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トロント映画祭2024日記 Day4

8日、日曜日。昨夜は1時半就寝、今朝は5時50分起床。熟睡出来て、今朝も快調。パソコン叩いてから8時に外に出ると、快晴!爽やかだ!しかしなかなか寒い。10度ちょいくらい。ジャケットの上に薄めのコートを重ね、最寄り駅に向かう。 

晴れた!

センドアンドリュース駅に着いて、毎朝寄っているスタバに行ってサンドイッチとコーヒーを買う。ちょっとした買い物には現金を使っているのだけど、ここでカナダ政府に不満。どうしてカナダ硬貨には数字が書いていないのだ?コインが、いくらなのかが分からない。結果、会計でまごつきたくないので、全然小銭が減らない。 

本日は9時半から、マイク・リー監督新作『Hard Truth』(扉写真/Credit: TIFF)。ここトロントの「スペシャル・プレゼンテーション」部門がワールド・プレミアで、9月中旬にスタートするスペインのサン・セバスチャン映画祭のコンペ入りも決まっている作品。『ピータールー マンチェスターの悲劇』が2018年だから、6年振りの新作だ。誰もが愛するマイク・リー、今年のトロントではトリビュート賞が授与されるとのこと。

『Hard Truth』は、ロンドンの中産階級の黒人家庭に焦点を当てる。中心になるのは、母親のパンジーで、些細なことで朝から晩までキレまくっている。22歳で無職&無気力な息子にキレ、帰宅時にスリッパに履き替えない夫にキレる。最初は周りが悪いのかと思わせ、しかし徐々にパンジーの怒りが尋常で無いことに観客も気付き、そういえば家も異常に片付いているし、何らかの強迫観念症なのか、とにかく治療が必要なレベルであるように見えてくる。パンジーとその家族の日々のひとコマを、『Hard Truth』は切り取っていく。

もう、さすがマイク・リー。ぐうの音も出ない、見事な97分。『秘密と嘘』(1996)にも出ていたマリアンヌ・ジャン=バティストを主演に迎え、強烈な演技を引き出している。彼女が扮するパンジーは、すさまじい負のエネルギーを発散し、完全に観客を引かせる。しかしそれが映画の力になる。

映画内の黒人に与えられがちな、経済的に困窮した黒人たちというクリシェが避けられるのも特徴のひとつ。ロンドンの経済活動に溶け込んでいる黒人社会という設定が新鮮に映るのは、いまだに映画でクリシェがいかに多いかということだ。パンジーの怒りには被差別を利用しているふしもあり、マイク・リーは市井の人々を描きながら、やすやすと人間存在の深みに到達していく。果たして、パンジーは救われるだろうか。厳しさと優しさのギリギリの際を、マイク・リーは見せる。素晴らしい名人芸。

11時を回ったところで上映終了し、すぐに11時15分から次の上映があるので、同じ建物内の別スクリーンに急いで移動。メキシコのロドリゴ・プリエト監督による『Pedro Paramo』。賞の対象となる「プラットフォーム」部門の作品。監督のロドリゴ・プリエトは、スコセッシ『キラーズ・オブ・フラワー・ムーン』の撮影監督で(ガーウィグ『バービー』やイニャリトゥ『バベル』も)、本作が監督デビュー。
メキシコの重要作家のひとりであるフアン・ルルフォが1955年に発表した小説『ペドロ・パラモ』の映画化で、ちなみに『ペドロ・パラモ』はガルシア=マルケスに多大な影響を与えたとされている。ラテンアメリカ文学史上の重要作だ。

"Pedro Paramo" Netflix

ホアンという青年が母を亡くし、その遺言に従って、面識の無い父のペドロ・パラモに会うべく、コマラという村に向かう。しかしそこはゴーストタウンと化しており、父はとうに亡くなったと聞かされる。それを教えてくれた女性は亡霊であった。死者は生者に語りかけ、時代が交錯しながら父ペドロ・パラモの物語が語られていく。その父は、非道の地主であり、地位のためには手段を選ばない男だった…。

ラテン文学に限らず、時空を超える物語のベースになっているような小説なので、映画を見ても物語展開を追う面白さは、正直さほど感じられない。ただ、ラテンアメリカ文学の重要作であり、(ルルフォは未読だったけれど)のちのガルシア=マルケスのことなどを想起しながら見ると、マジックリアリズムというかファンタジー含みの叙事詩のルーツが垣間見えるようであり、なかなかに興味深い。2時間13分がずっしりと響く。

上映終わり、とてもお腹が空いたので、Lightboxを出て、向いのカフェに入り、コーヒーとハム&チーズサンドイッチを購入。1,400円くらい。サンドイッチは、日本のカフェの方が安価で美味しい。これだったらシネコンのホットドッグの方がいいな。そのままカフェでパソコンを叩き、15時の上映を見るべくTIFF Lightboxに戻る。

「スペシャル・プレゼンテーション」部門で、『The Order』。ベネチアのコンペ作品でもあり、連続強盗実行犯グループとFBIが激突した実話の映画化。実行犯グループは白人至上主義カルト集団で、大量の要人殺害を計画し、勢力を広げようとしていた。そのリーダー役に、タイ・シェルダン。対するFBI捜査官役に、ジュード・ロウ。

"The Order"

監督は『ニトラム/NITRAM』(21)のジャスティン・カーゼル。『ニトラム』も無差別銃乱射事件犯人の実行に至るまでの日々を描いた実話の映画化だったけれど、『ニトラム』を足掛かりにさらにスケールアップしたのが『The Order』という見方も出来るし、ソリッドな実録ものを手掛ける演出家としてカーゼル監督は手堅い手腕を発揮している。

日曜の昼の、TIFF Lightboxの一番大きなスクリーンを使用した一般上映なので、ひょっとして登壇があるのかなと期待したけれど、それは無し。ジュード・ロウはベネチアとトロントのハシゴをしたのかな?

