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アムステルダムDoc映画祭2022日記Day11

19日、土曜日。アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(通称IDFA)も残すところ本日を含めてあと2日だ。7時起床で朝食をたくさん頂き、部屋で少しパソコンに向かってから、外へ。

晴れた!しかし冷える!今年体感する一番の寒さだと思ってスマホの天気アプリを見ると、1度。おお、ついに。1週間で12度気温が下がった。快晴で寒いのは最高に気持ちがいい。 

10時から、日本映画について修士論文を執筆中のVさんとお会いする。クロアチア出身のアムステルダム在住で日本語にも(イタリア語にも英語にもオランダ語にも)堪能なVさんに、現在の日本映画の状況についてお話しする。特に彼女が論文のテーマとしている、現在の日本の映画業界における女性のポジションについて、僕なりの見解をお話してみる。少しでもお役に立てたとしたらいいのだけど…。
 
Vさんが連れて行ってくれたカフェが、アートギャラリーや図書室や貸会議室も備えている素敵な建物で、思わず写真を撮らずにいられない。

1時間ほどお話して、Vさんとお別れ。とても優しい雰囲気をまとった素敵な方で、もっとお話ししていたかったくらい。またお会いしましょうと約束し合う。
 
それからお土産を買いに行こうと、フラワー・マーケットに向かう。オランダといえば、なんといってもチューリップだ!
ホテルから歩いて10分くらいのところに、花屋さんが軒を連ねている一角があるので、行ってみる。

しかし、ふと気付いて検索してみると、どうやら日本に植物を持ち込むのは、不可能でないとしても、面倒らしい。んー、チューリップの球根がずらりと眼前に並んでいるのだけど、ダメなのかな。
 
オランダはチーズも有名らしい。確かにチーズ屋さんがずらりと並んでいる。そうだ、お土産はチーズにしよう!とお店に入り、ふと気付いて検索してみると、どうやら日本に乳製品を持ち込むのは、不可能でないとしても、面倒らしい。んー、チーズがずらりと眼前に並んでいるのだけど、ダメなのかな。
 
なんだか規則が細かく変わっているみたいで、よくわからない。結局、種子もチーズも断念。残念だなあ。来年(もう来る気でいる)は、ちゃんと調べてから来よう。
 
1時間ほどお土産探しをしてから、映画館に移動して、13時からの上映へ。
ジャンフランコ・ロージ監督の『Il Viaggio』という作品で、今年のベネチア映画祭に出品されている。IDFAでは「マスターズ」部門での紹介。

Gianfranco Rosi "Il Viaggio"

ローマ教皇フランシスコの、過去9年間に行った諸国来訪の様子を紹介していく内容。南米や日本を含むアジア諸国を訪れ、それぞれの場で熱狂的に迎えられる様子や、貧困地区や刑務所への訪問、カトリック教会の不祥事に対する謝罪、平和に対する思い、宇宙ステーションとの会話、などが、各地に象徴的な映像フッテージの挿入を含みながら、時系列で映し出されていく。クライマックスは、イラク訪問と、現在の戦争へのコメント。
 
苦境における人間への共感を荘厳な映像美の中で描くロージ監督ならではの作品にはなっているものの、やはり教皇への密着は難しかったのか、もう少し突っ込んだ内容を見たかったという思いもよぎる。しかし、むしろローマ教皇に密着する限られた機会と映像から、これだけの効果を産み出す手腕がさすがなのだと、思うに至る。
 
上映が終わり、もう一度、お土産探しにトライ。妥協だなあと思いつつ、お菓子を少し購入。
 
15時45分に上映に戻り、今年『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』が日本でも公開されたマーク・カズンズ監督新作で、『The March on Rome』。IDFAでは「マスターズ」部門で紹介されている。

Mark Cousins "The March on Rome"

1922年にイタリアでムッソリーニが政権を握るきっかけとなった「ローマへの行進」を巡り、その模様を撮影した『A Noi!』という映画作品を読み解きながら、ファシズムとプロパガンダについて考察していく作品。『A Noi!』や、同時代の映画からのフッテージ映像に交じり、アルバ・ロルヴァケルが当時の女性の心情を語る構成を持つ。

『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』をまとめ上げたカズンズ監督のフッテージ編集能力がいかんなく発揮されている。やがて、強圧的体制を持つ現代のいくつかの国家を挙げ、ファシズムはムッソリーニとともに終わったわけではないと、現在の社会に強烈な警鐘を鳴らす。
 
上映終わって17時半。18時から、少し離れた場所にある劇場でのチケットを予約してある。駅まで小走りで急ぎ、地下鉄に乗って、数駅過ぎたところで、ああ、これは絶対に間に合わないと自覚する。諦めよう。
地下鉄を逆方面に乗り直して、先の劇場に戻る。18時半から、観たかったけれども売り切れでチケット予約が出来なかった作品があるので、「空席があれば入れるかもしれない列」に並んでみることにする。
 
