見出し画像

【百年ニュース】1921(大正10)5月11日(水) 加富登麦酒・帝国鉱泉・日本製壜の三社が合併し,日本麦酒鉱泉株式会社を設立される。カブトビール,三ツ矢サイダーの2大ブランドのほか,翌1922(大正11)新たにユニオンビールを発売。主力の尼崎工場・半田工場のほか,川口市に東京工場,西宮に大阪工場を新設するが,1933(昭和8)大日本麦酒と合併。

大正後期は第一次世界大戦の反動不況のなかで飲料メーカーの経営が悪化していきましたが、このたび3つの飲料メーカーが合併することになりました。加富登(カブト)麦酒、帝国鉱泉、日本製壜の三社が合併し、日本麦酒鉱泉株式会社を設立されました。

これでカブトビール、三ツ矢サイダーの二大国民ブランドを有するほか、翌1922(大正11)年には新たにユニオンビールを発売し、攻勢をかけていきました。主力の尼崎工場と半田工場のほか、川口市には東京工場、西宮にも大阪工場を新設しました。しかし昭和期に入ると単独での生き残りが難しくなり、1933(昭和8)年に大日本麦酒と合併しました。

映画『風立ちぬ』は宮崎駿監督の最後の作品となりましたが、その中で名古屋駅前の「カブトビール」の大きな看板が忠実に再現されて登場しています。太平洋戦争が深刻化する1943(昭和18年)年、大日本麦酒は企業整備令の適用を受けて半田工場が閉鎖されることとなり、カブトビールの製造を終了しました。

画像1

画像2

画像3

画像4

画像5

画像6

画像7

画像8


よろしければサポートをお願いします。100円、500円、1,000円、任意のなかからお選び頂けます。いただいたお金は全額、100年前の研究のための書籍購入に使わせていただきます。サポートはnoteにユーザー登録していない方でも可能です。ありがとうございます。