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新潟国際アニメーション映画祭2023日記

1月中旬から2月下旬にかけてロッテルダム映画祭とベルリン映画祭をハシゴし、約40日ぶりに日本に戻ってからは、どうにも締まらない日々を送ってしまった。本当は大阪アジアン映画祭に行くつもりだったのが、ぼやぼやしているうちに逃してしまい、ならば新潟国際アニメーション映画祭は行かねば、と決心した。
 
今年が記念すべき第1回目となる新潟国際アニメーション映画祭(以下「新潟アニメ」)。新潟アニメに興味を持った理由としては、もとより海外のアニメーションが好きであることや、アニメ大国とされる日本で海外アニメーションが注目を集めにくいことに残念な気持ちを抱いていたことや、いままでアニメ映画祭にきちんと参加したことが無いので関心があったことや、新潟アニメの発起人が映画人の堀越謙三プロデューサーであること(=必ずしも町おこし目的の映画祭ではないこと)や、運営中枢に旧知の方がいることなどの要素があるのだけれど、やはり第1としてはコンペのラインアップに興味を惹かれたことに尽きる。
 
見たい作品が多いことが、やっぱり映画祭訪問の最大のモチベーションになる。新潟アニメのコンペは国際色豊かで良作をしっかり選んできているであろうことが伝わってきたので、俄然行きたくなったのだ。
とはいえ、日記ブログを書こうかどうかは迷うところで、関係者の方の目に止まるかもしれないと思うと躊躇してしまう…。ので、一応書きつつ、アップするかどうかはあとで考えよう。

<3月17日/Day1>
 というわけで、17日(金)の朝8時半の新幹線に乗り、東京から新潟へ。10時30分には新潟駅着。晴天!

タクシーで5分、すぐにホテルに到着。まだチェックインができないので荷物を預け、新潟市中央区古町(ふるまち)の商店街モールに向かってみる。ホテルから歩いて5分もかからないところにあった映画祭事務局を見つけ、申請していたIDパスを受け取る。すると受付に、かつて東京国際映画祭の学生応援団をしてくれていたAさんがいてびっくり。新潟アニメを支える企業のひとつであるアニメ製作会社に転職したそうな!第1回目の映画祭なんて混乱の極みであろうし、本当に大変だと思うけど、Aさんの明るい笑顔は相変わらずでこちらも元気が出る。
 
11時半から、その商店街にある広場で開会セレモニーが行われる。屋根付きなので雨天でも安心だし、なかなか素敵なスペースだ。さほど寒くもなく、昨日まで雨模様だったらしいが天も味方している。イベントは晴れたら80%は成功とかねてから思っているのだけど、第1回の映画祭はとても幸先の良いスタートを切った!
映画祭ディレクターの井上伸一郎氏や、コンペの審査委員長の押井守監督らが挨拶。そしてテープ・カットに続く和太鼓演奏というジャパニーズ・スタイル演出をもって、映画祭が正式スタート。

さて、ランチを食べようかと商店街を歩いてみる。蕎麦屋さんがあったので入り、新潟名物ではないだろうけれど東京ではあまり食べないニシンそばを頂いて、少し旅行気分に浸る。普通にきちんと美味しい。

山文さん

本日は映画祭の上映はほとんど無いので、せっかくなので新潟で有名なミニシアターのシネ・ウィンドに行ってみる。各地のミニシアター巡りは映画ファンの夢だけれど、ちょっとその気分を味わってみる感じ。
劇場に到着して、次は何時に何が上映されますか?と聞いてみると、「ヤタベさんですか?」と声をかけて下さる方がいらっしゃって、なんと井上支配人だった!まさか僕の顔と名前を憶えていて下さったとは思っていなかったので、とても感動する…。
 
せっかく来たので、シネ・ウィンドで『百姓の百の声』を鑑賞する。本作は日本のドキュメンタリー作品で、もちろん新潟アニメの1本ではない。新潟アニメの会場としてのシネ・ウィンドは、明日(18日)から主に大友克洋監督特集を中心としたプログラムの上映会場になっている。

