ボスポラス映画祭訪問日記 Day5
<10月27日>
27日、水曜日。7時半起床。今朝もシャワーと山盛り朝食のルーティン。昨日のブログを書き上げてアップして、10時半に外へ。晴れ、薄曇り。昨日より少し気温は高めかな。まずまずの好天が続いている。
目抜き通りを歩いて試写会場の映画館に向かう。審査員仲間でブルガリア人のスヴェトラ監督に昨夜の僕の行動を報告し、彼女はイスタンブールのタクシーが安価と感じていると話す。すると、審査員アテンド担当でトルコ人のジェイランさんが、トルコ・リラの相場が下がり続け、給与水準が全く上がらない中、タクシーが安いとは全く思えない、と会話に介入。少し口調が怒気をはらんでいる。もちろん、スヴェトラ監督に対してではなく、現状に対するフラストレーションが思わず口から漏れてしまったしまったようだ。数日間を一緒に過ごし、気を許す仲になっていくと、つい本音も出るというものだ。フィジカルで出会うことのかけがえの無さを、あらためて痛感する。
本日で試写も終わりだ。とてもさびしい。あっという間だ。永遠に続けばいいのに。
まずは11時から、『Summer Blur』という中国の作品(扉写真と、下の写真)。
ローティーンの少女が、友人の少年の溺死事故や、不誠実な母親の態度などによって徐々に精神的に追い詰められていく経緯を描くドラマ。少女は死んだ少年を偲んで水泳を習いはじめ、そして溺死事故の真相を知る別の少年が少女に付きまとう。内向的な少女が体験する暑い夏の数日間が描かれる。
休憩時間にスターバックスでコーヒーを買い、劇場に戻り、13時半から、「国際長編部門」の10本目、最後の審査対象作品の試写スタート。『Last Days of Spring』というスペインの作品。
マドリッド近郊の低所得者層が暮らす地域を舞台に、再開発のために住居から立ち退きを迫られる家族が直面する困難を描く物語。父親は立ち退きの補償を求める過程で疲弊し、長男の妻は子育てと自らの人生を問い直し、次男は自立の道を模索する。リアリズムを基調にした、ひとつの家族のサバイバル・ドラマ。
『Summer Blur』はベルリン映画祭の「ジェネレーションKプラス」部門に出品されて同部門の作品賞受賞、そして釜山映画祭の「ニューカレント」部門で国際映画批評家連盟賞を受賞している。そして『Last Days of Spring』はサンセバスチャン映画祭で新人監督賞を受賞しているとのこと。なるほどなるほど。
上映が終わり、ランチへ。このあと審査会議があるので、感想はそこまで待っておこうとしたものの、どうしても意見交換が始まるのは止められない。議論対象になるのがどの作品か、ある程度絞りこんでいく。このメンバーであれば、あまり紛糾することはなさそうだ。少しだけ方向性が見えてくる。みんな楽しく前向きに議論しているので気持ちがいい。
僕も気持ちよく議論に参加できる理由のひとつとして、みんな英語が第2外国語であるからだと思ったりする。以前シドニー映画祭で審査員をしたときは、5人の審査員のうち僕を除く4名が英語ネイティブだったので、どうしても議論に置いていかれてしまう瞬間があり、自分の英語力の低さにもどかしさを感じたものだった。今回は、イラン人、ブルガリア人、日本人、アゼルバイジャン人なので、同じ土俵で会話をしている気安さがあり、議論がしやすい。なので雰囲気もいい(もちろん、シドニーの雰囲気も最高だったけど!)。
さて、肝心のランチ、僕はハーブのスープと、ラムのひき肉プレート。ラム肉は大好きなので、もう一皿お代わりしたいくらいだ。ランチは議論が盛り上がったので、味わうのはいささか二の次になってしまたけど、何を食べても美味しい。スープはトロッとしたとろみがいい。塩加減もぴったり。そしてプレートは、お肉のうまみもさることながら、この縦長ライス(そこに何かが和えてあるのだけどそれがなんだか分からない)が合うんだよなあ。
