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トロント映画祭2024日記 Day10

14日、土曜日。6時起床。4時間半熟睡して気分は爽快。日本でもこの睡眠時間で行動できたらいいのになあ。そんな海外マジックも、本日が最終日。

実は、今朝は『Russians At War』というウクライナ戦争のドキュメンタリーのチケットを取っていたのだけど、2日前に上映中止を知らせるメールが届いていた。本作については、ウクライナ侵攻戦争中のロシア兵の人間的な側面が描かれているとのことで、ロシアのプロパガンダだと批判する声が上がっていたらしいことを、知人から聞いていた。1回目の上映時には、「Scotiabank」シネコンの前で抗議運動が起こったらしい。僕は場内にいて全く気付かなかった。

上映中止について、映画祭サイドは「スタッフや観客に危険が及ぶことを避けるため」と発表し、プロパガンダ映画であるかどうかについては言及していない。もちろん、それを認めてしまっては、映画祭のプログラミング能力に疑義が発生してしまうため、苦渋のコメントになってしまったのだと想像する。ともかく、作品を見ることなく議論することは不毛なので、せっかくチケットを取っていたこともあり、やはり残念だ。作品を見て、感想が言いたかった。

ドキュメンタリー映画界では、映像は勝者のものであるという考え方が歴史的に共有されてきた。敗者は語る術を持たず、勝者の記録が歴史に残ってきたという認識だ。では、勝敗がまだ確定していない状況、つまり戦争実行中の映像が届くようになった現代において、戦争映像はいかなる機能を持ちうるかを、本作は考察する機会になり得た。おそらく映画祭が本作を選定した意図もそこにあったのではないか。その前段階で潰されてしまうのは、何とも残念でならない。

さて、上映中止の代わりに別の上映を検討することはせず、空いた午前中を有効活用して、街を少し散策。少しは映画以外も見ないと!
カナダではブランチが文化として定着しているとのことなので、まずはブランチを目指す。

快晴の中、ブランチを目指して出かける
1932年創業!のダイナー

1932年開業で、24時間営業している「The Lakeview」というダイナーでブランチ!映画にもたくさん使われているお店とのことで、『ヘアスプレー』もここらしい。へえー!

フレンチトーストの上にポーチドエッグが載っている朝食プレートと、「Poutine」と呼ばれる、チーズと甘じょっぱいソースが絡んだフライドポテト。カロリー高そうだけど、まあいいさ。どれもとても美味しい。そして、地元の料理は本当に楽しい。店の雰囲気もいいし、いつか夜に再訪したい。

禁断のおいしさ

食事を終えて、公園を通り抜けたりして、映画祭エリアに向かう。とにかく天気が良くて最高。

素敵な店が連なっているクイーンズ・ウェスト通りを歩く。

グラフィティ小道的な観光ストリート?

最高の散歩を終えて、「Scotiabank」シネコンに到着し、12時20分から映画祭の上映へ。ジャンル系の作品を集めるトロント名物「ミッドナイト・マッドネス」部門に出品されている、台湾のジョン・スー監督新作『Dead Talents Society(鬼才之道)

"Dead Talents Society"

心霊スポットを訪れるユーチューバーたちを驚かせる幽霊たちの物語。彼女ら(女性が多い)は人間を驚かせないと幽霊界から消されてしまうため、懸命に腕を競っている。幽霊界ではニュースやバラエティ番組でスター幽霊が頻繁に取り上げられ、世代交代を巡る争いも激しい。そんな中、ドジで地味系な幽霊少女は、消されてしまわないように、脅かし幽霊の資格を得るために奮闘する…。

都市伝説系ホラーの現場で、幽霊たちがいかに裏で奮闘しているのかという発想が素晴らしく、とっても面白い。前半は爆笑、そして後半ではしんみりもさせてくれる。これは逸品エンタメ、日本でもヒットしそう。というかちょっとだけ、これは日本で作られてほしかったなあと嫉妬してしまった!

ヒロインに、新垣結衣にも吉岡里帆にも見えるワン・ジン。とてもかわいくてナイス。共演になぜかマコトという役名のチェン・ボーリン、素敵で笑えて、こちらもナイス。劇場がウケにウケていたのも、嬉しい。

上映終わって急いで移動して、「プリンセス・オブ・ウェールズ」劇場へ。フランスのローラ・ピアニ監督の長編1作目となる『Jane Austen Wrecked My Life』。こちらは、ウィットに富んだ、チャーミングで気持ちのいいロマンティック・コメディ。

"Jane Austen Wrecked My Life"

パリの素敵な英語本書店に勤務するアガタは、自分で小説を書いているが、いつも途中で挫折してしまう。しかし原稿を気に入った同僚男性が勝手にレジデンス・プログラムに応募し、アガタは英国の「ジェーン・オースティン・レジデンス」に滞在して小説の続きを書くことになる。古い友人である同僚男性とは恋に発展しそうだったが、英国のレジデンスでも新たな出会いが待っていた…、という物語。

僕はジェーン・オースティンの世界は映画でしか知らず、きちんと本を読んでいないのだけれど、おそらく要所で引用がされて、ファンの人にはたまらない内容になっているに違いない。とはいえ、オースティンの作品を読んでいなくても、『いつか晴れた日に』や『プライドと偏見』を好きな人なら間違いなく楽しめるはずだし、なんならジェーン・オースティンの名前を知らなくても構わない。