上映後、カフェに入ってひと息ついてから、あらためて映画祭会場に向かう。メインの上映が行われるのは、市の施設のビル内にある「新潟市民プラザ」というホール会場。
 
その会場にて、17時半から「大川=蕗谷賞」という現役のアニメクリエイターに贈られる賞の授与があり、まずはそのセレモニー。そして続けて、オープニング作品の上映へ。
 
理解したところでは、中国のプロデューサーが企画している『太素(TAISU)』という短編オムニバス作品があり、そこに参加している日本の森田修平監督『弦の舞』と渡辺信一郎監督『A Girl Meets a Boy and a Robot』という2本の短編がオープニング上映作品であるらしい。
ただ、オムニバスを構成する他の作品はまだ製作中とのことで、まずは先に完成した短編が先に上映されるという、これはかなり例外的な上映なのではないかな。
 
戦乱の世を舞台にしたふたりの女性の時空を超えた交流をフルCGで描く『弦の舞』と、世界戦争後のディストピアで出会う少女と青年の姿を描く西部劇的色調の『A Girl Meets a Boy and a Robot』は、異なる味わいがあって見応えがある。「太素(TAISU)」という生命の運命を司るような粒子の存在が企画全体を貫くモチーフになっており、どうやらそれを理解するには他の短編の完成を待たねばならないらしく、待ち遠しい。
 
ホテルに戻り、あらためてチェックイン。大浴場があったので、久しぶりに手足を伸ばしてゆっくりお湯に浸かって、とても嬉しい。
 
<3月18日/Day2>
18日、土曜日。昨日の好天から変わり、本日は雨。気温も10度前後なので、冬装備で出かける。
 
10時から、コンペティション部門の『Thee Wreckers Tetralogy(四つの悪夢)』『When You Get To The Forest(森での出来事)』の2本の中編作品が組まれたプログラムを見る。
 
オランダの男性の監督による『四つの悪夢』は、もう圧巻の迫力。4つのエピソードからなる、おそらくは「死」をモチーフにした、バッド・トリップ・ロック・オペラだ。はっきりした物語は無く(いや、あるにはあるのだが、リニアな物語映画ではない)、4つのエピソードを通じて、死のイメージをまとった男の受難や、腐敗した頭蓋骨を救急車で運ぶ異形の者たちの行く末や、ロック・バンドのギタリストの悪夢的回想などが語られ、その歪んだ美学と無類なイマジネーションの渦が凄まじい。これは傑作。

"Thee Wreckers Tetralogy(四つの悪夢)"

同時上映されたアメリカの男性の監督による『森での出来事』は、一転して穏やかな作品。切り絵のコマ撮りアニメーションという手法が用いられ、暖かく豊かな色彩の中で、森にさまよいこんでしまった女性が人の言葉をしゃべる猫の助けを得ながらサバイバル生活を送る物語が綴られていく。壁にぶつかった人生を乗り越える物語でもあり、主題も色彩も心に優しく響く。

"When You Get To The Forest(森での出来事)"

それにしても、いきなり多様なスタイルが見られて面白い。しかし、実写でないというだけで、この2本を同じ「アニメーション」という言葉にくくってしまって大丈夫だろうか、という難しささえ感じてしまう最高の滑り出しだ。
 
続けて、こちらもコンペで、スペイン人の男性の監督による『Unicorn Wars(ユニコーン・ウォーズ)』。森を支配するユニコーンに対して戦争をしかけるべく、ドジで未熟なテディベアたちが軍の訓練を受けている。一瞬、コミカルなファンタジー作品かなと予想するのだけれど、その予想は早々に裏切られる。兄弟間の倒錯的性愛世界がほのめかされたと思えば、どす黒い悪意がほとばしり、戦闘描写は過剰にヴァイオレントでグロテスク。お子さまの鑑賞は厳禁だ。しかし、映画好きにとってはこれほど見事に振り切った作品はたまらなく、ダークサイドに堕ちる人間(テディベアだけど)を描く超絶ユニークなアニメーションとして必見に推したい。

