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アムステルダムDoc映画祭2022日記Day12

20日、日曜日。いよいよアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(通称IDFA)も最終日!今日は9時半から上映があり、しかも初めて行く劇場なので、8時45分には宿を出る。
 
外は薄曇り。そして、昨日よりもさらに冷える!スマホの天気アプリが表記するのは、マイナス3度!ついにきた、零下。11月10日の日記で13~14度と書いているから、10日間で16度下がったことになる。ひと月近い欧州滞在の最終日が零下体験となり、なんだか嬉しい気分。

零下3度の日曜午前8時半。誰もいない。
おなじく零下3度の日曜午前8時半。去り難い。

審査員上映で通っていたPatheを過ぎて、各種トークやアワード・セレモニーなどの主要行事が行われたアムステルダム国際劇場(ITA)の脇の道を進んだところに、目的のデルマール劇場がある。ホテルから徒歩20分強といったところ。

アムステルダム国際劇場(Internationaal Theater Amsterdam/ITA)
ITAのすぐ脇にある「デルマール劇場」

今朝は、観客賞の投票で上位に入った作品を4本上映する通し券を押さえている。もちろん、結果が分かる前にチケットを押さえるわけだけれども、僕が担当したコンペ部門の作品が観客賞に選ばれることはなかなかないだろうと思われ(その話を始めると長くなるので割愛するとして)、既に観た作品と被ることは無いだろうと予想していた。
 
IDFAで上映された300本ほどの作品のうち、観客賞投票の対象となったのは、153本であるとのこと。153本もの中でのトップ投票作品となると、その価値はコンペの賞に勝るとも劣らないはずだ。それらを最終日にキャッチアップできる機会があるのはとてもありがたい。オープニングからアワード・セレモニーまでを9日間で実質的に終わらせ、残り3日間は受賞作品の再上映などに充てていくというのは、とても贅沢でとても正しい映画祭のあり方だ。
 
さて、9時半から1本目の上映開始。『Bobi Wine: The People’s President』というイギリス製作の作品。ヴェネチア映画祭でプレミアされ、IDFAの観客賞投票では第3位となっている。
 
アフリカの中東部に位置するウガンダでは、1986年以来ムセベニ大統領による独裁政治が35年間続いているが、プロテスト・ソングで人気を博したボビ・ワインという大スター歌手が政界に進出し、民衆に自由を取り戻そうと奮闘する姿を見せていく。

Christopher Sharp, Moses Bwayo "Bobi Wine: The People’s President"

民衆の心を掴んでいるボビ・ワインは、大統領選に出馬を決める。しかし、現政権によるボビ・ワインに対する妨害行為がとにかくすさまじい。ウガンダでは、一応選挙は存在するものの、他の多くの国でも見られるように、見せかけの民主主義のために仕組まれている出来レースに過ぎない。そこにボビ・ワインは果敢にも挑戦するが、妨害行為が凄惨を極める。立候補に必要な書類をそっくり没収されてしまうのはまだ序の口で、明らかに人気のあるボビは不法に逮捕され、立って歩けないほど拷問され、命の危険にさらされる。しかも何度も。ボビを応援する民衆にも警察は銃口を向ける。文字通り命を懸けて、ボビは体制を変えようとする。そして2021年1月の選挙が近づく…。
 
これはすごい。ウガンダの実態が見られるのも貴重であるし、不屈の闘志を持つ現代の英雄たる人物が存在することに驚嘆させられる。これをきっかけに世界の人々がウガンダに目を向けることを期待したい。ワカンダもいいけど、ウガンダも。いや、冗談を言っている場合では全くない。
 
続いて11時50分からトルコ製作の『Blue ID』という作品。今作が、IDFAの観客投票の1位に輝いている。
 
トルコの人気女性タレントが、2012年に男性への性転換手術を受け、世論の激しいバッシングを受けながら、男性に与えられる「青い身分証明書(Blue ID)」を取得するに至る苦難の経緯を描いていく内容。トルコでは身分証明書の色が性別で異なっており、主人公は証明書を変更する困難に幾度も直面する(現在では色の区別は廃止されたらしい)。

Burcu Melekoglu, Vuslat Karan "Blue ID"

