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トロント映画祭2024日記 Day7

11日、水曜日。4時半就寝で6時半起床。これはもうほとんど徹夜だな。それでも起きられるのだから、時差ボケマジックがまだまだ有効だと、自分を信じ込ませて頑張ろう。
 
バタバタしながら家を出て、セント・アンドリュース駅の近くのスタバでコーヒーとマフィンサンドを買って、TIFF Lightboxの建物に8時半に到着。8時45分からの関係者向け上映(P&I上映)に、もっと早く駆け付けたかったのだけど、深夜のミーティングを経てからのスケジュールでは、もうこれが精一杯だ。長蛇の列が出来ていて、むむっと心配したものの、無事に入場出来て、中央の良い席を確保。ふうーっと安堵のため息を吐きながら、熱いコーヒーを美味しく頂く。
 
「スペシャル・プレゼンテーション」部門に出品の『Babygirl』(扉写真/Copyright A24)。ベネチアのコンペにも出品されて、ニコール・キッドマンが見事主演女優賞を射止めた作品だ。来春のアカデミー賞を臨む作品になるはずで、試写が混むだろうと心配していたのはそれが理由。

ニコール・キッドマンは、オートメーション化の進んだ倉庫事業を起業して、大成功を収めている中年女性CEOのロミーに扮する。ロミーの会社に、若い青年のサミュエル(ハリス・ディキンソン=『逆転のトライアングル』の主演の彼)がインターンとしてやってくる。もとより夫とのセックスに満足できなかったロミーは、サミュエルのちょっとした仕草に反応するようになり、ついに関係を持つようになるが…、という物語。
 
セックスや肉欲を、ポスト#MeToo時代において映画がいかに描き得るか。現在の映画が直面している課題に挑んでいるのが本作だと言っていいかもしれない。権力を持った既婚の中年女性CEOが、若い男性に欲情した場合、現代はどういう物語を語り得るか。自分ならどういう展開に持っていくだろうかと、予想しながら見ていく楽しみがある。日本公開はされるだろうから、ここでは一切を書かないでおこう。
 
さらに、セックスシーンに挑む女優を「体当たりの演技」と呼んでおじさんたちが倒錯した賞賛を送っていた時代も終わった今、演出家は俳優とどのようなスタンスでエロティック・ドラマに臨むべきか。そして、このニコール・キッドマンをあなたはどう評するか?と問いを突きつけられる。カンヌでは『The Substance』でデミ・ムーアが、そしてベネチアではニコール・キッドマンが2024年版「体当たりの演技」を見せ、新しい時代を切り拓いている。ふたりが揃ってアカデミー賞にノミネートされることを願いたい。
 
そもそもベネチアのコンペでは、僕はウォルター・サレス監督『I’m Still Here』に主演したフェルナンド・トーレスを推したのだけど(Day2 日記)、『Babygirl』を見てしまうと、やはり現在的にはニコール・キッドマンの授賞が正解なのかもしれない。そのニコールは、ベネチア中にお母様が亡くなられ、受賞式に出席出来ずに帰国されたとのこと。お母様のご冥福をお祈りするとともに、来春のアカデミー賞でニコールから良いご報告が出来ますように…。
 
外に出ると、気候が絶妙に穏やかで、過ごしやすい。22度くらいかな。暑くも寒くもなく、とても気持ちいい。「Scotiabank」シネコンに行き、ラウンジでパソコンを開いて日記のここまでを書いて、次の上映へ。
 
12時15分から、「スペシャル・プレゼンテーション」部門に出品カナダの作品で、『Young Werther』。予備知識が無いまま予定に入れていた上映で、直前に確認すると古典小説の現代版映画化とのこと。ん?と思ってタイトルを見直すと、そうか、Wertherとはウェルテル、つまりゲーテの「若きウェルテルの悩み」のことか!と理解。18世紀の人気小説を現代に翻案し、トロントを舞台としてロマコメ風味に仕立て上げた作品だった。

"Young Werther" courtesy of levelFILM

ゲーテの原作はそれなりにシリアスな内容だと思うけど、こちらの映画は爽やか風味で、なかなかにキュート。小品だけれども、せっかくトロントに来たのだから、こういうさりげないカナダ映画も見ておきたかった。ということで、これはこれで嬉しい。
 
