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【百年ニュース】1921(大正10)4月10日(日) 大倉組副頭取,大倉土木(現大成建設)会長の門野重九郎が中国公使に任命されるとの噂話を東京日日新聞が報じる。門野は旧鳥羽藩家老門野亘理二男。慶應義塾から帝国大学工学科出て米国ペンシルバニア鉄道に勤務。のち1897(明治30)大倉喜八郎の知遇を得て大倉組に入り,ロンドン支店長を長く務めた。1909(明治42)大倉組副頭取となりNo.2として大倉を支えた。東京商工会議所会頭,日本商工会議所会頭等を歴任。

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結局門野重九郎はこの新聞報道のように外国公使になることはなく,1937(昭和12)まで大倉組副頭取および大倉土木会長に在任した。

実業界出身で初めて中国大使となったのは,2010(平成22)6月から2012(平成24)12月まで中国大使を務めた,元伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎である。

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