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「クマにあったらどうするか」 姉崎等 語り 片岡龍峯 聞き手 ちくま文庫

語りの姉崎さんは、アイヌのクマ撃ち猟師です。北海道にいるヒグマは、雄の成獣で200キロくらい、中には400キロもある巨大グマがいるそうです。


姉崎さんにとって、クマは師匠だと言います。クマの足跡を辿れば、山を歩くことができます。クマが食べているものは、人間が食べても大丈夫です。


姉崎さんは、自然の中で熊になったような気持ちになって熊を追います。常に熊の歩いた後を歩いているので、熊が逃げそうなところ隠れそうなところがわかるのです。熊は頭が良く、自分があちらの方向に行ったと思わせるような足跡を残し、その足跡をバックしながら正確にたどり、足跡が途切れる手前で待ち伏せしている事もあるのだそうです。


カラスなどの泣き声によって熊の居所をつかむこともあります。カラスは猟師が自分に鉄砲を向けないことを知っていますし、熊を仕留めたら、猟師が熊の肺などご褒美を残してくれることを知っているのです。だからカラスは、猟師に熊の居所を教えるのです。


熊に自然に山に精通している姉崎さんでも、手負いの熊の猟の場合にはより慎重に熊を追います。手負いの熊が、全て人間を襲うわけではありません。逃げる余力がある限り、熊は逃げます。動けなくなった時、熊は人間が通るであろう場所から少しそれたやや上方のところで、息を潜めて待っているのだそうです。そして人間が通りかかったら最後の力を振り絞って人間を殺すのです。


熊に出会ったら、慌てて逃げてはいけません。姉崎さんの場合は、目を逸らさずに圧倒するような力で、「ウォーッ、ウォーッ、ウォーッ」と声を出します。

また、熊は蛇が苦手なので、縄など蛇に見間違うようなものを投げつけるなども有効なのだそうです。

恐怖のあまり声が出ない人は、それでもいい。しかし、決して熊から目を逸らしてはいけないのです。

腰が抜けて座り込んでしまっても熊から目を逸らさない。

この「目を逸らさない」といのが熊に遭遇したときの基本です。熊はやがって、その場から去って行きます。


熊が人を襲うことは基本的にはありません。熊にとっては人間は強く怖い存在なのです。人を襲うのは、人が熊のテリトリーにまで侵入するようになったからです。道路が整備されて、山の奥まで人間が山菜やきのこを採りに行くことができるようになりました。そして、木の実がなる広葉樹を伐採し針葉樹に植え替えてしまいました。レジャーで山にやってきて、バーベキューをする人が増えました。彼らの食べ残しの味を熊は覚えてしまいました。姉崎さんは言います。熊はルールを守るけれど、人間はルールを守らないのです。

姉崎さんは、「クマが怖い」と言う言葉が怖いと言います。熊は暮らせる環境があれば、怖いものではないのです。むしろ、現代の人間の方が怖いかもしれません。姉崎さんは、暗がりでも熊がそこにいることを感じることができます。地図がなくても山の中に入っていき帰ってくることができます。クマ猟の時には、カラスに協力してもらい、猟犬の表情や動きや吠え方で、何があったのかを知ることができるのです。姉崎さんは自然の気配を感じることができるのです。生涯単独で40頭、集団で20頭の熊を仕留め、誰よりもクマの生態を実体験として知り、北海道大学の研究などにアドバイスをしていた姉崎さんは、2013年90歳で永眠しました。彼がアイヌ民族最後のクマ撃ち猟師でした。




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