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フランス映画祭2021 作品紹介を少し

11月11日からフランス映画祭が始まります。東京国際映画祭が終わった週の開幕ということで、観客としてはなかなか大変ですが、勢いに乗って映画祭をハシゴするというのもオツなものです。特にTIFFとフィルメックスをハシゴできないスケジュールになった昨今、次はフランス映画祭に向かってみるのはいかがでしょう?

が、いまから作品を研究する気力がない!という方のために、僕が既に見ていて、おすすめしたい作品を紹介してみようと思います。まだ日本の配給がついていない(つまり劇場公開が未定)作品を中心に書いてみます。チケットはまだ入手可能のようですので、ご参考になれば!(僕は一部企画でMCをやりますが運営にはタッチしていないので、宣伝ではないです、念のため)。

『約束』
相変わらずハイペースで仕事をしている大女優、イザベル・ユペールの主演作。というだけで見て損はないわけで、ユペールを見るだけで幸せな1本です。今作では、パリ郊外にある市の市長に扮しています。

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市長は2期目の任期の終了に差し掛かっていて、3期目は出馬しないと明言している。そこに、国務大臣のポストが用意されるかもしれないという動きがあり、彼女の周辺がざわついてくる…。
政治ドラマとくくっていいのかもしれないけれど、ガチで硬派ということはなく、市長の心の揺れが丁寧に描かれる人間味溢れるドラマでもあります。低所得者層向け団地の救済法案を巡り、サスペンスフルな展開もたっぷりで、カタルシスも用意されています。
そして、ユペール市長の右腕を演じるのがレタ・カデブ。強面からモテ男まで演じる達者なレタ・カデブですが、今回も実にいい。頭の回転が速く、弁が立つ。ユペールとカデブの軽妙なやり取りが本作の最大の見どころでしょう。

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さらに、現在のパリが抱える問題を描かずに政治も描けまい、ということで、団地が象徴するフランスの「分断」も大きな主題のひとつであることは強調しておくべきでしょう。

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『分裂』
さて、その分断そのものがタイトルになったのが、この『分裂』です。トランプ政権下のアメリカで頻繁に使われるようになった感がある「分断」という言葉ですが、社会の中で経済格差や価値観の違いが痛みを伴う形で顕在化している状況、でしょうか。フランスでも移民の問題や労働者の不満の高まりから社会の「分断」が指摘されますが、映画『分裂』は見事にこの難しい状況をスリリングなドラマの中に凝縮することに成功しています。

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労働者デモが過激化してしまい、参加していた男が負傷して病院に担ぎ込まれる。大混乱に巻き込まれた救急病棟で、様々な人間模様が展開していく…。
カトリーヌ・コルシニ監督はもともと堅実なストーリーテリングに定評のある人ですが、ここでも複数のエピソードを巧みに混じり合わせて、とても上手い。コミカルな場面も多く、政治的な論争、愛を巡るいざこざ、デモ隊と警察の暴力的衝突、過剰勤務のナースなど、様々な状況が一気呵成に描かれる演出力は実に見事です。
主要な登場人物となる、漫画家と編集者の女性カップルを演じたヴァレリア・ブルーニ・テデスキとマリーナ・フォイスはともに必見。彼女らと労働者(ピオ・マルマイ)との関係の推移が絶妙です。カンヌ映画祭のコンペに出品されています。

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『ウイストルアム - 二つの世界の狭間で - 』
これも、ある種の分断を描いた作品に分類できるかもしれません。不安定な労働者階層のリアルに迫ろうとするドラマです。
フランスのドーバー海峡に近い「ウイストルアム」という田舎町に、流れ者のように女が到着する。職安で清掃業を紹介され、何とか職を得る。きつい肉体労働に耐えながら、やがて仲間も出来てくる。しかし彼女はあまり自分のことを話さない。彼女はどこから来たのか…?

