ロッテルダム映画祭2023日記Day5
29日、日曜日。7時起床。表通りに面しているの部屋の窓から外を見ると、人っ子一人いない。とても静かな日曜の朝。
本日の上映は9時半から、『Voyage en Italie』というフランス映画。「ビッグ・スクリーン・コンペティション」部門の出品作で、良質なコメディドラマ作りに定評のあるソフィー・ルトルヌール監督新作。
そういえば、ここで訂正。先日のブログで「ブライト・フューチャー」部門もコンペ部門だと書いてしまったけれど、同部門に賞はなく、非コンペ部門だった。お詫びして訂正します。賞があるのは、メインの「タイガー・コンペティション」と、「ビッグ・スクリーン・コンペティション」のふたつ。
さて、『Voyage en Italie』、「イタリア旅行」というタイトルから想像できる通り、ロッセリーニの『イタリア旅行』に軽やかなオマージュを捧げるかのように、男女の中年カップルが数日間のバカンスをイタリアのシチリア島で過ごす様子が描かれる。
バカンス先をイタリアにするかスペインにするかで数日揉めたのち、ようやく訪れたシチリアでも、幼い息子を預けた親が心配だったり、ホテルが気に入らなかったり、次の予定を決めあぐねたりして、あまり旅行に集中できず、なかなか日常のストレスから脱却できない現代のカップルのリアルが描かれて、とても面白い。
観光映画の側面はほとんど無くて、ふたりの会話が中心となり、会話を通じたリレーションシップについての考察という点では、ロッセリーニに加えてベルイマンも連想する。とはいえ深刻さはほとんど無く、基本的には仲睦まじい男女の親密さがポジティブに描かれる、フィールグッドな作品だ。
パリに戻った終盤、この体験を映画のシナリオに起こすべく、ふたりが旅行での出来事をベッドの中で口述録音するという場面に繋がり、映画作りについての映画でもあったという楽しいオチが付く。
上映が終わり、 楽しい気持ちを抱えながら、メイン会場の「デ・ドーレン」に向かう。マーケット機能が「デ・ドーレン」に集約されていて、そして上映スクリーンもいくつか入っている。土日ということもあるからか、ロビー階は人でごった返している。
そこでたまたまロッテルダムのディレクターのヴァーニャさんに遭遇できたので、タイガー・コンペがバラエティに富んで実に面白い、と報告すると、とても嬉しそうな顔をして喜んでくれる。
「デ・ドーレン」会場で12時15分から観たのは、「タイガー・コンペティション」部門作で、『100 Seasons』というスウェーデンの作品(扉写真も)。Giovannni Bucchieri監督の長編1作目。
かつてバレエダンサーだった中年男性が、若かりし日々に愛し合っていた同じくダンサーの女性との幸せな日々を撮影したビデオを終始眺めている。ふたりはとうの昔に別れていて、女は演劇人として成功しているが、男は精神を病み、落ちぶれている。題名の「100の季節」とは、25年を意味するのだろうと分かり、映画は25年前のビデオ映像の中のふたりと、現在のふたりの姿を並行して見せていく。
ここで驚くべきは、25年前の映像に映る男女が、現在のふたりの若い頃である(同じ人物である)ことに間違いがないことで(絶対にCGではない)、いったいこの作品はどういう成り立ちなのだろうと惹き込まれる。やがて、男を演じているのが監督自身であり、これは監督のセルフ・ポートレートなのだろうということが分かってくる。
通常のフィクションドラマのルックなので、このギャップによる刺激は強烈だ。セルフ・ドキュメンタリーではなく、フィクションの形を取った自演のセルフ・ポートレート。それだけで貴重であるのだけど、感情の深いところを揺さぶられる作品であり、絶望的にセンチメンタルで陶酔的にノスタルジックであり、痛切にロマンティックな作品だ。深く感動した。
監督と相手役の女性が実際に現在どういう関係であるのかは分からないけれど、かつて深く愛し合っていた相手を25年後に出演させているわけで(そしてその女優が極めて魅力的)、一生に一度しか作れない奇跡の映画ではないか…。