そういえば、トロント時間で昨日の深夜にベネチアの結果が出て、アルモドバルが金獅子を受賞!おそらく受賞の日に僕はトロントで見ることが出来たということで、とても運が良かった(Day3日記)。そして脚本が素晴らしいと思ったウォルター・サレス監督『I’m Still Here』が見事脚本賞受賞というのも嬉しい(Day2日記)。その他のいくつかの受賞作がこれからのトロントで観られる予定なので、楽しみ。

「Scotiabank」シネコンに移動して、ラウンジでパソコンを叩く。別件仕事が溜まっていて、ちょっと焦っているのだ。そして別件仕事で観なければいけない作品が数本残っており、オンラインでさわりを見る。海外映画祭滞在中にパソコンでも映画を見ねばならない状況を作ってしまった自分を責める。睡眠時間4時間なのに時間が足りないという効率の悪い自分の仕事の仕方も、責める。

18時45分から、ベルギーのレオナルド・ヴァン・ディジュル監督による『Julie Keeps Quiet』。トロントでは「センターピース」部門に出品されている本作は、5月のカンヌの「批評家週間」でプレミアされていて、僕はカンヌで観たい作品の上位に入れながら逃してしまい、悔しい思いをしていた作品だ。こうやってトロントでキャッチアップできるのがありがたい。
ヴァン・ディジュル監督は、2020年の短編『Stephanie』で、11歳の体操選手にかかるストレスと虐待が紙一重である状態をシャープな映像で切り取り、センスを発揮している(YouTubeで鑑賞可能)。初長編となる『Julie Keeps Quiet』では、テニス界におけるハラスメントを扱うということで、とても興味を抱いていたのだ。

"Julie Keeps Quiet" Copyright DE WERELDVREDE

高校生のジュリーはジュニアテニスの有望選手だが、所属クラブの男性コーチが停職処分になり、動揺する。クラブOGの有力選手が自殺した件が影響しているらしい。現役の所属選手に対してヒアリングが行われるが、そのコーチから密な指導を受けていたジュリーは証言を拒む。やがて国の有力指定選手選考会が始まる…。

やはり期待を上回る出来だった。短編作品がシャープな映像センスで魅せたのに対し、本作は粗目の画質でアップを多用し、短編と異なるリアリズムで主人公の心理に迫る。監督の演出の幅に感心する。さらに、ドラマで引っ張るのではなくて、ジュリーの感情の揺らぎを捉えることを優先している。ジュリーの姿のスケッチを細かく繋ぎ、ドラマは後からついてくる、という語り口がいい。

アスリートとハラスメントという主題を2作続けて手掛けたヴァン・ディシュル監督は何よりも独自の語り口を持った映画作家であり、次作以降が本当に楽しみになる存在だ。やはり追いかけてよかった!

続いて21時30分から、アメリカのスコット・ベック&ブライアン・ウッズ監督による『Heretic』。「スペシャル・プレゼンテーション」部門で、トロントがワールド・プレミア。会場は「VISA Princess of Wales」という劇場。ここも映画祭エリアの中にあり、とてもアクセスしやすい。

Princess of Wales 劇場

『Heretic』は、キリスト教の新派の若い2人の女性宣教師が、布教に訪れた屋敷から出られなくなるという王道スリラー。最初は愛想が良いが、やがて悪魔的存在に変わっていく屋敷の主人に扮するのが、ヒュー・グラント。『クワイエット・プレイス』(18)の脚本で知らるスコット・ベック&ブライアン・ウッズ監督コンビが、工夫を凝らした世界を見せてくれる。

"Heretic" A24

上映前に監督たちが登壇して挨拶。そしてヒュー・グラントを呼び込む。トロント4日目にして、ついにスター俳優の登壇に立ち会った!もっとも、僕に割り当てられた2階席(関係者試写は自由席で、一般上映は席指定できない指定席)は舞台から遠くて全く見えないけれど。雰囲気を味わえるだけで嬉しい。

左端にヒュー・グラント。僕の旧式iphoneでは全く写らん。

作品はエンタメスリラー。若い2人の女性俳優も個性があって素敵で、そしてヒュー・グラント節がたっぷり味わえる。いや、それは嬉しいのだけれど、いさかかたっぷり過ぎてトゥー・マッチなのと、ヒュー・グラントは昔のイメージが強すぎるというか、悪役に転じる時に狂気が足りない。そこが少し残念。あとは、宗教問答が長く続き、少し聴き取りに疲れてしまったということも白状しないといけないかな。

華やかな雰囲気に触れて気分も上々、帰路へ。今夜は冷え込むかと思いきや、昨夜ほどではない。まだ一気に秋が深まることはないみたいだ。0時15分に帰宅し、1時15分にダウン。

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