見出し画像

ロッテルダム映画祭2023日記Day3

27日、金曜日。5時に目が覚めてしまい、これはもう抵抗してもしょうがない時差ボケマジックと分かっているので、諦めてゴソゴソとパソコンに向かう。それからシャワー浴びて、いったん外に出てカフェレストランで朝食を頂き、またホテルに戻ってから改めてすぐに出かけ直すという、いささかトホホなルーティンを今朝もこなす。
 
さて、本日1本目は、「キノ」や「パテ」と同じく昔から会場になっている「シネラマ」という劇場で、ここもホテルから徒歩5分くらい。気温はさほど低くなく、3度はありそう。空はどんより曇り空。

"Cinerama"

9時半から見たのは、『Paco』というオーストラリアの作品で、「ブライト・フューチャー」部門。Tim Carlier監督の長編1作目で、映画の録音技師が主人公となる物語。とはいえ、通常の物語映画の話法から離れた自由な作風が個性となる、これまたロッテルダムならではの作品だ。
 
映画撮影の現場から開幕し、4~5回続けてNGを出してしまう女優がついにOKテイクとなるまでのシーン撮影の経緯を、ワンショットで撮る場面が面白い。そこで動揺した女優はピンマイクを付けたまま現場を離れてしまい、録音技師は慌てて女優を探しに行く羽目になる。その道中に通った公園で自然音を録音したりしていると、何故かインタビューやMV撮影中のクルーに遭遇して録音を頼まれるなど、色々な人に巻き込まれ、不思議な世界に迷い込んでしまう。彼の様子を、隠しカメラ的に引きの望遠で見せて行き、そこにコント的なコメディ演出が被さり、ちょっと何を見させられているのか分からなくなっていくという面白さがある。

"Paco"

スプラスティックな巻き込まれ型不条理ユーモアということで、ジャック・タチやピーター・セラーズの名が解説文には引用されているけれど、まあ確かに。映画にとっての音をユニークな形で考えさせてくれる、とにかくユニークな1本。
 
続けて、同じく「シネラマ」会場で、11時45分からドミニカ共和国の『Croma Kid』という作品。こちらも「ブライト・フューチャー」部門で、Pablo Chea監督による長編1作目。

"Croma Kid"

90年代、まだ映像がテープ素材で撮られていた時代のテクノロジーを背景に、自宅で特撮マジック番組を制作していた一家の少年から見た世界を描く物語。いささかストーリーテリングに難があり、それは意図的なのかと考えているうちに終盤は『ア・ゴースト・ストーリー』的な展開も見せて、デジタル全盛期前夜への郷愁と現代的マルチヴァースの融合も試み、まずまずといったところに着地した。ともかくドミニカ共和国の映画を見る機会は多くないので、それだけで貴重。
 
さらに14時15分から、また同じ「シネラマ」会場で、『Babygirl』(扉写真も)というこれもドミニカ共和国の作品。1日に2本連続でドミニカ共和国の作品を見たことがいままであるだろうか?ちょっと記憶に無く、不思議な偶然だ。この作品は「Big Screen Competition」という部門に出品されていて、この部門はインディ系でないメジャー寄りの作品も取り上げるのが主旨で、ここも少しは覗いてみたい。
 
『Babygirl』は80年生のラウラ・アメリア・グズマン監督がパートナーのイスラエル・カルデナス監督と共同で監督している作品。2007年から共同監督で製作しているようで、本作が8本目の長編監督作であるとのこと。
 
超富裕層の白人中年女性が、長年に渡り豪邸に住み込みで働いている先住民女性メイドと信頼関係を結んでいるが、そのメイドが突然姿を消し、数日前にメイドが連れてきた幼い孫娘が豪邸に残される。白人女性主人はメイドの孫娘を大切に扱うものの、その父親という若者が現れ、彼女の生活にさざ波が立つ。折しも世間では巨大な腐敗が報じられており、夫に影響が及ぶかどうも心配の種となる…。

"Babygirl"

商業映画の枠内であろうと思われる端正な作り。しかしいたずらにドラマを煽ることはなく、観客はやがてとんでもない悲劇が訪れるのではないかとの予感に襲われながら、女主人の行動を凝視していくことになる。ドミニカ社会の縮図が描かれ、これはなかなか見応えのある作品だった。
 
上映が終わり、小走りで「キノ」会場に向かい、16時から『Mannviki』というアイスランドの作品へ。Gustav Geir Bollason監督は過去にドキュメンタリーを1作手掛けているようだけれど、フィクションとしては本作が長編1本目であるよう。しかし長編1本目が対象となる「ブライト・フューチャー」部門ではなく、こちらはメインの「タイガー・コンペ」部門での選出。
 
アイスランドの荒涼とした海岸沿いの元工場と思しき廃墟で、数名の男女が作業をしている。しかし、海藻で水を叩いたり、コケを削ぎ落したり、岩を潰して黒い粉を作って壁に塗り付けたり、何をしているのかはさっぱり分からない。黙々と意図不明な作業をするシーンが延々と続く。会話は一切なく、これは純粋な抽象アート作品であることが分かる。