"Unicorn Wars(ユニコーン・ウォーズ)"

そして14時15分からもコンペ作品で、アルジェリア出身の男性の監督による『Khamsa – the Well of Oblivion(カムサ - 忘却の井戸)』。なんと、アルジェリアで初の長編アニメーションであるとのこと。
北アフリカの伝統文化や言い伝えをベースに、記憶を失くした少年がアイデンディティーを模索する物語。ゲーム映像にも似たフルCGアニメーションを駆使し、少年が未来的空間の中で自らの記憶と土地の記憶を辿っていく。伝統文化とフルCGのSFの融合にとても興味を惹かれる作品だ。

"Khamsa – the Well of Oblivion(カムサ - 忘却の井戸)"

17時15分から、昨年フジテレビで放映されたアニメの『平家物語』をイッキ見できる上映企画があるので、これは逃せない。山田尚子監督ファンを自称しながら本作を見ていなかった僕にとっては、ドラマシリーズを一気にスクリーンで見られる本企画は本当にありがたい。吉田玲子脚本、しかも英語字幕付き。21時半まで、全11話。
幽玄にして無常な世界に身を浸し、豊かな音楽が彩る複雑な人間ドラマを心の底から堪能する。
 
朝から世界の刺激的作品に触れ、夜は山田尚子監督新作で締めるという、初日から超充実の上映プログラムだ。新潟はプログラムがよいという予感が確信になった。実質初日にして早くも来て良かったなあと噛みしめながら、ホテルへ。
 
<3月19日/Day3>
19日、日曜日。雨の昨日から一転し、本日は抜けるような青空の快晴!
 
今朝は10時から、コンペ部門の『Oink (愛しのクノール)』の上映でスタート。オランダの女性の監督による、人形コマ撮りアニメーション。
ソーセージ品評会が伝統行事と化している地にて、誕生日プレゼントに子ブタを贈られた少女が、愛するペットを悪の手から守ろうと奮闘する物語。
愛らしいし、エコロジーだし、うんちたくさん出てくるし、爆笑できるし、もう最高に文句なしのごきげんな作品。こちらは(要注意の『ユニコーン・ウォーズ』と違って)キッズももちろん鑑賞OK。引き続きコンペは実に多彩だ。

"Oink (愛しのクノール)"

つづいて、外に出ると、旧知の記者の方がいらっしゃったので、しばし立ち話。それから、フランスの映画機関の方にもばったり会っておしゃべりし、そのまま一緒にメイン会場へ。
 
12時から、「世界の潮流部門」に組まれている、中国の短編アニメ集『ひかりの方へ』の上映へ。7編の短編から構成されるオムニバスで、それぞれにスタイルが異なり、アートを味わう連作としてとても心地よく、楽しい。基本的に家族愛やヒューマニズムが主題として貫かれていて、いずれも心温まる内容になっている。
 
それはそれで良いのだけれど、逆の見方をすると、純粋過ぎるというか、優し過ぎるとも感じられてしまうのが、少し厄介なところでもある。
ここで思い出すのが、今年のベルリン映画祭のコンペ入りを果たした中国のリウ・ジエン監督による長編アニメーション『Art College 1994』のことで、監督自身の美大時代をベースにしたと思われる青春譚であった。ビジュアルは大いに楽しめたし、登場する学生たちは、自分たちのアートへの向き合い方やスタイルの獲得に悩み、そこに普遍的な物語は存在する。しかし、ここで表現の自由に対する葛藤がほとんどと言っていいほど描かれないことに大いにフラストレーションを覚えてしまったことも確かだ。その葛藤が描けない事情はやむを得ないのだろうと理解するものの、アーティストにとっては根幹となるその問いを描かずして美大生の青春を描けるとも思えず、中国映画が抱える限界を突き付けられた気がしたのだった…。
 
