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トロント映画祭2024日記 Day6

10日、火曜日。5時半起床、即パソコン向かってから7時にシャワー、7時半に外へ。今日は日中に20度を超えるらしいとの予報なので、コートは着ないで出かけてみる。大丈夫そう。晴れ! 

8時半からの業務試写(P&I上映)で、カナダのソフィー・ドゥラスプ監督『Shepherds』(扉写真/Copyright Pyramide Distribution)を見るべく、「Scotiabank」シネコンに向かう。到着すると、旧知のカナダ人にばったり会い、何を見るのかと聞かれたので『Shepherds』だと答えると、「今回出ているカナダ映画では一番いいと言われているね」とのこと。おお、これは期待が高まる。

『Shepherds』は、文字通り羊飼いのこと。カナダのケベックでの会社員生活を捨て、羊飼いとなるためにフランスのプロヴァンスにやってきたマティアスという男性の物語。未経験で羊飼いの世界に飛び込んだマティアスが、矛盾や挫折を経験しながら一人前の羊飼いへと成長していく姿が描かれる。劇中のマティアスは日常をメモし、後に出版することを夢に見ているけれど、本作は実際に羊飼いの暮らしについてマティアスという人が書いた本の緩やかな映画化であるらしい。

大画面で見るのに、これほどふさわしい作品があるだろうか?画面を埋め尽くす、羊の群れとアルプスの山稜。圧巻の迫力と美しさ。マティアスが、家畜に虐待的態度で接する農家に出会って幻滅したり、気候変動への意識を喚起されたりしていくのに付き添う形で、観客も現代的な問題に触れていくことになる。とはいえあくまでも中心となるのは、雄大な山に抱かれた生活の素晴らしさであり、動物たちの愛らしさであり、都会を捨てて田舎の仕事を選んだ人物の夢の美しさだ。自然の暮らしは実際には苛酷で、本作は美化をしている部分はあるかもしれないけれど、都会の観客に十分に夢を見させてくれる。

もう、大好物。かつて東京国際映画祭に「Natural TIFF」という、自然と人間の関わりを主題にした映画を集めた部門があって、その選定を行っていた時の幸せを思い出す。あれは実にいい部門だった…。

続いて12時半から、パリを拠点に活動しているというフルール・フォルテュネ監督の長編第1作『The Assessment』。ドレイクやトラヴィス・スコットのMVを手掛けているということで只者ではないのだろうけれど、それでも初の長編とは思えない規模と質を備えた作品で、エリザベス・オルセンとアリシア・ヴィキャンデルが共演する、全くユニークなディストピアSF心理スリラーだ。

"The Assessment" courtesy of TIFF

気候変動で地球が半崩壊した後、生存者たちはシールド内に新世界を作ることに成功し、旧世界から隔離されて静かな生活を送っている。しかし新政府は人口増加を厳格にコントロールしており、子を持てるカップルは厳しい審査(assessment)を通らなければならない。ミアとアーリアンの夫婦は審査に申請し、審査官のヴァージニアがやってくる。かくして、7日間にわたる厳しい審査が始まる。ヴァージニアは夫婦の私生活の全てをチェックする。さらにヴァージアは自ら幼児のようにふるまい、ミアとアーリアンの子育ての資質を試す。そして審査はさらにエスカレートしていく…。

面白い。ディストピア世界のあり方や、夫婦が暮らす家の近未来的な美術(モンドリアン風味も含め)も本格的。そして、ディストピア世界における家族のシミュレーションという発想が突飛で、惹き込まれる。妻のミアは母親との関係にトラウマがあり、奇天烈な形で娘と化すヴァージニアとの関係によって、母娘関係なるものがどんどん捻じれていく様が、スリリングだ。

物語や美術が優れていることに加え、2人の女優の競演が実に見応えがある。エリザベス・オルセンは性格俳優としてのポテンシャルを見せてくれるし、本作のアリシア・ヴィキャンデルには凄みを感じる。フルール・フォルテュネ監督、一体何者なのだろう。恐るべし。

14時45分から、ポーランドのダミアン・コクル監督による『Under The Volcano』。ウクライナ人の家族がカナリア諸島でバカンスを過ごしている最中にロシアの本格侵入が始まり、帰国できなくなる事態を描く。ウクライナ戦争の本格開始から2年以上が経ち、いよいよ多角的に戦争を語る作品が届くようになってきた。

"Under The Volcano" Courtesy of Salaud Morisset

旅行中の家族が、身動きが取れなくなり、故郷が戦火に見舞われている中でトロピカルなリゾートに留まらねばならない状況も、また別の地獄であるに違いない。家族は周囲から孤立し、ストレスが高じて喧嘩が絶えなくなる。なんといっても、観光客であったはずが、一夜にして難民となってしまったのだ。戦争を一切見せることなく、戦争の存在を痛いほど感じさせる。