"Mannviki"

やがて、若者たちは自然物や廃材など、その地で得られるマテリアルを用いて現代アートを作っているのであり、かつ環境活動家なのかもしれないとも思わせる。環境アートを作る過程を描くアート映画だと思うと俄然面白くなる。次のショットが楽しみになり、目が離せなくなった。しかし最後のシーンで、現代アートを作っていると思った(僕の)読みは必ずしも正しくないことが分かり、おおー、と唸る…。
 
こういう純アート作品で300人規模の会場が満席になるのは、さすがロッテルダム。無名監督の純アート作が日本の映画祭で(この規模のスクリーンで)満席になることは、絶対に無い。しかし、ロッテルダムの観客は面白くなければ普通に途中退場する。今回もかなりの人数が退場した。客席に監督やスタッフがいようが、構いやしない。
とりあえずは見に来るけれど、普通に退場もするよ、というくらいの軽いスタンスは日本でも見習いたいところだ。まあ、チケット料金にもよるだろうけれど…。
 
ところで、この上映では前から3列目くらいに座っている中年の女性が、堂々とスマホを掲げて画面を撮影していた。僕は10列くらい後ろの席で、バッチリと視界に入り、もう気になってしまい、そして腹も立つ。外国で現地の客に注意するのは勇気がいるものだけど、ここは映画祭の運営側に身を置いていた僕の責務であろうとも思い、通路に近かったこともあって、席を立って女性に声をかけに行った。「スマホやめて下さい。撮影は違法ですよ」と言うと、女性は少し驚いたような顔をして、すぐにスマホをしまってくれた。やれやれ。
 
そういえば、ロッテルダムでは上映前にマナー告知が無い。どの映画祭でも大抵は見ている気がするけれど、ロッテルダムでは流れていない。まさかスクリーン撮影は合法?いや、まさかね。
 
続けて「パテ」劇場に移動し、18時15分から『Alien Food』というイタリアの作品へ。「Harbour(ハーバー)」という部門に出品されている。この部門は、港町(ハーバー)であるロッテルダムの特徴を生かしながら現代映画を支える部門、という主旨であるらしい。いろいろ考えるものだなあ。東京国際映画祭勤務時はあまり部門を増やすことが出来なかったので、羨ましい。
 
Giorgio Cugno監督は2012年に『Vacuum』という作品が世界の映画祭で上映されて、僕は当時チェコのカルロヴィ・ヴァリ映画祭で見ている。『Vacuum』は産後うつに苦しむ女性をテーマにしていたはずで、果たして今作はどうだろうかと思って見てみると、双極性障害と診断されている男性を主人公とする作品だった。

"Alien Food"

処方された薬を飲むことを拒否する男性の魂が知覚する世界を、実験的な手法で映像化する試みの作品、といえばいいだろうか。港関連の部門で「エイリアン・フード」というタイトルから、一瞬でもグルメ映画を想像してしまった自分が恥ずかしい。人間の内面に迫るシリアスなアート映画で、もちろん食事は全く関係無く(タイトルの意味は分からなかったけれど)、絶望的な状況にある主人公が、エイリアンの存在を信じる姪との交流で少しだけ回復していく過程に希望が持てる。しかし決して楽な作品ではないことは間違いない。
 
そして、本日6本目は、これも「パテ」でオランダの『The Breath of Life』という作品。こちらは「タイガー・コンペ」部門。短編やインスタレーションなどのアーティスト活動も手掛けるGuido van der Werve監督による、長編1本目。
 
自転車の事故で瀕死の状態に陥った音楽家が回復していく過程を描くもので、皮肉な歌詞を乗せたクラシック聖歌ミュージカル(?)や、フィルム調のフラッシュバック映像を交えるなど、センス系のスタイリッシュな演出が僕には狙い過ぎに映ってしまい、肌に合わなかった。

"The Breath of Life"

しかし、主演の男性を演じているのが監督であり、そして監督本人の実体験を基にした物語であり、しかもチャプターごとに挿入される絵画が監督の実父によるものであると知ると、俄然印象が変わって来る。それをあらかじめ知ってから見るべきだったか。早急な判断は控えた方がよさそうだ。機会があればもう一度見てみたい。
 
本日は以上。短めの尺の作品が多かったということもあり、今日は6本ハシゴが出来た。6本見られると、映画祭を吸い尽くしている気分になるな。もっとも、食事の誘惑がないというのも大きくて、これが美食で知られるサンセバスチャンだと別の歓びがあったわけで、まあともかく世界の若手の作品に没頭できるロッテルダムはこれまた最高だ。
 
とはいえ、5時起きで朝食のみの6本立ては、なかなかに堪えるのも確か。ホテルに戻り、パンとハムをかじって幸せ。ブログを書いて、早々にダウンしそう。
 
あ、ちなみに、三日目にして、壁からぶら下がったままだったドライヤーが直っていた…。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?