というようなことを、この短編集を見ながら改めて思い直す。そして、この作品は英語字幕が無く、同行したフランス人は残念がっていた。幸い、字幕なしでもある程度理解できる作品ばかりだったので彼は最後まで残っていたけれど、英語字幕が無い旨がどこかにメンションされているとありがたい(ただ、国際映画祭だからといって英語字幕が付いていて当然とは必ずしも言えず、外国でも英字幕がなくてずっこけることはたまにある)。
 
さて、そのフランスの方と散歩を兼ねながら別会場に向かうと、旧知の方が受付スタッフをされており、ちょっと相談をされた。これから、昨日見た『カムサ - 忘却の井戸』の2度目の上映が予定されており、昨日は英語で舞台挨拶をしたアルジェリア人のヴィノム監督は、実は英語よりはフランス語の方が話しやすいという。これからの上映でも英語で舞台挨拶をする予定にしているのだが、せっかくヤタベさんがいるなら、フランス語通訳お願いできます?と(あくまで軽く)相談された。
 
一昨日のオープニング・セレモニーの時に挨拶した堀越プロデューサーからは「何かあったらお願いしますね」と言われていたこともあり、たまたま僕も作品を昨日見ていたし、そしてまあ、決して(登壇が)嫌いではないので、喜んでお受けすることにした。
 
ということで、登壇してマイクを握り、「みなさま、ようこそ新潟国際アニメーション映画祭にいらっしゃいました」とMCになって語る。おととい新潟に来たばかりの人間がこんなことを言うなんて、我ながらびっくりだ。客席に東京国際映画祭勤務時代の仲間の姿が見え、彼女もさすがに呆れて笑っている。いやあ、楽しい。
そして無事に監督の作品紹介のコメントを日本語に訳して、お役御免。やはり映画祭の現場はいいなあ。少しだけでも内部の雰囲気を味わせてくれた新潟アニメに、深く感謝。

続けて、17時より映画祭主催のレセプション・パーティーに参加。こういう立食パーティーが日本でも復活してきたことに、感慨を覚える。
 
旧知の方や、映画祭ゲストの方々とお話をしているうちにあっという間に時間は過ぎ、19時にパーティーはお開き。その後、先ほどの元同僚仲間と、ジャパンタイムズ紙の記者で日本語に堪能なアメリカの方、そしてパリで日本映画祭を主催している日本の方の4名で居酒屋に入って2次会。アメリカとフランスから見たアニメーションの状況の話が聞けて、とても面白く、そして美味しい日本酒が進む…。
 
<3月20日/Day4>
20日、月曜日。本日も超快晴で素晴らしい。ホテルの朝食のお米が美味しくて、毎日ご飯をお代わりしてしまう。いまさらだけど、さすが新潟。あとで友人に会ったら、朝に「お米1合おにぎり」なるものを食したらしい。美味しくてぺろりだったとのこと。すごいなあ。

友人が食した1合おにぎり!

10時からコンペ部門の『Opal(オパール)』という、カリブ海はマルティニーク出身の男性の監督の作品へ。
ある王国を支える魔法を持つ幼い王女が、自分の部屋に軟禁され、王である父から魔力を搾取されている状況を打破しようとする物語。ファンタジー仕立てになっているものの、児童虐待を示唆する内容であることは明白で、トラウマ克服を描く大人向けの内容だ。カリブ海の神話なども反映されているのかもしれず、そういう点も想像しながら見るのも面白い。

"Opal(オパール)"

昼は、1本上映を飛ばし、友人たちと合流してランチすることにする。魚市場のような場所で食べられるお店があり、かつての築地で食べているような雰囲気があって楽しい。焼き魚のぶりかま定食を頂いて、とても美味しい。さっき朝食をたくさん食べたばかりのはずなのに、ランチもたっぷり頂けるのが不思議だ。

