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アムステルダムDoc映画祭2022日記Day1

アムステルダムの国際ドキュメンタリー映画祭(International Documentary Film Festival Amsterdam=通称「IDFA」)は、世界で最も重要なドキュ映画祭のひとつとされていて、憧れの映画祭でありました。僕は東京国際映画祭に勤務していた約20年間、夏から秋にかけての映画祭に出かけることが出来なかったので、フリーになった今、かねてからの夢をいくつか叶えるべく、9月はサンセバスチャンに行ったり、10月は釜山に行ったり、あらためて世界の映画祭を訪ねているところです。
 
で、11月はIDFAに行きたいなあとぼんやり考えていたら、光栄にも招待を頂くことになり、いそいそと出かけることにしました。なんと審査員での招待で、責任も重大なので緊張します。きっかけは、3月に実施したウクライナ映画人支援特別上映会で、その時に「危機下にある映画人を支援する国際団体」の事務局のオルワ・ニラビアさんという男性とご縁が出来、そのオルワさんがIDFAのディレクターを務めているということから、今回の招待に至ったというのが経緯です。ますます責任の重さを感じてしまいます。
 
審査員が公表されると、日本の配給会社の知り合いの方から「すごいですね、IDFAで日本人の審査員は初めてではないですか?」とのメールを頂き、えっ?そうなの?(真偽は分からず)とこれまたプレッシャーが増していく…。とはいえ、アムステルダムの町も初めてだし(ロッテルダムには何度も行っているけれど)、なるべく満喫しようと思っている次第です。
 
せっかくなので、10月下旬から2週間ほどパリに滞在し、パリ在住の日本の映画人の方々と会食をしたり、カンヌの関係者と少しお茶したりして情報交換しつつ、基本的には映画館に入り浸って映画ばかり見ていました。ゆっくりと考え事をしようと思っていたのだけど、結局映画ばかり見てしまってダメでした…。
 
ということで、11月9日にアムスへ移動。日記ブログを書いてみます。審査員試写で見た作品の感想は書けないのでそこは簡単な紹介に留めつつも、審査対象作品以外にもたくさん見るつもりでいるし、ともかく映画祭で見聞きしたことを記録できたらと思っています。
 
<11月9日>
11月9日、水曜日。パリの北駅から12時25分に出る列車に乗り、アムステルダムへ。欧州の列車移動は10年振り以上かもしれない。いまや列車もネットで乗車券買って、車内でスマホ内のeチケットのQRコード見せるだけなので、らくちんだ。まったく、なんという時代になったことか。それでも、すべてスマホに頼りきりなのは少し怖いけど。
 
車内でパソコンを開いてこの日記を書き始め、サンドイッチを齧る。日本の新幹線なら駅弁にワクワクするところだけど、こっちではそれが無いのが残念。
 
すぐにパソコンは閉じて、あとは田口俊樹氏による新訳が見事なレイモンド・チャンドラー「長い別れ」(創元推理文庫)を読み終える。30年振りに読んだけど、これほど面白かったのかと驚いた。とりたてて現代的な言葉遣いを用いているわけではないのに、見事に現代の物語としてフィリップ・マーロウが蘇っていることに痺れる。
しかしサンセバで見たばかりのニール・ジョーダン新作『Marlow』に主演したリアム・ニーソンが浮かんでしまって困った。「長い別れ」のマーロウはもっとずっと若い。やっぱりエリオット・グールドこそが近いのだけど、今だったら誰だろう。大柄でタフでクールな台詞が似合う若手…、んー、浮かばない。ライアン・ゴスリングはタフでクールだけど、マーロウではないよなあ…。
 
列車はパリから北部に向かい、重い曇り空が広がる土地を突き進み、予定通り、15時45分にアムステルダム中央駅に到着。同じ列車に乗っていたらしい二人の方と迎えの車に乗り、みんなスーツケースが大きいのでぎゅうぎゅう詰めになりながら15分ほどでホテルに到着。初めて見るアムステルダムの街並みはイメージ通り、とてもキュートで素敵だ。いささか殺風景なロッテルダムとはかなり違う。
 
チェックインして、散々迷った末にスーツにネクタイを締めて、17時半にロビーへ。オープニングのドレスコードがイマイチ分からなくて、さすがにタキシードは持参しなかったけれど、万一のために持ってきたスーツをせっかくだからと着ていくことにする。ただ、足元は黒いスニーカーにして、ちょっとだけドレスダウンも演出。ハハ。革靴が重いので持ってくるのが嫌だっただけなのだけど。
 
