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トロント映画祭2024日記 Day9

13日、金曜日。3時間寝て7時45分起床。熟睡したからか、意外にすっきり。速攻でシャワー浴びて、8時15分に外へ。本日も良い天気。日中に20度は越えてきそう。結局映画祭中にコートが必要だったのは中盤の3日間だけだったみたい。やはり9月はなかなか難しい。
 
9時にセントアンドリュース駅到着。コーヒーとサンドイッチを買って「Scotiabank」シネコンに急ぐという、毎日のルーティン。
本日1本目は、9時15分から、ルカ・グアディアーノ監督新作『Queer』(扉写真/Copyright The Apartment)。ベネチアコンペでワールドプレミアされて、トロントでインターナショナル・プレミアというパターン。アレン・ギンスバーグによる同名原作の映画化で、ギンスバーグ本人とみられる主人公(役名はリー)に、ダニエル・クレイグ。
 
2次大戦後のメキシコシティーに滞在している中年男のリーが、酒とドラッグとセックスに浸りきった日々を送っている。リーはユージーンという美青年に一目惚れし、彼に溺れていく。そして究極のコミュニケーションとしてのテレパシーに関心を持つリーは、ユージーンを伴い、テレパシー能力を刺激するという植物の「ヤヘ」を求めて南米への旅に出る。

"Queer" Copyright Yannis Drakoulidis

中年が若者に耽溺する前半は、谷崎的でベニスに死す的な頽廃感に溢れ、人工的な美術の美しさも合わせて映画の雰囲気に身を浸す時間帯となる。やがて後半になると世界が広がり、肉体とセックスと精神が融合していくトリップ世界に誘われる。実験的な映像にも取り組んだグアダニーノの、陶酔的で濃密で優雅な世界だ。

ジェームズ・ボンドから脱却し、全く別の意味での「体当たりの演技」で魅せるダニエル・クレイグが、ドラッグと文学とセックスを体現するリーに一体化していて、その姿からはジム・モリソンへと至るビートニクの匂いが立ち込めてくるようだった…。果たして、クレイグ初の、アカデミー賞ノミネートに繋がるだろうか?そしてユージーン役のドリュー・スターキーも強烈な美しさ!
 
2時間15分の至福の映像体験を経てスクリーンを出る。しばらく引きずる。「Scotiabank」シネコンのラウンジでチケットの確認作業を行う。
 
13時15分から、オーストラリアのマルセル・ルナム監督による『Addition』。ドキュメンタリー出身の監督で、本作がフィクション長編第1作とのこと。ロビーから上映スクリーンに近付くと、中から冷気が漂ってくる。何故か朝イチの上映は大丈夫なのだけれど、昼からは俄然場内が寒くなるのだ。カバンからウルトラ・ライトダウンを取り出す。屋外でコートは不要なのに、スクリーン内は必須。日常と逆。非日常を経験するのが映画だとはいえ、こんな非日常はいやだ…。
 
『Addition』は、数字へのオブセッションが過剰で精神も不安定な30代の女性が、おおらかな男性と交際して変わっていく物語。

"Addition"

主人公のメンタルな世界とラブストーリーに加えて、母と姉と姪との関係を主軸にしたフェミニズム要素も多分に含んでいる。
それは良いとしても、アスペルガー症候群的な主人公のキャラクターとその行動が定型通りで物語からあまり刺激が得られないことと、オーストラリア英語をうまく聞き取れない自分に腹が立つことと、あまりに場内が寒いことが重なり、少し集中力を欠いてしまった…。
 
気を取り直して、15時05分から、ニュージーランドのサミュエル・ヴァン・グリンスヴェン監督による『Went Up The Hill』

"Went Up The Hills" Copyright Bankside Films

こちらは、純度100%のアート映画。荒涼たる自然の中の葬儀場に、亡くなった女性を悼む人々が集う。故人に捨てられたと考えている息子と、故人のパートナーの女性が、故人の魂を通じて結びつく。故人はそれぞれに乗り移り、会話する。故人と生者の境が曖昧となっていく。
 
時にインスタレーション映像のようであり、時にパフォーマンス・アートのようでもある。過去を辿る精神的な旅が、静寂な迫力の中で描かれる。故人のパートナー役に、ヴィッキー・クリープス。寂しげで謎めいた存在感を見事に発揮している。相手となる青年は、『ストレンジャー・シングス』のビリー役で知られるデイカー・モンゴメリー。このキャスティングは絶妙。
 
「プリンセス・オブ・ウェールズ」劇場に移動して、18時15分からスティーヴン・ソダーバーグ監督新作『Presence』。上映前に映画祭プログラマーの女性が登壇し、簡単に作品を紹介したあと、「この作品を13日の金曜日に上映できることが嬉しいです」とコメントして場内がウケる。言われてみれば確かにそうだ!

"Presence" Courtesy of Sundance Institute

『Presence』は、美しい一軒家に越してきた家族が、家の中の何物かの存在(Presence/プレゼンス)を感じるようになっていくゴースト・ストーリー。全てゴーストのPOVで撮られている。ワンシーン・ワンショットで、ゴーストから見た家族の状況が語られていく。一家の長女はゴーストが邪悪な存在ではないと感じ、父親は娘を信じるが、母と長男は必ずしもそうではなかった…。
 
上記要約は少し乱暴なのだけど、さすがソダーバーグ、並みのホラーとは全く異なる世界を見せてくれる。ジャンル映画の姿を借りた、家族の物語と呼ぶのが正確かもしれない。映像的にも、クライマックスの衝撃も、あまりにも鮮やか。
 
上映後に、母役のリューシー・リューを始めとしたキャストと、ソダーバーグも登壇してQ&A。ソダーバーグは、実際に悲劇の起きた家の存在を知って本作を着想し、それをもとに脚本家のデヴィッド・コープが物語に仕上げたとのこと。そして、ワンシーン・ワンショットを自在に操ったソダーバーグを、キャスト陣が讃える。何とも豪勢だ。
 
外に出て、街角のスタンドでホットドッグを購入。ピクルスとタマネギとマスタードとケチャップをまぶし、とても美味なり。5ドル。

そして21時から、「Scotiabank」シネコンにて、エドワード・バーンズ監督新作『Millers in Marriage』 Courtesy of TIFF。中年期に差し掛かった3人の姉弟の、それぞれのプライベートのトラブルを描く作品。エドワード・バーンズは姉と妹に挟まれた長男を自ら演じ、彼と結婚を控える女性にミニー・ドライバー。

”Millers in Marriage”

長男は元妻の友人と再婚することになり、元妻が入れて来る横やりに困る。長女はともに作家である夫のスランプと自分の好調のギャップに悩む。次女は音楽業界マネージャーの夫が飲酒をやめないことを気に病む。どのエピソードもうまくまとまっている反面、いささか通俗的でもあることは否めず、肩の力の抜けた娯楽作という位置づけかな。
 
上映終わって23時45分。昨夜が徹夜気味だったわりには元気に過ごせた1日だった。帰宅して、1時半には就寝。明日は実質最終日。寂しいけれど、早く寝て備えよう。

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