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「ボラード病」 吉村萬壱 著 文春文庫

読み終わったとき、思い出したことがありました。

それは、東日本大震災から1年ほど経った頃に参加したある講演会で、講師が「絆が大切なんです!心の傷をいやすには、絆しかありません!」と、興奮気味に語っていた時の場面です。「絆」という言葉以外の内容は全くはいってきませんでした。僕は、その会場に居たのですが、どこか別の場所から、その講演会会場を眺めているような感じがしたものです。「絆」という言葉が、とても空虚に聞こえました。


同じような感覚を持ったことが、東日本大震災以降、何度もあります。「直ちに健康に影響のあることはありません」「アンダーコントロール」「安心・安全」「スポーツの力」「希望と勇気を世界に」・・・。


僕らは、現実を生きているのでしょうか?


小説の主人公恭子は、故郷海塚市(うみづかし)での小学校時代の出来事を回想します。母は強迫的で、恭子が周りから少しでも「変だ」と思われる行動をすることや、母が不快に思う行動は、許しませんでした。日記は切り刻まれました。生魚が嫌いなのに、海岸の清掃活動をしたときに昼食として出された海鮮丼を残さず食べました。海塚の海産物は、どれも美味しく安全だからです。なにしろ、海塚は、「安全基準達成一番乗りの町」なのです。


恭子は、「海塚」を連呼する海塚市の歌を上手く歌えず、先生に注意されました。友達とも馴染めません。友達の健くんは、授業中に吐いていました。先生は突然いなくなり、クラスメートひとりは、教室で倒れ、死にました。恭子は、「海塚市民はおかしい」と感じていましたが・・・。ある日、恭子は、海塚市のキャッチフレーズでもある「結び合い」を実感することになります。世界は、それまで感じていたのと全く違っていて、とても美しいことに気づくのです。


これ以上は、ネタバレになるので書きませんが、すごい小説でした。いや、解説のいとうせいこう氏が言っているように、「これは寓話ではない。小説という名の現実だ」というのが正しいように思います。


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