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ロッテルダム映画祭2023日記Day4

28日、土曜日。7時半起床、外のカフェで8時半に朝食、ホテルに戻り、9時にまた外へ。曇りだけど、うっすらと晴れ間も見える。

今朝の1本目は10時からで、『Like Sheep Among Wolves』というイタリアの作品。「Habour/ハーバー」部門。テレビドラマ演出のキャリアを持つLyda Paticucci監督による劇場用長編第1作で、イザベラ・ラゴネーゼを主演に迎えたクライム・スリラー。
 
ラゴネーゼ扮する女性刑事が強盗組織内で潜伏捜査を行っており、大きなヤマを告発しようと準備を進めていると、犯罪者集団に実の弟がいることを知る。幼い娘がいる弟は更生を目指してはいるが、最後に金を必要としている。姉弟は宗教家の父に抑圧されて育った過去を持ち、姉は刑事、弟は犯罪者となっていたのだった…。
 
標準的ではあるけれど、まずは引き締まったスリラーであると言っていいかな。女性の監督による、宗教の威を借りた家父長制の批判でもあり、なるほど「Habour」部門とは、「幅広く現代的な主題を受け入れる港(ハーバー)」としての部門なのだなということが分かってきた。面白い。
 
12時から、ジョージア映画で『Drawing Lots』(扉写真も)。「ビッグ・スクリーン・コンペティション」部門の1本で、ザザ・ハルヴァシ監督とタムタ・ハルヴァシ監督による共同監督作。
ザザ・ハルヴァシ監督は、並み外れて美しい作品だった『聖なる泉の少女』を2017年の東京国際映画祭にワールドプレミアで出品してくれた監督で、残念ながら2020年に亡くなってしまった。映画祭への来日時、わずかながらも交流出来たことが今では本当に大切な思い出だ。
 
本作は、(想像だけれども)ザザ監督が撮影し、娘のタムタさんが仕上げたのだろう。都会の片隅にある集合住宅地を舞台にした群像劇で、日本的に分かりやすく言えば、長屋人情劇だ。
屋上でエレキを奏でる青年、年上の隣人女性に恋する少年、金持ち夫婦の娘と運転手の意外なロマンス、刑務所帰りの怪しい男、犯罪の結果の財産を受け継いだと思しき女性、バイオリン弾きの中年男性、などなど。

"Drawing Lots"

細かいエピソードが丁寧に紡がれ、ペーソスとユーモアがほんのり漂い、そしてもちろん音楽が溢れていて、ジョージア映画の粋が詰まった作品だ。もうすぐ東京でイオセリアーニ監督特集が始まることを改めて想起する。『Drawing Lots』にも確実にイオセリアーニに連なる、ジョージア映画の神髄が継がれている。ザザ監督の逝去は本当に無念だけれども、タムタ監督が継いでくれると信じたい。
 
14時から『The Reservoir』、ブラジル映画で「ブライト・フューチャー」部門。Diego Hoefel監督の長編1作目。
 
亡き母が遺した土地について調べるべくブエノスアイレスから辺境地にやってきた男性が、父親違いの兄を見つけ、貯水池の底に沈んだ母の故郷の町を偲びながら、兄の娘に家族の厄介さを語りつつしみじみとした時間を過ごしていく物語。

"The Reservoir"

なんということもない小品なのだれけど、じわりと染みるように優れた佳作。さりげない描写のさりげない演出が上手い。こういう作品を丁寧に拾っていくことが映画祭の使命であろうし、映画祭を訪れる甲斐にも繋がっていく…。
 
続いて17時からは、『New Strains』というアメリカ映画で、「タイガー・コンペティション」部門参加作。Artemis Shaw監督(女性)とPrashanth Kamalakauthan監督(男性)の共同監督作。長編1作目であるよう。
 
ロックダウン下のニューヨークを舞台に、マンションの一室で過ごす男女のカップルの様子をモキュメンタリー的なスタイルで描く、ロマコメの一種と呼んでもいいかもしれない。

"New Strains"

ふたりの監督が主演の男女を演じており、制限された状況を最大限に生かしてフィクションを作っているという意味で、ロックダウン映画としては白眉の面白さだ(劇中の伝染病もコロナではなく、より得体の知れない新種=New Strains)。VHS的なビデオ映像で撮られており、どこかタイムレスな印象を与える効果を挙げていて、ビデオ・アートとしての側面もある。
「タイガー・コンペティション」、バラエティ豊かで実に面白い。
 
上映終わり、会場を移動していると、旧知のインドネシアの女性プロデューサーに遭遇し、久しぶりの再会を喜び合う。なんでも、彼女はちょうど僕とコンタクトを取ろうと思っていたらしい。今度改めてゆっくり話をしようと約束し合って、しばしのお別れ。
 
そして19時に、日本で映画会社を経営する長年の友人の女性と合流し、カジュアルなイタリアンで夕食と共にする。普通のボロネーゼ・スパゲッティとはいえ、3日振りの夕食が染みるように美味しい…。
 
積もる話を泣く泣く1時間で切り上げて、20時半に上映に戻り、「タイガー・コンペティション」部門でスリランカの『Sand (原題Munnel)』という作品。Visakesa Chandrasekaram監督の3本目の長編作品とのこと。
 
弁護士でもある監督が上映前に登壇し、テロ防止法を根拠に逮捕され、捏造された証拠によって40年の罪を着せられ、獄中死してしまった男性と、同様の理由で現在も服役中の別の男性の存在が報告され、スリランカの状況を知ってほしいと訴える。アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭の時にも書いたように、オランダの映画祭は抑圧下にある映画人が声を挙げる機会を十分に与える。満席の劇場に緊張が走るのが感じられる。
 
内戦後の近過去を舞台に、裁判で係争中の元タミール兵士が行方不明の恋人を探そうとする物語を軸とし、そしてかの地に流れる緊張が詩的で静かな映像で綴られていく作品。多くを語らないがゆえに雄弁となる作品の典型だ。

"Sand"

厳粛な気分を抱え、ホテルに戻り23時。明日からの中盤戦に備え、早めに就寝予定。


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