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「歴史修正主義-ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで」 武井彩佳 著 中公新書

この本は、次の3つの目的で書かれていいます。


第一に、書かれた歴史とは何か、これに対して歴史修正主義とは何かを明らかにすることで、その二つを混同しない議論の基盤を作ることである。p.228

第二に、欧米で歴史修正主義が登場してから、その勃興と衰退の一〇〇年を振り返ることだ。p.228

第三に、歴史に関する言説を法で規制することで、社会の歴史認識を「適正」な範囲に保つことは可能なのか、またそうすべきなのかを考えた。p.228


歴史修正主義(revisionism)とは、歴史的事実の全面的な否定を試みたり、意図的に矮小化したり、一側面のみを誇張したり、何らかの意図で歴史を書き替えようとすること(p.8)です。彼らのやり方は、「極めて稚拙であるだけでなく、事実に対して不誠実(p.5)」と、著者は言います。


さらに、「最初から事実と異なる歴史像を広める意図であからさまに史実を否定する主張を、欧米では「歴史修正主義」ではなく「否定論」(denial)と呼ぶようになっている。(p.5)」のだそうです。


否定論者は、たとえば「AはBである」という一般的に受け入れられている事実があるとすると、「「AはBでない可能性があると主張する人もいる」という理由で、「AはBではない」と結論付ける(p.73)」のです。


また、『シオン賢者の議定書』のように、欧米のキリスト教信者の一部に影響を与え続けているものもあります。『シオン賢者の議定書』は「ユダヤ人が世界支配する」と言う陰謀論で、最初に出版されたのは、1890年代後半のロシア語版なのだそうです。


この「ユダヤ人による世界支配」の考え方(僕は妄想と思うのですが)はヒトラーにも影響を与え、ホロコーストという歴史上最大の悲劇の一つの主要な根拠となります。現代でも、さまざまな出来事は闇の支配者(ディープステート)によって計画され、その中心はユダヤの左派であるというような「陰謀論」が一定の支持を得ています。新型コロナのパンデミックにしても、ロシアによるウクライナ侵攻にしても、『シオン賢者の議定書』的な論理展開で解釈しようとしている人たちを、意外にたくさん見かけます。


世界的な歴史修正主義の波は日本にも影響を与え、例えば「自虐史観からの脱却」という形で、1990年代後半から急に目立つ様になってきました。僕は、90年代後半アメリカで過ごし、2001年9月の911直前に日本に帰ってきたのですが、日本の本屋で歴史修正主義の本がずらーっと平積みされているのを見て、非常に驚いたことを記憶しています。一時的なブームだろうと思っていたのですが、20年以上経った今でも、根強く影響を与え続けています。


ヨーロッパでは、ホロコーストやジェノサイドに対し肯定的な意見を述べると罰せられるという法律がありますが、日本にはありません。だから、政治家がナチスのやり方を支持するような発言をしても大きな問題になりません。法で規制するのがいいことなのかどうなのかは、議論のあるところでしょう。しかし、「ヘイトスピーチ」がなされるようになった日本でも考えなきゃいけない問題だろうと思います。


まずは内省することかなと思います。僕自身は「歴史修正主義」や「否定論」に反対する立場をとっていますが、では、歴史を修正したいと言う願望が全くないかというとそうではありません。


僕は、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を読んで以来、坂本竜馬のファンなのですが、竜馬と龍馬は違うと言われています。龍馬は竜馬ほど好青年でもなく、もっとしたたかだったのかもしれません。いろは丸沈没事件でのやりとりは、今で言う「論破」みたいなやり方だった可能性もありますが、そうであってほしくないという気持ちがあります。また、船中八策は、後世の創作だったという説がありますが、それも認めたくないわけです(・・・しぶしぶ認めますけど)。僕の坂本龍馬・竜馬に対するそうした心理は、歴史修正主義者たちの心理につながるものでもあります。僕は、かろうじて止まっているだけなのでしょう。




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