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【百年ニュース】1920(大正9)5月28日(金)大原社会問題研究所『日本労働年鑑(第1集)』刊行。戦時中断経て現在なお継続発行中。大原社研は倉敷紡績社長大原孫三郎が1919(大正8)創立。森戸事件後東京帝大中心に社会政策学会左派の研究者の多くが移籍。戦後法政大学と合併した。

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大原孫三郎は1923(大正12)3月16日生涯一度の海外渡航、北京視察に出た。同じキリスト教徒で北京の子女教育活動家である清水安三が現地案内。清水の紹介で北京大学講師の魯迅(42)のほか、図書館司書の毛沢東(30)にも会っている。倉敷紡績の大陸進出を検討するも結局進出せず。

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大原孫三郎は清水安三を高く評価し以後も援助した。清水は大原の援助で1924(大正13)米国オハイオ州オベリン大学に2年間留学、桜美林大学の名前の由来となった。大原は「支那に対し奪うのみしか考えない日本人が多いなか清水の事業は罪の償いの気持ち」と語った。

兼田麗子『大原孫三郎』中公新書(2012)

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