ランチを終えて、ホテルへ。地階に会議室があり、16時を少し回ったところで審査会議がいよいよスタート。ここで、5人目の審査員がzoomで加わる。カンヌ監督週間のプログラマーでスイス人のアンヌさんは、イスタンブールには来られなかったのだけど、作品は全て見ていたようで審査員会議に参加するとのこと。これで総勢5人になった。奇数の方が何かといいので、これは良かった。
審査会議は16時から18時まで約2時間を費やし、意見まとまる。作品賞、監督賞、主演女優、主演俳優、特別賞、の5つ賞を決めた。詳細は後日書くとして、僕は納得の結果。
会議が終わり、部屋に戻って少し休憩。審査員業務とは別の作業として、見た映画の感想をあらためて自分のノートに書き留めておく。そうしないとすぐに忘れてしまうから。忘れてしまうと、その時間が無かったことになってしまう気がするので、映画ばかり見ている僕としてはすぐにノートに書き留めるようにしている。すぐに未記入の作品が溜まってしまうのだけど。
20時から、ディナー。映画祭が用意してくれるレストランに赴いて、審査員メンバーで食事。知り合って数日だけれど、映画に対する本音をぶつけ合うと、お互いの深い部分を理解し合うからか、とても親しくなった気がする。このメンバーでディスカッションするのも終わりかと思うととてもさびしい。たった5日間の滞在で、こんな気持ちになるなんて。本当にいいメンバーだった!
とても賑わっているレストラン。イタリアンとトルコ料理のミックス的な店なのかな。メニューにはトルコ料理に交じって、パスタも多いみたい。頂いたのは、野菜の盛り合わせ前菜の「メゼ」と、トルコ料理だというラムのヨーグルトのパスタ(?)で、下の写真はちょっとパッとしないのだけど、これがかなり美味しかった。カルボナーラ的なのだけど、クリームが確かに独特の風味で、パスタもゴボウのようなコリコリした感触。でもパスタがコリコリするはずはないので、あれは何だったのだろう。
ビールと、かなり度数が高いので気を付けろと注意されるトルコ名物の白濁したお酒(ラク)を頂いて、上機嫌。ヒラル監督が独自の映画監督論を展開して暴走し、周りが笑いながらたしなめるパターンが続く。そして映画談義が始まると、みんな止まるはずがない。食後のおしゃべりで名前が挙がった監督は、溝口、小津、成瀬、新藤兼人、黒澤、キアロスタミ、ベルイマン、アンゲロプロス、ゴダール、市川崑、ブレッソン、イジー・メンツェル、ツァイ・ミンリャン、ウォン・カーワイ、んー、もっといたはずだけど思い出せない…。
スヴェトラさんが(チェコの映画監督の)イジー・メンツェルに師事したことがあるとのことで、印象に残るエピソードを披露してくれた。イジー・メンツェルは母親が主婦で、父親が医者だったそうだが、「母が喜び、父が恥じない映画を作ることを心掛けていた」と話していたそうな。いいなあ。
さらに、イジー・メンツェルが、ある映画祭の審査員でタランティーノと一緒になったときのこと。タランティーノが「あなたの映画はのろくて暗くて退屈で、ヨーロッパ映画はみんなそうだ」と言うので、メンツェルは答えた。「どうしてだか分かるかい?それは、君がビデオショップで育ち、僕が図書館で育ったからだよ」。なんと絶妙な切り返し!!
至福の時間も終わりを迎え、23時にお開き。スヴェトラさんは仕事の都合で土曜日のクロージングまで残れず、明日帰ってしまう。なので、事実上審査員チームはこれにて解散。何事も終わりがあるのだな。またいつかどこかで、必ず。
(左から、ヒラル・バイダロフ監督、僕、スヴェトラ・ツォツォルコヴァ監督、カミヤー・モフセニンさん)
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