるだろうと考えたが最も妥当な理由は、身も蓋も無い話だが「追悼漫画だから」だろう。
ファンとして現実のアントニオ猪木に対して行えるセレモニーとしての葬儀シーンという考え方だ。あるいは猪狩完至がキャラクターとしてアントニオ猪木の先を行くための儀式なのかもしれない。

加えて「注目を集めるために猪木ならそれくらいやる」ということもあるだろう。
タイガー・ジェット・シンの伊勢丹前猪木襲撃事件のように、小川直也に橋本真也を一方的にやってこいと命令した 1・4事変のように、猪狩完至なら耳目を集めるためならこれくらいやるだろうというある種の信頼のようなものではないだろうか。

猪狩完至のコブラツイスト

この読切においてレスリングの達人に成らんとする猪狩が MMA のチャンピオンに極めたのがコブラツイストであったことは非常に説得力があり、また嬉しかった。

アントニオ猪木のコブラツイスト

コブラツイストはアントニオ猪木の代表的フィニッシュホールドである。特にデビューから数年後、昭和40年代のフィニッシュホールドの半分近くはアバラ折り (コブラツイスト) が占めている。
昭和50年代に入るとコブラツイストがプロレス界全体でつなぎ技として使用され始めたことや、ライバルであるジャイアント馬場が得意技としていたために使用頻度を抑えたのか弓矢固めや卍固めでのフィニッシュが増えてくる。それでもコブラツイストはそれらと変わらない頻度でフィニッシュホールドに選ばれている。
何より引退試合でドン・フライに極めたフィニッシュホールドもコブラツイストからのグランドコブラ (コブラツイストのまま床に倒れ込んだ状態) だった。

コブラツイストというと傍目には後ろから抱き着いているだけに見え、非プロレスファンから「プロレス技って本当に効くの?」と言われる技の代表でもある。
しかし元をたどれば近代プロレスのルーツであるキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの歴とした関節技である。また、寝技でコブラツイストの体勢になるグランドコブラは柔術ではツイスターの名で使用され絞め方によっては腰や頸椎を捻って圧迫する危険な技である。

またコブラツイストや卍固めのようなスタンド状態でギブアップを狙う関節技はプロレスに多い。他の武道や格闘技にスタンドでの関節技が無いわけではないがフィニッシュホールドとして幾多の技が存在するのはプロレスだけだろう。

アントニオ猪木の卍固め

加えて言うと範馬刃牙が猪狩完至に新コブラツイストをかけた時、マウント斗羽は「猪狩からスタンドで関節を取ったか……」と驚愕している。アントニオ猪木だけでなく猪狩完至にとってもスタンドでの関節技は代名詞的な技なのである。

『グラップラー刃牙』(板垣恵介) 33巻より

コブラツイスト。プロレスの代名詞たる立ち関節技、見せかけの技ではないギブアップを奪えるプロレス技、アントニオ猪木の代表的フィニッシュホールド、猪狩完至が得意とする立ち関節技。
現代の異種格闘技の代名詞とされる MMA の王者をコブラツイストで仕留めるということは、猪狩完至が “プロレスの達人” に成ったことを証明する上で最高の技なのである。

『「バキ道」外伝 やっぱ猪狩完至 は永遠だよネ!』は一つの作品として見ると少ないページ数に駆け足で色んな要素を盛り込んでいるので「よくわからない」という感想を多く見かけた。それはまったくもってそう。
だが「MMA王者にコブラツイストを極める」というただ 1コマで「アントニオ猪木には、猪狩完至には本当に強い男であってほしい」という熱い気持ちを感じ取ることができる、そんな読切漫画であったということをお伝えしたかった次第である。

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