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理不尽な雇用状況に直面しながら、かつかつの生活を強いられる女性たち。彼女たちの生き様を通じて、現代社会が直面する状況を垣間見て行こうという作品です。
見どころは、なんといっても主演のジュリエット・ビノシュ。汚れ役、と言っていいのではないかな。もちろん、長いキャリアを誇るビノシュに汚れ役が珍しいわけではないですが、清掃員としてまさに地を這い、寝起きで疲れ切った顔を晒す姿は、異様な迫力を伴います。影のある人物としての暗さを強調する一方で、人との交流がもたらす歓びに素直に感動する様には説得力が溢れ、やっぱり達者だなあと唸らされます。
サンセバスチャン映画祭の欧州映画部門で観客賞を受賞しています。

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ユペール、テデスキ、ビノシュ。超一級の有力な俳優を配して、社会問題や政治状況を正面から扱いながらも、ウィットを効かせた巧みなドラマとして見せていくという点で、『約束』『分裂』『ウイストルアム』は共通していると言えます。この3作を見比べるのは、フランスとフランス映画の最前線を見比べることであり、かなり楽しく刺激的な体験になるはずです。

『セヴェンヌ山脈のアントワネット』
本作は、一転して最高に楽しいコメディー!僕も大好きな作品で、2020年の東京国際映画祭に招待したいと画策したこともあったのですが諸事情により叶わず、今回フランス映画祭に選ばれて嬉しく思っていたのです。
学校教員のアントワネットが、不倫相手の男性が自分との約束を反故にして、家族との旅行に出かけてしまうことを知り、男性家族と同じ旅行ツアーに申し込んでしまう。そのツアーとは、山の中をロバに荷物を積んでトレッキングするというものだった…。
夏の陽光が降り注ぐセヴェンヌ山脈がどこまでも美しく、観客も確実に夏休みに気分に浸れます。そして、アントワネットがロバに翻弄される姿がめちゃくちゃ笑えて、やがてもちろん心も温まっていくというコメディーの王道、鉄板の出来栄えです。

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アントワネットを演じるのは、ロール・カラミー。あたふたする演技がとても上手くてかわいくて、コメディーに最適。大ヒット配信ドラマ「エージェント物語」でも印象的ですが、ヴェネチアで受賞した新作『Full Time』(21)では職探しに必死になる母親を演じてシリアスな役どころも完璧にこなしています。いよいよ旬の俳優と言っていいでしょう。必見で!

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『わたしが欲しいのはあなただけ』
この作品は、ラインアップで一番アート純度が高い作品。邦題は仏題の直訳ですが、英題は『I Want to talk about Duras』。マルガリット・デュラスに関する作品であるということが分かります。とてもユニークな作りです。
ある青年が女性ジャーナリストにインタビューを受ける。彼はマルガリット・デュラスと過ごした日々について、静かに語る。アシスタントとして、友人として、そして愛人として過ごした日々の回想が、秋の陽射しが差し込む部屋で語られる…。

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デュラスより38歳年少の青年はヤン・アンドレアといい、彼はデュラスの最後の恋人として知られている存在です。彼がデュラスについて語るインタビューのテープが発見され、そのやり取りが映画で再現されています。ヤンを演じるスワン・アルローが実に素晴らしい。一人語りが中心ですが、息継ぎの仕方、手や目線の動かし方、タバコを吸うタイミング…。全てが繊細で優雅で神経質で雄弁、本当に見応えのある演技でうっとりします。そして徐々にデュラスとのあまりに激しい関係が暴露されていくにつれ、映画は奥行きを深めていきます。

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監督のクレール・シモンは、数々の優れたドキュメンタリー作品で知られる存在ですが、今回は既存のテキスト(テープ)を元に、再現ドキュメンタリーというような世界を作っています。時折、デュラスや往時の映像を挿入する演出が見られますが、そのタイミングが絶妙で痺れる。非常にミニマルな作りで、大きな商業公開には向かない作品ですが、とても深い余韻を残します。映画好きな人には特におすすめしたいです。
インタビューの聞き手役に、エマニュエル・ドゥヴォス。サポート役に徹するしかない役どころに、これほどの大物が配されていることが、ユニークな映画の枠組みを強固なものにしている気がします。
是非、ご堪能下さい。