続いて14時半から、『Sri Asih』というインドネシアの作品へ。こちらは「Limelight/ライムライト」という部門で上映されていて、この部門は前年の各地の映画祭で話題になった作品や、各国での話題作を集めている部門のよう。日本からは原恵一監督の『かがみの孤城』がこの部門に入っている。今年は湯浅政明監督特集も組まれているので、いまのロッテルダムはジャパニーズ・アニメーションに関心が深いのかもしれない。あとは押井守監督『血ぃともだち』もこの部門に選出されている。
さて、『Sri Asih』は、インドネシアの女性のスーパーヒーローもので、見る機会の少ないインドネシアの商業大作が見られるのはありがたい。
ただ、次の上映が迫っていることもあり、半ばまで見届けて、後半に退場せざるを得なかったのが残念。
というのも、次に見る予定にしている「タイガー・コンペティション」部門作品の上映時間が変更になり、当初17時だったのが、16時半に繰り上がってしまった。『Sri Asih』を最後まで見ていると次の開始時間に間に合わない。やむなく最後に退場する。時間をギリギリに詰めて予定を組んでいるので、こういう変更は痛い。しかも結構予定変更が多いので、なかなか痛い。
ということで16時半から観たのは、「タイガー・コンペ」部門の『La Palisiada』というウクライナの作品。ウクライナ映画の鑑賞の機会を逃すわけにはいかない。2010年以来複数の短編で実績を作ってきた、Philip Sotnychenko監督による長編監督1作目であるとのこと。
非常に複雑な構成を持つ作品で、物語の断片が時系列をバラした形で繋がり、しばらくは何が語られているのかが分からない。しかし徐々に、ウクライナ独立から5年後の1996年が舞台であり、殺人事件の捜査が行われており、法の支配を無視した手続きが進行していた状況を描いていることが分かってくる。
ソ連からの独立後もウクライナにはロシア的な強権手段が残っていたことを告発する物語であり、一発の銃弾が暴力の恐ろしさを象徴し、それは現在の状況をも語っていることになる…。
ビデオの感触を残す撮影と、複雑な編集と語り口が相まって、非常に強い印象を残す。ポスプロは昨年行われたはずで、戦時下のウクライナでこれほどの作品が実現するとは、ウクライナ映画業界の果てしないタフネスと底力を痛感せざるを得ない。
唸りながらいったんホテルに戻り、明日からの別件業務に必要となる資料を読み込む。
そして20時半に「パテ」劇場に戻り、20時45分からこちらも「タイガー・コンペティション」部門で『Gagaland』という中国の作品。日本の配給会社の広報誌みたいなタイトルだけど、音楽映画らしい概要からするとむしろ『ラ・ラ・ランド』に寄せているのかな?と思いきや全く違って、Gaga Danceというイスラエル発祥のダンスのジャンルがあるらしく、僕は全く知らなかったのだけど、どうもそこにこの映画は関連しているらしい。
Gaga Danceにハマっている中国の若者たちを主人公にした青春譚、と呼んでいいのかな。ダンスと言っても、何か決まったスタイルがあるわけでなく、ともかく音に合わせて自己を解放して飛んだり跳ねたりしているだけの動きで、ダンスというよりは生き方みたいなことなのかもしれない。
映画は、そのダンス動画でソーシャルメディアのフォロワーを増やし、コンテストでの優勝を目指す若い4人の男女とひとりの指導者的中年男性を中心に、よく言えばエネルギッシュ、悪く言えば適当な彼らの踊りを、キッチュなエフェクトとスピーディーな切り替えを駆使して繋いでいく。
スタイリッシュやポップに届かない、何ともいえないグダグダ感が現代的で新しいのかもしれない。正直、映画としての出来はコメントしづらいのだけど、その評価不能な部分を含めた得体の知れない若さを映画祭は認めているのであろうし、「ロッテルダム的」であろうとするプログラミングの方針には感心する…。
劇場を出て、まとまらない感想をまとめようとしながらホテルに向かい、冷たい風が強くてなかなかに寒い。今日もバラエティ豊かだった!そして少しくたびれた。パンをかじり、ブログを書いて、そろそろ0時。就寝です。
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