ロマコメのフォーマットに忠実でいるのに陳腐にならないのは、ユーモアが機能していることはもちろん、フランス人による英文学と英国への愛情が滲み出ていることと、このジャンルに必要な「軽み」に意識的だからだ。「軽み」を甘く見ると、ロマコメは簡単に陳腐に堕ちてしまうと、最近思う。

"Jane Austen Wrecked My Life"

気持ちよかったなあ、と劇場を後にして、少し時間が空くので、映画祭のグッズショップでお土産を数点購入する。映画祭の公式プログラムを買おうかどうか散々迷った末、8千円を超えるので止める。いくら記念でも、これは高い。トロントはペーパーレス化が徹底されていて、マーケット登録者にも一切紙資料は渡されない。もちろん公式プログラムももらえないのだけれど、作ってはいるのだなということを、ショップに行ってあらためて知った。それにしても、8千円とはな…。それからTIFF Lightboxのカフェに行き、少しパソコンを叩く。

18時15分から、賞を競うコンペ的「プラットフォーム」部門で、フランス出身のオリヴィエ・サルビル監督による『Victor』。サルビル監督は戦場カメラマンとしてのキャリアを持つドキュメンタリー作家で、『Victor』はウクライナ戦争を特異な角度から捉える作品だった。

"Victor"

ウクライナ北東部のハルキウに母親と暮らす男性のビクトルは、5歳の時に聴力を失い、沈黙の世界で生きてきた。宮本武蔵の本を愛読し、母と『七人の侍』を見て、刀さばきを練習する。ロシアの本格侵攻が始まると、ビクトルも防衛隊入リを志願するが、ろうあであることを理由に叶わない。しかし、国に貢献したい願いが通じ、戦場カメラマンとして前線に同行が許される。ビクトルの目と耳を通じた戦場が描かれていく。

どこまでがドラマで、どこまでがドキュメンタリーなのか、境の区別がほとんどつかない。全編がモノクロで、ビクトルの心象風景はアップを多用したアート的映像で語られ、戦場に出てからは兵士たちの素顔に迫り、兵器が火を噴く様が映される。アートと戦争ドキュが融合し、無音の世界を生きるビクトルの思考も丁寧に映像化されている。アートとしても記録としても、非常な刺激を受ける。

そして21時から、いよいよ初トロントにおける最後の上映(映画祭自体は明日が最終日)。アメリカのデヴィッド・シーゲル&スコット・マッギー監督新作の『The Friend』(扉写真)。 

シーゲル&マッギー監督コンビは、かつて『メイジーの知ったこと』(12)で東京国際映画祭のコンペティションに招待したことがあり、個人的にとても大事な存在なのだ。来日時に、帰国便が天候不順で飛べなくなり、滞在延長を余儀なくされた2人をお好み焼き屋さんに連れて行ったら喜んでくれたのは良き思い出。あれから12年経つなんて!近年は作品に接することができなかったので、トロントで健在ぶりを確認できてとても嬉しい。

『The Friend』は、ニューヨークで文学の教授をしながら作家の卵でもある女性(ナオミ・ワッツ)が、彼女の師匠であり親友でもあった年長の男性(ビル・マーレー)の死去に伴い、彼の犬を引き取る羽目になるものの、自宅マンションはペット禁止のため、飼い主を探すのに苦労する物語。

シーゲル&マッギー監督コンビ作品の真髄は、ハートウォーミングな優しさにあったことを思い出す。犬は人間の最良のともだち、という側面はもちろんたっぷり描かれるけれども、題名の「友人」はより広い意味を含んでいて、人にとって友人とはいかなる存在で、その不在を乗り越えるためにはどうすればいいのかを、丁寧に真摯に考えていく、胸に迫る良作だった。

久しぶりの印象があるナオミ・ワッツが実に素敵な中年になっていて嬉しいのと、やはり犬とのやり取りが絶品の面白さであるのは確か。それでも、友人の死を巡る主人公の動揺と、その克服に向かう心の旅こそが映画の中心になり、明るいニューヨークの街並みが美しいコントラストなって、爽やかな余韻を残してくれる。

映画祭の最後を締めるのに、これほどふさわしい作品は無いな、と心を温めながら、帰路に着く。トロントは、世評に違わず、市民の熱い支持を基盤とする刺激的な場だった!ベネチア作品を押さえつつ、北米作品が豊富で、アートインディ作にも事欠かず、ジャンル系も強いという、映画好きにはたまらないラインアップは確かに世界最強かもしれない。じっくりと訪れることが出来て、本当によかった。

別件仕事を持ち込まざるを得なかったことで睡眠時間がカンヌ出張時よりも短くなってしまったことが誤算だったのと、スクリーンが寒すぎることを除けば(いずれも対策可能)、好天にも恵まれ、カンペキな滞在でした。どうやらエア・カナダのストライキも回避されそうなので、帰国便は予定通りに飛ぶ見込み。

15日の便に乗り。16日に成田着予定。これからパッキングします。連日の長文に日記に付き合って下さり、ありがとうございました!おつかれさまでした!

連日お世話になった「Scotiabank」シネコンの姿で締め!

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