見出し画像

「南京事件を調査せよ」 清水潔著 文春文庫

目立たず地道だけど、とても大切な仕事をする人がいるものです。例えば、南京攻略戦に参加した兵士たちの日記を集めた小野賢二さんです。小野さんは、歴史の専門家でもない「化学労働者」です。小野さんは、会津若松で編成された「歩兵第65連隊」、「山砲兵第19連隊」の兵士たちの日記を集めました。その数31冊、うち26冊分はコピーで5冊は現物であり、立派な一次資料です。


これらの日記には、複数の人たちが、1937年12月16日、5000人前後の捕虜が殺害されたことを記述しています。銃殺するのですが、死にきれていない人に対しては、銃剣でとどめを刺したと書いています。そして、次の日以降も殺害は続いていったとのことです。

著者は、これらの日記を丹念に読み、証言者に会い、当時の記録(日記やスケッチや録音)をあたります。また、南京を訪れ、虐殺の写真とされる現場を特定します。そして、その写真が、日記と矛盾がないこともわかります。

3メートルの高さにもなる死体の山が出来上がったとの証言があり、それがどのようなメカニズムで出来上がったのかを突き止めます。そのメカニズムは、とてもショッキングなものでした。周りを囲まれて一斉に銃撃されれば、中央に向かって逃げるしかないのです。中央に向く必死の動きが死体の山を作ったのです。

著者は徹底的に一次資料にこだわって取材をします。伝聞のみで論理を組み立てることをしません。77年経った取材時になんとか一次資料を見つけ、証言者を探し出し、裏を取っています。池上彰氏が解説で書いてますが、これこそが「調査報道」だと言えます。ネットの情報を読んだだけで書いてしまうようないわゆる「コタツ記事」の対極にある報道姿勢です。


僕は、この本を読んで、もし僕が一兵卒で、上官から命じられたら引き金を引くだろうかということを考えました。引き金を引かない勇気を僕が持てたのかどうか、わかりません。結局、引き金を引いてしまうのではないか・・・などと思ってしまいます。そのことを考えると暗澹たる気持ちになります。


では、僕が上官だったらどうだろうとも考えました。上官ならば、命令しないこともできるはずです。でも、それができるかどうか、自信はありません。


今後、もし同じような事態が起き(絶対起きてはいけないのですが)、僕が上官だったら、たとえ処分を受けても虐殺を命じない勇気を持たなければいけません。


歴史上のほとんどの戦争には虐殺が伴ったのではないかと、僕は考えています。中国も日本人の虐殺をしたようです。ベトナム戦争のアメリカ軍によるソンミ村の事件があります。東京をはじめとする大空襲だって原爆投下だって大虐殺とも言えます。もちろんナチスによるユダヤ人の虐殺、スターリンによる大粛清なども虐殺です。

南京大虐殺に対しては、様々な意見があることは知っています。僕はここで南京大虐殺があったかなかったかという議論をするつもりはありません。

僕の関心は、あくまで、集団的な暴力に至る心理です。その基本的なメカニズムは、いじめやハラスメントや虐待などの暴力や、洗脳などの心理コントロールの中に共通して存在しているのではないかと思います。それは、違いを許さない、受け入れない強迫的とも言える不寛容さかもしれませんし、自分の存在が失われるのではないかという恐怖かもしれません。そうした心理の先に戦争、そして狂気とも言える虐殺があるのだろうと考えています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?