トルコ社会の不寛容で保守的な状況が露呈され、長年に渡る主人公の忍耐と意志の力が映し出されていく。力強い作品であることに疑いはない。現代で最も重要な主題を扱っていることも間違いない。ただ、だからこそ、少し既視感がある。そして、主人公が「女性」だろうが「男性」だろうが、とても「美しい」容姿であり、その容姿を長所としてサバイブしていく側面に、現在の作品としたらなんらかの言及というか、アップデート行為というかが、あってもよかったのかもしれない、と思ってしまった。いや、自分でもうまく整理が出来ていない未熟な思いだと自覚しており、ジェンダーとルッキズムの関係について全然勉強が足りていない。
 
むむー、これが1位かー。と感じなくはないけれど、その理由を考える行為がまたタメになるというか、面白い。
 
ここで1時間の休憩が挟まるので、コーヒーを飲んだりして時間を過ごし、14時15分から上映再開。観客賞投票で2位となっている、アルメニアの監督による『Aurora’s Sunrise』という作品(扉写真も)。

1915年に勃発した、トルコ人によるアルメニア人の虐殺を振り返る内容。その語り口はとてもユニークで、まずは1919年に製作された『Auction of Souls』というハリウッドのサイレント映画の話から始まる。『Auction of Souls』は、10代で虐殺を生き延びたオーロラ・マルディガニアンというアルメニアの女性が渡米後に語った経験を映画化したもので、オーロラ自らが主演し、大ヒットを収める。しかしその後何故かプリントは失われ、映画も忘れられていった。

1919年製作の"Auction of Souls"

そして2022年製作の『Aurora’s Sunrise』は、存命時のオーロラ(1994年まで生きた)のインタビュー映像を用い、アルメニア人虐殺の実態から、そのハリウッド映画化までの経緯を辿っていく。そして近年になって発見された『Auction of Souls』の一部の映像も挿入される。さらに特徴的なのが、物語の全貌を再現するのがアニメーションであるということ。最上レベルのアニメーション・ドキュメンタリーだ。

Inna Sahakyan "Aurora’s Sunrise"

凄惨なジェノサイドの実態がアニメーションで綴られ、そこにハリウッド映画史が重なる。なんという豊かなドキュメンタリーであることか。そして、虐殺の歴史のなんと酷いことか。オーロラはインタビューで振り返っている。「第一次大戦後に、アルメニア人に対するジェノサイドを世界が公式に認知して非難していたら(実際はされなかった)、ナチスによるユダヤ人虐殺は起こらなかっただろう。アルメニアの悲劇を黙殺したことが、後のナチの民族浄化をためらわない姿勢に繋がったのだ」という発言に、場内が凍る。
 
上映が終わり、場内から「ふうー」という深いため息が漏れる。これは本当に見応えがあった。最高の3本立てだった。
 
4本目の上映はパトリシオ・グズマンの『My Imaginary Country』(観客賞10位)。僕は既に見ていたので、3本目の『Aurora’s Sunrise』の終了とともに退場し、別会場にダッシュする。外は、冷たい雨がかなり激しく降っている。
 
次の会場が数ブロック先なので、さほど濡れずに済んだ。16時から、いよいよIDFAでの最後の鑑賞だ!いやあ、寂しい。
 
見たのは、セネガル出身の監督による『The River Is Not a Border』という作品。アフリカ北西部に位置するモーリタニアと、その南西で国境を接するセネガルは、1989年に凄惨な紛争を体験している。当時を経験した人々が集い、いかに事態が残酷であったか、そしていかにして起きたのかについて、酷い経験を語っていく。

Alassane Diago "The River Is Not a Border"

紛争の背景がなかなか見えてこない。しかし、モーリタニアとセネガルのそれぞれから迫害された人々が存在し、彼ら/彼女らは地獄の体験を語る。ジェノサイドの記憶が蘇る。いったい89年前後にかの地で何が起きたのか、観客はなかなか理解できないのだけれど、一連の証言を聞くにつれて戦慄を覚え、負の歴史の連鎖に絶望を覚える。
 
ヘヴィーな作品が続いた。しかし、それが辛いかと言ったら、まるで正反対だ。これほどありがたいことはない。ドキュメンタリーの豊潤さを味わい、これほど勉強できる機会はない。
 
ウガンダと、アルメニアと、モーリタニアとセネガルについて、掘り下げて調べようと心に誓い、冷たい雨の降る中をホテルに戻る。これにて、IDFA体験も終了。審査員会議の議論の内容や、IDFA経験の総括も書きたいところだけれど、それはまた次の機会に。

IDFA、この上なく充実しました。明日(21日)の午後の便で帰国します。12日間に渡る日記ブログにお付き合い下さった方々、本当にありがとうございました!

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