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『東洋の魔女』
こちらは配給がついている作品ですが、変わり種なので紹介せずにいられないです。64年の東京オリンピックの女子バレーで金メダルを獲得し、日本のスポーツ史に永遠にその名を刻まれた「東洋の魔女」。そのチーム誕生から、各選手の個性、壮絶な練習、そしてオリンピックに至る過程を振り返っていくドキュメンタリーです。
このような話をどうしてフランス人が監督しているのだ?ということなのですが、やはり作りがとてもユニークで、一般のテレビドキュメンタリーとは一線を画す演出が随所に施されています。

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年は重ねられたもののまだまだ元気な選手たちの現在の姿を紹介する一方で、彼女らから当時の話を聞き、その話に実際の映像を重ねるのはまだ分かるとしても、「アタックNo1」から引用したアニメ映像をふんだんに挿入する構成が面白い。しかも、語られる内容と呼応するシーンがちゃんと「アタックNo1」にあるから驚きです。

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そして、最大の見どころは、オリンピック決勝の日本対ソ連戦の映像です。いままでもニュース映像で抜粋を見たことはありますが(僕は生まれていません)、モノクロの画面でした。それが、昨今の流行の技術の恩恵を受けたか、試合映像が美しくカラー化され、デジタルリマスター版として見ることが出来るのです。これは何とも興奮する体験です。
その他、監督の個性が発揮される箇所がありつつ、ベースに貫かれるのは、東洋の魔女たちに対する深い敬意の念であることが、ひしひしと伝わる好編であります。

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『ヴォイス・オブ・ラブ』
本作がフランス映画祭のオープニング作品です。「セリーヌ・ディオンの人生をもとにしたフィクションです」、とのテロップが最初に出て、劇中のヒロインもアリーヌ・ディユーという名であるけれども、14人兄弟の末っ子であるという生い立ちや、12歳で才能を認められたという事実を始め、ほぼセリーヌ・ディオンの人生に忠実なドラマだと考えていいと思われます。
しかし、本作をスター歌手が艱難辛苦を乗り越えて成功する物語として期待すると、これがちょっと違う。メジャーなプロダクションで作られた商業映画であることに間違いないのだけれども、これはもうヴァレリー・ルメルシエという映画監督の作家性が爆発した作家映画であるというのが僕の感想です。

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コメディーとシリアスの双方で輝く演技派女優として名を成したヴァレリー・ルメルシエは、5本目の監督作品『Marie-Francine』(2017)で既に年齢を超越する役を自ら演じていますが、この『ヴォイス・オブ・ラブ』でも12歳から50歳近くなるまでのヒロインをひとりで演じています。
ティーンのパートの序盤は、おそらくCGで幼く見せていて、これははっきり言って相当に奇妙で、キッチュでさえあるのですが、絶対に監督(=ルメルシエ)は確信犯でしょう。そんなキッチュで倒錯さえしている前半は、思わず唸りながら見入ってしまいます。
後半になるとオーソドックスな路線に乗っていきますが、「ルメルシエ扮するアリーヌつまりセリーヌ」の存在感が過剰でその迫力に圧され、もはやセリーヌ・ディオンに似ているかどうかという次元を軽く超え、ルメルシエのステージパフォーマンスに最終的にはひれ伏すことになっていきます。

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徹頭徹尾ヴァレリー・ルメルシエの映画であり、大胆な省略で時間を進める演出と編集を含め、その才気とエネルギーに感嘆して頂きたい。そんな映画です。

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ということで、他にも上映作品はありますが、未配給作品5本と、配給作品2本の紹介をしてみました。
11月11日~14日までなので、本当に直前のブログのアップになってしまいましたが、ご参考になれば!よい週末をお過ごし下さい!


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