見たかったのは、オランダのJos de Putter監督とClara van Gool監督の共同監督作で『A Way to B』という作品。ヨス・デ・プッター監督には深い思い入れを抱いていて、というのも、農夫だった父親の最後の姿に監督がキャメラを向けた『It’s Been a Lovely Day』(93)という作品を心から愛しており、僕のオールタイム・ベスト・ドキュの1本であり、史上最良のセルフ・ドキュメンタリーだと思っているから。その後、監督は日本でも撮影しているはずなのだけれども、残念ながら彼の作品は日本では全くと言っていいほど紹介されていない(1作品だけDVDが出ている様子)。

Jos de Putter "It’s Been a Lovely Day"

10年ほど前のロッテルダム映画祭でプッター監督の新作の上映に行き、その時にロビーで監督と言葉を交す機会に恵まれて、いかに自分が監督の作品のファンで、いつか東京国際映画祭で監督の特集を企画したい、と話しかけたことがある。実際にその後に検討したのだけれど、予算不足で断念したのが辛い思い出だ。
 
さて、IDFAでは、チケット完売でも、空席があれば関係者を入れてくれる仕組みがある。なので、前述のとおりチケットがなかったのだけど、まあひとつやふたつは空席があるだろうと楽観的な気持ちでその列に並んでみる。すると、開場直後に、係員に言葉をかけて場内に入っていく人物がいて、あ、プッター監督だ、と気付いた。ほどなくして出てきた監督は、僕の方をチラっと見てから、知人たちと合流する。
 
すると、なんと、列に並んでいる僕の方に戻ってきて、「君、東京の人だよね?」と話しかけてきた。「余分に持っているから、どうぞ見て下さい」と、チケットを渡してくれた!なんということだ!10年くらい前に10分くらい話しただけの僕を覚えているなんて!全身が震える思いがした…。
 
そして新作の『A Way to B』が傑作だった。バルセロナを拠点とする身体障害者が中心のダンスカンパニーの活動を追う内容。個々のダンサーのパーソナル・ストーリーがふんだんにフィーチャーされ、そして肉体の欠損が肉体の実存を強調するかのように、不自由がアートに昇華された新しい形のパフォーマンスに触れる感動が得られる。ただ、監督が上映後に話したように「純粋にパフォーマンス・アートとして感動を受けるのか、ハンディキャップを持つパフォーマーによるものだから感動するのか、そこに一線を引くのは難しい。そのグレーゾーンが存在することは意識的だった」という点が重要で、非常にバランスが取れている。

Jos de Putter & Clara van Gool "A Way to B"

ドキュメンタリーのパートに、日常の中で彼らがダンスを始める場面がスムーズに繋がっていく。つまり、ダンスを始めるように監督たちが誘導する演出が加わっているはず。しかしその切れ目は全く見えることはなく、流れのスムーズさが際立ち、その結果もたらされるアートとリアルの融合が美しい。やはりプッター監督は熟練にして洗練の作家だ。ヨス・デ・プッター監督を日本で特集することを、僕は死ぬまでの目標にしよう。そう決意した。
 
地下鉄を引き返して本当によかった。まだ映画の神さまは味方をしてくれているようだ。心底感動しながら、急いで劇場内を移動して、20時半の上映へ。
 
今年のカルロヴィ・ヴァリ映画祭(チェコ)の受賞作で、チェコのふたりの共同監督による『Art Talent Show』という作品(扉写真も)。プラハの美大の数日間に渡る受験の模様が描かれ、これまた滅法面白い。

Adéla Komrzý, Tomas Bojar "Art Talent Show"

個性的な受験生たちに、彼らに輪をかけて個性的な教授陣。様々な課題に対する受験生の感度の高い取り組み方の様子に加え、面接という名を借りた受験生と教授たちが交わす美術論が実に見応えがある。抽象的な自作を前に、「自分を素直に表現するだけです」と語る若い男女たちに対して、「それに他人がどうして興味を持つと思えるのか?」と根源的な質問を教授たちは投げかけて行く。そしてそのやり取りが、堅苦しい形でなく、あくまでもカジュアルな会話の形で進行していくのが自由な美大ならではで、観客としては受験生も教授もみんな好きになってしまう。
 
まったくもって、実に見応えのある作品が続く。ホテルに戻って23時。急いでブログを書き始めたものの、プッター監督との奇跡の再会があったからか、力が入ってしまい、2時間過ぎても書き終わらない…。1時半には寝たい…。
ああ、ついに明日は最終日。寂しいけれども、最後の一滴まで堪能するつもり!

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