続いて14時45分から、「ディスカバリー」部門に出品のスイス映画『The Courageous』。スイス系アメリカ人のジャスミン・ゴードン監督による長編第1作で、大学時代の専攻はドキュメンタリー映画だったとのことだけれど、こちらはフィクション。

"The Courageous" Courtesy of Maximage GmbH

スイスのフランス語圏の小さな町で、問題を抱えているらしい母親が3人の幼い子供を連れまわし、嘘に嘘を重ねて事態が深刻化していく様を描くドラマ。母に何があったのかの説明をあえて省略し、現在の焦燥感のみにフォーカスする「状況切り取り型」の語り口を、面白いと思えるかどうかで評価が分かれそう。焦りは分かるが共感はできない母親のキャラクターに、もう少し寄り添える何かがあったらよかったのに、と僕は感じてしまった。ただ、クリシェを避けるチャレンジングな姿勢には好感が持てたかな。
 
18時05分から、コンペ的「プラットフォーム」部門のモンゴルを舞台にした作品で『The Wolves Always Come At Night』。ゲイブリエル・ブレイディ監督は英国の出身で、ドキュメンタリー映画をキューバの映画学校で専攻し、演劇をオーストラリアで学び、京都の鴨川のレジデンスプログラムに参加した経験もあるなど、経歴が興味深い。ドキュとフィクションの双方を手掛けていて、本作はドキュメンタリー。

"The Wolves Always Come At Night" Courtesy of Chromosom Film

モンゴルの草原で羊を放牧する男性とその一家の姿を追っていく作品。厳しくも幸せな生活を送っていたが、狼の被害に合い、羊を大量に失ってしまう。男性は都会に働きに出ざるを得ず、羊飼いとしての人生を葬る。過去は振り返らないと強がりつつ、哀しみは隠しようがない…。
 
モンゴルの光景はお馴染みではあるものの、狼による被害が十分にショッキングであるのに加え、平原や町中を疾走する馬の群れの映像の素晴らしさに息を飲む。都会に出た男の姿を淡々と切り取る画面からは、平原を捨てざるを得なかった大地の人間の辛い心境が滲み出る。これは小品ながら逸品だ。

賞の対象となるコンペ的な「プラットフォーム」部門の作品はほとんど見ることが出来ているけど、本作は受賞に近いところにいるかもしれない。
 
上映が終了し、19時45分。欧米人監督がいかにしてモンゴルのコミュニティーに溶け込むことが出来たかに興味があり、Q&Aを聞きたいとは思ったけれど、より重要な案件があるので外へ。日本の映画会社の方が、映画祭中に借りているアパートで開催するミニパーティーに招待して下さったのだ。本当に嬉しい。いそいそとご訪問。
 
実は先ほどのモンゴル映画の上映スクリーンが、モンゴルの冬のような寒さで、ここはMX4Dなのかと思うほど。冷風が吹きつけ、つま先が凍傷になるんじゃないかというくらい体が冷え切ってしまっていた。カナダの人々、やはり寒さに強いのかな…。
 
そんな中、パーティーのお部屋に着いてみると、なんとそこにはおでんが!駆け付け一杯のノリで、おでんのお椀を頂く。もう、おでんのおつゆが細胞の隅々に染みわたり、体が解凍されていくのが分かる…。ああ、美味し過ぎる…。
 
あとはお稲荷さんと餃子をたくさん頬ばり、まさに至福のひと時。心の底からK社に感謝。後ろ髪を引かれる思いで21時に失礼し、「Scotiabank」シネコンに戻る。21時45分から、アルゼンチンのルイス・オルテガ監督新作『Kill The Jockey』。トロントは「センターピース」部門。ベネチアのコンペ作品。

"Kill The Jockey"

男女の騎手が、雇い主のギャングに抵抗していく物語。スラプスティックな、シュールな雰囲気の作りに驚いた。一見、キアロスタミ的な間合いのユーモアや、モダンアート的に計算された画面作りなど、これはユニークな1本。
 
ここまで書いて、今夜は限界。最後の感想が手抜きになってしまった!帰宅して0時半。昨夜の半徹夜が響き、パソコンに向かって日記ブログを書いていると寝落ちしてしまった。ベッドに移動してダウンします!

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