12時50分から上映に戻り、コンペ部門の『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』。この作品は昨年パリで見ていたのだけど、素晴らしかったので迷わず再見。フランスの女性と男性による共同監督作品で、ニコラ少年が活躍する有名な絵本シリーズ「プチ・ニコラ」を産んだ、作画担当のジャン=ジャック・サンペと、物語担当のルネ・ゴシニの友情と創造の物語。
ニコラ君が絵本を飛び出して、サンペとゴシニに語りかけることで二人の人生が見えてくるという演出が粋でとても楽しい。そして、戦争が落とした暗い影にも触れられ、前向きなユーモアを志向した戦後の芸術家の姿勢が深みを持って描かれる。とはいえあくまでも全体のトーンは軽やかで、水彩タッチの映像が美しく音楽も華やか。本当に素敵な作品だ。

"プチ・ニコラ パリがくれた幸せ" © 2022 Onyx Films – Bidibul Productions – Rectangle Productions – Chapter 2

続けて14時45分からもコンペ部門で、『Even Mice Belong in Heaven(ネズミたちは天国にいる)』という、チェコの女性と男性の共同監督による作品。ネズミの少女が、天敵であるキツネの青年との友情を育む物語で、賑やかな展開に人形コマ撮りアニメであることを一瞬忘れてしまいそうになる。コマ撮りアニメは、撮れて1日4秒くらいだと聞いているけれど、本当に気が遠くなる…。ハート・ウォーミングで、こちらはキッズにもおすすめできる幸せな作品。

"Even Mice Belong in Heaven(ネズミたちは天国にいる)"

16時30分から、こちらもコンペ部門で『Blind Willow, Sleeping Woman(めくらやなぎと眠る女)』という、パリとニューヨークに拠点を持つピエール・フォルデス監督による作品。村上春樹原作であることでも注目を集める作品で、昨年のアヌシーのアニメーション映画祭では審査員賞を受賞している。
 
日本が舞台であるのだけれども、なるほど村上春樹作品に特有の、どこか無国籍な雰囲気がとても上手く出ている。どうやら、「めくらやなぎと眠る女」、「かえるくん、東京を救う」、「ねじまき鳥クロニクル」、「UFOが釧路に降りる」、「バースデイ・ガール」などの作品がベースになっていることが分かる。ただ、エンドクレジットには6つの原作タイトルが並んで見えた気がして、残りの1つが何だったのかを確認できなかったのが残念。
 
震災の数日後(「UFOが釧路に降りる」では阪神大震災だったけれど、本作では東日本大震災に設定を変えている)、妻に去られた男が虚脱状態で休暇を取り、友人の用事を引き受けて北海道に向かう。そして男の勤務先の同僚の冴えない中年男は、突然カエルくんの訪問を受ける…。いくつもの不思議なエピソードを連ねながら、虚無を抱えた典型的な村上春樹的主人公が中心になり、全体では見事にひとつの世界観にまとまっていく。ビジュアルが繊細で美しく、そして外国人が描く日本の世界は日本人から見ると微妙に非現実感があり、セリフが英語であることで現実と非現実のバランスが絶妙に保たれている印象があって、あまり経験したことのない映画体験となる。そして三浦透子にそっくりな女性が登場するのだけど、偶然だろうか?それはともかくとして、うっとりと惹き込まれる魅力を持つ素晴らしい作品であり、1日も早い日本公開を期待したい。

"Blind Willow, Sleeping Woman(めくらやなぎと眠る女)" 

そして19時から、コンペ部門の審査委員長を務める押井守監督の作品上映が組まれていて、2008年公開の『スカイ・クロラ』。かつてはただただ飛行シーンに驚いた記憶があるけれども、いま見直すと戦争を必要としてしまう人類の業と罪深さが刺さってくるようであり、このタイミングで再見できたことはとても良かった。
 
