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「海の史劇」 吉村昭 著 新潮文庫

以前に読んだ本ですが、再び読んでみました。


日露戦争について詳細に書かれた本です。日露戦争というと、司馬遼太郎さんの「坂の上の奥」が有名です。僕もとても好きな本で、司馬作品の中の最高傑作だと思っています。


司馬さんが、日本側からの視点で書いているのに対し、この本では、主に「ロシア側で何があったのか?」について書かれています。


ロジェストビンスキー率いるロシア第2艦隊は、明治37年(1904年)10月9日に出航します。


しかし、ロシア第2艦隊は最初からついていなかった。

10月13日には、戦艦「オリョール」「オスラビア」が、浅瀬に艦底をつけるということがありました。

彼らは、最初から、「大ベルト海峡などヨーロッパに日本の水雷艇が襲撃を計画」という噂に悩まされます。実は、これは、日本側の諜報機関が流した噂が広まっていたのです。

10月22日に、ロジェストヴェンスキー中将が攻撃開始を下命した対象は、日本の水雷艦ではなく、イギリスのお漁船でした(p.53)。


その後も、日本と同盟を結んでいたイギリスは、巡洋艦隊に、ロシア艦隊を追跡させます。

また、中立国だったフランスからは、石炭の積み込みを拒否されます。


さらに、日本海で合流を予定されていた旅順艦隊は、乃木希典のワンパターンの総攻撃で多大な犠牲を出したにも関わらず、指揮権を児玉源太郎に交代してから、あっという間に形成が逆転し、203高地を占領した日本軍により全滅させられます。

ロシア第2艦隊は、この時点で、引き返すべきだったでしょう。しかし、ロシア皇帝ニコライ2世がそれを許さなかったのです。

また、ロジェストビンスキーが最も信頼していたフェリケルザム少将が脳溢血が原因で死去するということもありました(p.298)。

やることなすこと裏目にでたロジェストビンスキーは、状況を俯瞰して冷静な判断ができる状態になかったのではないかと思います。


そんな中、ロジェストビンスキーは、日本海海戦直前で、判断ミスをします。東郷艦隊が二列縦陣でやってくると予測したのです(p.333)。


なぜなんだろうと思います。

日露の戦力を比較すると、

戦艦 日本4、ロシア8

装甲巡洋艦 日本8、ロシア3

巡洋艦 日本16、ロシア6

走行海防艦 日本2、ロシア3 

で、ロシアの方が総合力で上回ります。また、射程距離は、ロシアの方が長い。そうなると、東郷艦隊は、一か八かの接近戦に持ち込もうとするでしょう。僕の考えですが、2列縦隊は、守りの陣形です。戦力の劣る方がそんな作戦を採用はしないだろうと思うのです。


東郷艦隊は、相手の戦力を削減し、効率よくロシア艦隊を叩く方法をとるでしょう。そして、その最も良い陣形が統合がとったT字作戦です。この作戦を採用した東郷平八郎は天才だと思います。


僕は、ロジェストビンスキーが、焦っていたのか、抑うつ的になっていて、正確な判断ができなくなっていたのではないかと思います。


戦争は、人が平静を保っていることのできない非定常な状況なのでしょう。


日本も旅順要塞における陸軍の戦いでは、乃木希典以下第三軍上層部の者たちは、自軍のあまりの犠牲の多さに茫然自失となっていたのでしょう。いたずらに正面からの総攻撃を繰り返していた乃木希典は、判断能力を失するほどの抑鬱状態だったのかも知れないなどと思いました。


人が、想定外の事態の中で、平静さを保つことは難しい。そして、それが集団ともなると、ものすごいエネルギーで暴走を始めます。


日本が勝ってたはずなのに賠償金も取れなかったことに腹を立てた大衆は、日比谷焼き討ち事件を起こし、終戦交渉の全権を担われた小村寿太郎に対して、激しい怒りをぶつけます。


でも、日本はこれ以上戦う余力がなかったのですから、賠償金がないのは仕方がないのです。


3月10日の奉天会戦での勝利後帰国した児玉源太郎は、、東京駅で長岡参謀次長に「おれは、戦争を止めるために帰国したのだ(p.500)」と語り、その後も「桂(首相)の馬鹿が、償金を取る気になっている」とののしった(p.517)りしています。


実際に戦った人で、冷静さを保つことができた人には現実感があるのですが、銃後の一般人たちには、それが難しい。


当時野党の重鎮だった大隈重信は、賠償金少なくとも30億円などを主張していました(p.554)。そして、一般大衆は、そうした勇ましい言葉に乗っかってしまいがちなのです。心しておかなければならないところです。


戦後、小村寿太郎は長く非難され続けましたが、乃木希典はヒーローになり、東郷平八郎は軍の人事にいつまでも口出すようになりました。気をつけていないと、現実感は、どんどん失われていくものです。


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