監督によれば、具体的な実話の映画化ではないものの、類似ケースは多々あり、たくさんのウクライナ人に取材をしたという。映画のリアリズムに貢献しているのは、家族の面々を演じた役者たちだ。おそらくは脚本で縛ることをせず、設定を与えて役者たちを自由に動かせた演出であるように見える。長女役のティーンの少女はキーウから撮影に参加し、トラウマを抱えたままだったという。彼女の表情の揺れをキャメラは繊細に捉え、映画の柱となる。

ダミアン・コクル監督、上手くハマれば脚本に無いシーンもどんどん取り入れて、映画は編集で作り上げるという。演出術にとても興味を覚える存在だ。

中央がダミアン・コクル監督

実に見応えのある作品が続く。16時半になり、空腹に耐えかね、シネコンコンセでホッドドッグを購入。マスタードとケチャップとピクルスとハラペーニョをたっぷり乗せて頂く。手をベトベトにしながら頬張る。ああ美味しい。これは本当に毎日食べてもいいな。それから1時間ほどラウンジでパソコン。

17時45分から、フランスのティボー・エマン監督による『Else』。トロント映画祭名物の、ジャンル映画を集めた「ミッドナイト・マッドネス」部門の作品。上映前に監督が登壇し、これは自伝的ホラー物語です、と監督が作品を紹介する。

"Else"

 ウィルスが流行り、ロックダウンが宣言される。そのウィルスに感染した者は、15分以内に移動しないと、その時に触れていたものと同化してしまう。主人公青年と関係を持った女性は、ウィルスに感染していながらロックダウンを破って青年の家に押し掛ける…。

COVIDの体験を、監督はホラーとして映画化したのだろうと理解できる。ホラーというよりは、モノクロのアーティーなモンスター映画という方が近く、怖さよりも美学が前面に出ている作品。CGIに加えてコマ撮りアニメ的効果も入り、なかなかに凝っている。

この上映は場内がとにかく寒かった!外気温が下がったここ2日間はまだマシだったのだけど、本日は20度を越えたからか、スクリーン内がまたもや異常に寒い。全身に冷風が吹き付け続けている感覚がある。そして異常に寒がっているのは自分だけなような気がして、カナダという国と距離を感じてしまう…。

19時半に上映終わり、朝の8時からこもっていた「Scotiabank」シネコンをついに出て、外へ。知人と合流し、ドラッグストアなどを眺め、ロイヤル・アレクサンドラ劇場へ。

20時45分からイタリアのマウラ・デルペロ監督による『Vermiglio(Mountain Bride)』(Courtesy of Cinedora, Venice Film Festival)。トロントでは「スペシャル・プレゼンテーション」部門。先日閉幕したベネチア映画祭のコンペに出品され、見事、審査員特別賞(2等賞)を受賞している。アルモドバルに次ぐ2等賞ということだ。素晴らしい。

"Vermiglio" Courtesy of Cinedora, Venice Film Festival

 第2次大戦下、北イタリアの山岳地帯の村で、10人ほどの子を持つ家庭が中心となる。父親は学校で教員をしており、村でも一目置かれる存在。母親は子供たちを育て、さらに妊娠している。その村に、脱走兵が助けをもとめてやってくる。村人たちは意見が割れるが、その家庭の少女の1人が脱走兵のひとりに恋をし、ふたりは結婚することになる。しかし、思いもよらぬ事情を脱走兵は抱えていた…、という物語。

ドラマの展開はとてもスローで、山の四季の中、とてもゆっくりと進行していく。ドラマを追わせるのではなく、クラシカルで格調のある映像にどっぷりと浸かることが優先されるアート作品だ。スローなペースと風格を貫き通した作家性を堪能する。

ちょっと書いていて力尽きてきたので、本作については後日加筆しよう。

帰宅して、0時。本日はまだまだ終わらなくて、別件業務で、午前2時から午前5時までマラソンオンライン会議があるのだ。世界のバラバラな場所から参加者がアクセスする会議で、時間を調整した結果、トロントにいる僕は貧乏くじを引いてしまった形になってしまった。これはきつい。午前2時から、自分が建設的な意見が言えるとは思えない。ああ。

さっき寄ったドラッグストアで、シンプルデザインが気に入って購入したポテチを用意し、ミーティングに臨む。

ミーティング始まり、やがて 限界が来たので、午前4時過ぎに先に抜けさせてもらい、4時半にダウン。

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