21時半から、東京国際映画祭勤務時代の同僚仲間の2人と合流し、そして東京の老舗ミニシアターのH支配人を交えて痛飲。話は尽きず、美味しい日本酒も止まらず…。
 
<3月21日/Day5>
21日、火曜日。朝は、ホテルの自室にこもり、8時からTVでWBC「日本対メキシコ」を観戦。壮絶なゲームに緊張&興奮し過ぎて、午前中で疲労困憊になってしまう。
 
なんとか切り替えて、12時半から上映に向かい、コンペ部門の最後の作品となる、日本の牧原亮太郎監督による『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』。Netflixドラマとして製作された作品を長編映画に編集した「劇場版」であり、この上映がワールド・プレミアであるとのこと。
抗争状態にあるヴァンパイアと人間が互いに殺し合っている世界が舞台。ヴァンパイアには享楽的な文化も存在するが、人間はそれに対抗する意味で歌も踊りも禁じられているという設定が面白い。戦闘に心から疲弊している人間の少女がヴァンパイアの女性に出会い、ふたりが共存できる社会を目指して愛を深めていく物語。『トワイライト』シリーズを想起させつつ北欧や東欧文化のイメージをふんだんに用いて、世界を救うのは音楽であるというサブテーマも興味深い。
 
国際色豊かで個性あふれる作品が揃ったコンペ部門において、ジャパニーズ・アニメーションらしさが発揮された作品であり、「日本代表」にふさわしい選出と言えるのではないかな。

"劇場版「ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン」" ©WIT STUDIO/Production I.G

これにて、コンペティション部門10作品の鑑賞完了。いずれも面白く、過去2年ほどのスパンの中で有良作をしっかりと集めてきたという印象を受ける。映画祭のパンフレットに土居伸彰氏が寄稿しているコラムが興味深く、これまでアニメーション映画祭は短編を中心に回っており、長編アニメーションのコミュニティーは顕在化しておらず、その意味で長編アニメコンペを中心に据えた新潟アニメは貴重であるはずだと指摘している。なるほど、これは気付かなかった。毎年クオリティーの高い海外長編アニメーションの新作を10本揃えるのは大変だろうけれども、それを含めて海外アニメーション事情を新潟が見せてくれたら刺激的だ。
 
米国のディズニー系作品に加え、各国が製作しているであろう自国市場向け商業長編アニメーションが存在しているとして、それ以外の「アート系」長編アニメーションが世界で毎年どの程度製作されているだろうか。確実に増えている印象はあるし、そういう作品はアニメ映画祭ではなくカンヌやベルリンなどの「一般」映画祭を志向するだろう。それはそれでいいとして、長編アニメーションを主に扱う新潟のような存在が丁寧にそれらを掬って集めてくれることは、とても重要な意味を持ってくるはずだ。
 
あとは、日本国内のマーケットの掘り起こしにも期待したい。コンペの外国作品の観客の数は、なかなか厳しかったと言わざるを得ない。もちろん、日本の映画祭で情報量の少ない外国映画の新作の券売が難しいということは、僕も身を持って体験している。東京国際映画祭のコンペ部門で、キャパの大きいオーチャードホールやTOHOシネマズ六本木のスクリーン7が埋まるようになるのに、いったい何年かかったことか。あるいは、10年ほど前に創設時の沖縄国際映画祭に数年通った際、外国映画への動員が壊滅的だったことも忘れられない。普通にしていては、映画祭の客席は決して埋まらない。
 
来場してくれた監督や俳優たちに対して満席の会場を用意することが最上のホスピタリティーであるという考えのもと、東京国際映画祭勤務時代は動員計画に取り組んでいた。もちろん、優れた海外のアート作品を紹介したいという気持ちも強かった。
ただ、新潟はなんといっても1年目であり、そこまで手が回らなかったことは全く責める気にならないどころか、当たり前だ。映画祭を立ち上げるだけでも難事業だ。作品ラインアップがいいという根幹がしっかりしているので、あとは少しずつ改良を重ねて行けばいいのだと思う。
 