さて、ホテルから川沿いを10分ほど歩くと、1887年に建立されたとても美しい「カレ」という王立劇場が見えてきて、そこが映画祭のオープニング会場。ゲストはまず上階のスペースに案内され、そこでレセプションがあった。審査員メンバーと挨拶したり、オルワさんに感謝を述べたりしながら、和やかな雰囲気でスタート。100人くらいのパーティーで、見渡してみるとネクタイ締めているのは僕だけだ。ああ、マジメな日本人になってしまった…。まあ、周りがちゃんとしていて自分だけTシャツという状況よりはマシか…。
 
僕が担当する「インターナショナル・コンペティション」部門の審査員メンバーは、フィンランドのピルヨ・ホンカサロ監督(本日はまだ不在で明日到着とのこと)、ロッテルダム映画祭の新ディレクターであるヴァーニャ・カルジェルチッチさん、エジプトのユースリ・ナスラッラー監督、香港出身で現在はパリ在住のエリック・ロメール作品の編集も手掛けていたことで知られるマリー・ステファン監督、と僕。ちょっとすごい面々で、もうこれは光栄の至りだ。
 
20時になり、階下の劇場へ。歴史を感じさせる壮麗な劇場だ。1,500席が満席。IDFAは10日間で300本の作品が上映され、出品国は80か国を上回るというとてつもない規模で、賞を競う部門も10以上あるらしい。審査員の数も相当な数に上るはず。おそらく全期間滞在しても、全体像はつかめないのではないだろうか?

まずはディレクターのオルワさんが挨拶で登壇し、厳しい状況に置かれている現在の世界情勢の中で映画が果たしうる役割について、優しい言葉で語ってくれる。映画は世界を変えないかもしれないけれど、ひとりひとりが考え、世界に向き合うきっかけを与えてくれるに違いない、と。そして、たくさんの国から作品が出品されているけれど、母国の政治事情で来場できないフィルムメイカーも多数存在する。自分の作品の発表に立ち会うことが許されない監督たちのことに思いを馳せたい、との言葉に、否が応でも厳粛な気持ちにさせられる…。
 
オルワさんの開会の挨拶に続き、ドキュメンタリー映画の始祖のひとり、ヨリス・イヴェンス監督が1929年にアムステルダムの町を撮影した『雨』が、美しいデジタル修復版によって大スクリーンで上映される。ああ、ドキュメンタリー映画祭の開幕にヨリス・イヴェンスが見られるなんて、なんと正しい演出なのだろうと、うっとりする。

Joris Ivens "Rain"

 約15分の『雨』の上映の後、オランダの若手ドキュメンタリー監督に毎年授与される特別表彰が行われ、続いてオープニング作品の上映。イラン出身のオランダ人、ニキ・パディダル監督による『All You See』。
 
様々な事情で母国を離れ、オランダに暮らす(幼い少女を含む)4人の若い女性にインタビューを行い、異国に馴染むことの困難さを、繊細で大胆なビジュアルや演出を駆使しながら語っていく詩的で意欲的な作品だ。監督自身の一家が戦時のイランを逃れてきた過去があり、彼女の無念や悔しさも随所に滲み出る。ソマリア出身の女性は、20年間オランダに住んでいるにも関わらず、アフリカ出身である彼女を見る目が全く変わらない状況を笑い飛ばしながら、しかしやがては深刻な状況を吐露するに至る。まさにオープニングにふさわしい。

Niki Padidar "All You See"

上映が終わり、万雷の拍手の中、登壇したニキ・パディダル監督は、スクリーンにひとりの少女のスライド写真を映し出した。映画には登場しない人物だ。そして、芸術を愛するこの明るい笑顔の16歳の少女が、イランで勃興しつつある改革の運動に賛同し、人権集会に参加したところ、逮捕されて拷問死したことを、監督が告げる。「これは決してイラン文化に根差したことではなく、数十年来続く現在の政治体制が産んでいる状況であり、少しでも多くの人がこのことを知り、機会があるなら書いてほしい」と監督は訴えた。なので、もちろん書く。
 
映画祭の華やかな雰囲気と、厳粛なメッセージが混じり合い、素晴らしいオープニングだった。
ふうー、と息を深く吐きながら、外へ出る。さほどは寒くない。ホテルに戻り、ブログを書いて、1時までには就寝できそうだ。明日から本番!

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