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「群青の夜の羽毛布」 山本文緒 著 角川文庫

虐待を受けているのなら、そんな家から逃げればいいと思うのですが、実際に長年虐待を受けてきた人には、それが難しい。ずっとジャッジされ批判されてきているわけですから、人の目が怖くなる。電車にも乗れなくなり、お店に一人で入って食べることもできなくなる場合が少なくありません。

主人公のさとるは、男性のような名前ですが24歳の女性です。なぜ男性のような名前になったのかには、重要な意味があるのですが、ネタバレになるので、ここでは述べません・・・。ちなみに妹の名前はみちるです。

さとるの世界観は、母親に絡め取られているのです。安全な世界は、母親コクーンの中だけに存在しているのでしょう。

この小説の中には、「あなたの幸せ」という言葉が盛んに出てきます。

「それに比べて、あなたは本当に幸せだわ。男の騙し方まで母親の私に教われるなんて(2072)」

「私は、あなたの幸せを願っているのよ(2072)」

母親の世界の中にいることが幸せだと洗脳されてしまっています。

母親はさとるに「さとるは、やればできるんだから」と言います。「やればできる子」は呪いの言葉ですね。「やればできる」の「やる」は、母親の求めたことに限られるのです。

妹のみちるは、「あなたはいいわよね、幸せよねって、お母さんのうまい手口よ。罪悪感を抱かせるのに、すごくいい台詞よ(2126)」と言います。みちるは矛盾に気づいていますが、彼女もまた、家から完全に出ることができません。

母親に反対意見を言うと、

「心理学が何よ。そうしたら、私がこうなったのは私の母親のせいじゃない。その母親を育てたのは祖母よ。どうして育てた人間のせいにするのよ(2804)」という反論が返ってきます。私も被害者と言われたら、それ以上責めることができにくくなってしまいます。これもうまい手ですね。でも、あえて言わせて貰えば、100%ではないけれど、「育てた人間のせい」なのです。何がいけなかったのかは、多くの場合、「自分の価値観・世界観以外を一切認めず、もしそれに反することをしたら圧倒的な罰が待っている」という状態が当たり前の親子関係にしてしまったことです。

そこから離れてしまえばいいのに、心理的結界みたいなものができてしまいます。

結界からどうしても一歩が踏み出せない。

結界の中は作り物のウソの世界なんです。だから、虐待をする親は、皆同じようなセリフで子どもを縛りつけるんです。

「あなたのためよ」
「あなたは、やればできる子よ」
「まあ、お母さんに対してなんてことを言うの?」
「私は、あなたの幸せだけを望んでいるのよ」

などなど・・・。

これらの言葉は、虐待を受けてきたクライアントから、カウンセリングの場で何度も何度も聞いてきました。

あと、本の主題とは関係ないけど、カウンセラーが白衣を着ているのって、日本では常識的なイメージなんですかね?僕は着たことないです。クライアントとは対等な視線を持ちたいですし、薬品を扱うわけじゃないですから。アメリカ留学中、カウンセラーで白衣を着ている人見たことないです。カリフォルニアだったからですかね?



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