新潟のチャレンジとしては、海外長編アニメーションをいかにアピールするかという重要な点がある。海外長編アニメのターゲットは、必ずしも日本のアニメファンとは限らず、むしろミニシアターに足を運ぶアート系実写映画を好むファン層だろう。極端に言えば、海外長編アニメーションは「アニメ」ではないのだ。しかし、日本のアニメ映画祭としては日本アニメのファンも大切であるのは当然であり、「日本アニメ」と「海外長編アニメーション」というターゲットの異なるジャンルを同時に打ち出していかねばならないという、二刀流が求められている。そして言うまでもなく、二刀流は難しい。それだけに、出来たら素晴らしい。
 
さて、10本のコンペ、フルCGもあれば、人形コマ撮りや、切り絵のコマ撮り、あるいは水彩画タッチの手法もある。実写でないというだけで、全く異なる10本だ。どうやって比べたらいいのだろう?自分が審査員だったら途方に暮れそうだ。審査員の押井守監督が、素人には思いも付かないプロの視点に基づいた審査結果を届けてくれるだろうことを楽しみにしよう。
 
とはいえ、それでも予想しないのもつまらないので予想すると…:
僕のお気に入りは、『4つの悪夢』、『ユニコーン・ウォーズ』、『めくらやなぎと眠る女』の3本。しかし『4つの悪夢』は中編なので、ここは長編に賞をあげたいとして、超賛否の分かれる『ユニコーン・ウォーズ』と、良質アート『めくらやなぎと眠る女』の争い。となると、グランプリは審査員の意見もまとまりやすそうな『めくらやなぎと眠る女』と予想!
 
さて、17時10分からは、「世界の潮流部門」に選出されている日本の磯光雄監督による『地球外少年少女』の前篇と後編の上映へ。22年1月に公開されており、僕は未見だったのでとてもありがたい。宇宙空間に残された少年少女のサバイバルの物語で、AIの知能成長能力が大きなモチーフになる。セリフの量が膨大で、理論についていくのが大変なのだけど、それが全く苦でなく、刺激的なSF小説を読んでいる気持ちにもなり、実に面白かった。
 
21時に上映終わり、本日は繰り出さずにホテルに戻り、大浴場に入って、日記を書いて、早々にダウン。
 
<3月22日/Day6>
22日、水曜日。今朝もホテルの部屋でWBC「日本対アメリカ」を観戦。おそらく残りの生涯、野球でこれ以上に緊張することはないだろうと信じさせる体験でありました。おめでとうございます!
 
12時40分に上映に向かい、「世界の潮流部門」のフランスの作品『The Girl Without Hands(手をなくした少女)』へ。2016年のカンヌ映画祭「ACID」部門に出品された作品で、その後アヌシーや東京のアニメーション映画祭でも受賞し、劇場公開も果たしている秀作。7年前の作品であっても、「世界の潮流」に位置づける意義を認めた作品をセレクションしていく部門なのだということを最終日になって認識し、ああ、もっとこの部門も見ておきたかったなあと残念な気持ちになる…。
 
本作は、アート調にデフォルメした水彩画というか水墨画(ただしカラー)的なヴィジュアルが非常に個性的で美しく、悪魔に魂を売り渡した父親から腕を切り落とされてしまう娘が、その純粋な心ゆえに救われていく物語が描かれる。素晴らしい。
 
ところで、「新潟は味噌ラーメンが(も)美味しい」と、味噌ラーメンが趣味というHさんから聞かされていたので、昨日の昼、ふたつの会場の中間に位置している便利な場所で見つけたラーメン店を試したら、とても美味しかった。なので本日も再訪してしまった。昨日は通常の味噌ラーメンで、本日が辛味噌ラーメン。「二葉」さん。とても美味しかったです。しかし明日からダイエットだな。

