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「おまじない」 西加奈子 著 ちくま文庫

短編集です。人は、役割を演じざるを得ません。いい人、可愛い人、面白い人、知的な人・・・。でも、役割を演じるのは、疲れます。じゃあ、そんな役割、捨ててしまえばいいじゃないかと言う人もいるでしょう。できれば、それをやりたい。でも、そんなこと簡単にできないのです。役割を捨てることができずにもがきにもがいて、なんとかやっていくのが、大抵の人たちのやっていることです。それでもいいじゃないかと、応援してくれる8つの小説です。


「燃やす」
”ほらね”と言う言葉は、呪いの言葉です。静かな「ほらね」のあと、「私の言った通りになったでしょう?私はあなたのためを思って言っているのよ。私の言うことを聞いていれば間違いはないのだから」と言う言葉が、いや言葉でなくてもそういう雰囲気が伝わったら、子供は身動きができなくなるものです。こうして、子供は、失敗する権利を奪われていきます。

  

「あねご」
僕は、この話が好きです。「燃やす」でもそうだったのですが、人を深い悲しみから救うのは、ほんのちょっとした一言なのかもしれません。それは、深い悲しみを知っている人の一言なのでしょう。

  

「ドブロブニク」
主人公が子供の頃連れて行かれた映画は、「地獄の黙示録」でした。きっと訳がわからなかったでしょう。

僕も似た?経験があります。小学校1年生の時、父に連れて行ってもらったのが石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」。リバイバル上映でした。役者だった父が、石原裕次郎さんを油断させ、卑劣にも振り返りざまに殴るという、おそらく初めての大きな役を演じていたのですが、その会心の悪役ぶりを息子の僕に見せたかったのでしょう。しかし、とうの僕といえば、父のあまりの悪役ぶりに、周りの石原裕次郎ファンと思われる大人たちに申し訳なく、いたたまれない思いをしたものです。「父がやんちゃで、申し訳ございません」と、周りのみなさまに頭を下げたい気分でした。

その後も、父には映画の撮影所に連れて行ってもらったり、一緒に観劇をしたりしましたが、僕はあの世界に行こうとは思いませんでした。あまりに熱くて厳しく見えたからです。

口では、「興味ない」とは言っていましたが、正直言うと、あの世界で生きていくのは、僕にはとても無理でした。役者も監督も脚本も大道具も音声も・・・すべて僕にはできないことだと思いました。あんな本気の世界には住めません。で、安全なサラリーマンという道を選んだのです。

だから、演劇の世界に進んだこの物語の主人公は、大変な葛藤を乗り越えて決意したのでしょうし、それは、とても勇気のいることだったと思うのです。

僕は、この主人公のように裏方の道に進んだ女性をひとり知っています。僕よりだいぶ年上で、彼女が80歳ぐらいのとき、「彼女の」行きつけの焼き鳥屋に行って、2人で飲んだことがあります。相変わらず、楽しくカッコいい人でした。

  

これ以外にも、5つの短編が載っています。


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