続いて14時半から、「世界の潮流部門」でアイルランドとルクセンブルグの合作『ウルフウォーカー』へ。本作を制作したアイルランドのスタジオ「カートゥーン・サルーン」は、ポスト・ジブリと称されていて、トム・ムーア監督とロス・スチュアート監督は本作を含め3作連続でアカデミー賞にノミネートされている。他の2作の『ブレンダンとケルズの秘密』と『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』も「世界の潮流部門」で今回上映されている。なるほど確かに世界の潮流だ。
 
ドトールに入って少し日記を書いて、18時半からの授賞式に向かう。20分ほど歩いて到着してみると、会場の「りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)」は巨大な多目的ホールで、その威容に圧倒される。受賞式に続いてアニソン・ライブのイベントが組まれているからか、一般の観客の姿も多い。
 
そして、いよいよ賞の発表。映画祭サイドの発表によると、賞の中身が変更になったとのことで、そこも合わせて楽しんでほしいとのこと。さてどういうことだろうと楽しみにしていると、3名の審査員によって各賞が発表される。
 
・「境界賞(Evolve Award)」:『四つの悪夢』
・「奨励賞(Honorable Mention)」:『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』
・「傾奇賞(かぶきしょう/KABUKI Award)」:『カムサ - 忘却の井戸』
・「グランプリ(Grand Prix)」:『めくらやなぎと眠る女』
 
どうやら、想定されていた賞を変更し、審査過程において上記の賞の命名と受賞作品が決められていったらしい。公式HPで当初想定されていた賞は、グランプリ以下、「監督賞」「脚本賞」「美術賞」「音楽賞」である。グランプリ以外は全て変更になっている。

審査員長の押井守監督によると、作品の多様性が著しく、多様な制作方法に加えて地域による多様な制作動機もあり、従来の審査方法では審査できないという結論に達したとのこと。結果、作品ラインアップの中から、賞のタイプが浮かび上がる、という極めて特異な形を取ったということらしい。特異ではあるが、これは第1回の映画祭にふさわしいのではないか、と押井監督は語っている。
 
全くスタイルの異なるコンペ作品をどう比べればいいのだろうという難しさについては、昨日も書いたとおりだったけれど、まさか映画祭が用意した賞を変えてくるとは…。これは全く考えもしなかったことで、さすが押井監督だ。
しかし、映画祭運営サイドが陥ったであろうパニックを想像すると、もう胸が痛くて仕方がない。僕がプログラマーだったら卒倒していただろうけど、百戦錬磨の堀越プロデューサーを擁する新潟事務局はどっしり構えていたかもしれない。ともかく、画期的な形で第一回の映画祭が幕を閉じたことは間違いない。まさに歴史的だ。
 
受賞作品も2作品当たったし(まあ、まとめての日記アップなのでどうにでもできただろうと指摘されそうだけど、予想は本当に前日にしているので、信じて頂けたら…)、審査員が交わしたであろう議論も想像できるし、賞の名称がどうであれ、納得できる結果だ。唯一交流したアルジェリアの『カムサ』が受賞したのは嬉しい誤算で、早速監督にメールして祝福しよう。
 
授賞式が終わり、その後に押井監督のプレス向け囲み取材があったのだけど、僕は新幹線の時間が迫っていたので、ここで退場。ホテルに戻って荷物をピックアップして新潟駅に向かい、駅弁を買い、帰路へ。
 
東京から新幹線で2時間程度だし、「新潟国際アニメーション映画祭」は首都圏から足を運ぶに適した映画祭に成長していくポテンシャルがあると思う。課題めいたことは昨日書いたけど、ともかく作品が良いし、そこさえ外さなければあとは伸びしろだらけだ。もちろん、お米とお酒とお魚も美味しいので、外国人ゲストにも喜んでもらえるはず!
 
無事に第1回の映画祭を成し遂げたことを心から祝福申し上げつつ、とても楽しかったですと御礼申し上げたいです。おつかれさまでした!!

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