台北旅行 一日目④ 龍山寺周辺~西門

 その味のしないゴムみてえな肉の、脂の甘みで流し込むようにしてなんとか胡椒餅を食べきって、我々3人は次の目的地を、台北のオタクストリートとして有名な西門および中正紀念堂へと設定した。

 中正紀念堂は中華民国の蒋介石を記念する施設で、それなりに歴史に興味のある私としては、蒋介石の立派な銅像があると聞いて一度は見てみたいと思って希望した。…本当はそれよりも、ここまでの旅の様子からして、同行の2人は別に観光地らしい観光地に行かなくても歩き回って楽しめちゃうタイプに思えて、このままでは、逆にいかにもなスポットに一切行くことなくこの旅が終わってしまうのではないかという危機感からすこし強めに主張したのだ。

 それなら龍山寺から西門、西門から台北駅の地下街、それから中正紀念堂へ行こうねとルートが決定。この時の私はまだ、まさかあんな痛い目に合うとは思ってもみなかったのである。

人はどこの国も変わらないのか

 龍山寺から北へ、20分ほど歩けばすぐに西門へ着いたと思う。このあたりは、どこを通っても車道の両側に沿って建物が並んでいて、街並みにほとんど切れ目がない。以前の記事でも書いたが、車道に沿って並ぶ建物の1階部分が半アーケード上になっており、そこが歩道として機能している。直射日光や雨を避けて歩ける、南国らしい良いアイデアだと思った。アーケードには様々なテナントが入っているため歩いていても飽きない。BtoBっぽい専門業者の事務所が多く、店番のおじさんたちは事務作業をしているか、暇そうにスマホをいじっているかのどちらかであった。素晴らしい木の彫刻品が積まれた店では、職人らしき老人と、孫らしき女性が談笑していた。

 ところで、三人でこのようなアーケードを歩いていると、どうしても、すれ違う時や後ろから来ている人の邪魔になってしまう場面がある。私は中学の部活でさんざん仕込まれて以来、集団で移動する際は通行の邪魔にならないよう、親しい仲でも、話しかけられていても、必ず一列もしくは二列になろうとしてしまう。それでも、前に二人後ろに私一人でも邪魔になる時は邪魔になる。
 そうして、後ろから、非常に親近感のある見た目の――もちろん見た目で人を判断してはいけないのだが――しゃれっ気の無い眼鏡で、ボサボサ髪で、のっぽで、肩掛けの鞄をたずさえた青年が、競歩でもやっているかのような速度で迫ってきた。うわっオタクだ。いや我々と同じくオタク街の方向に向かっていて、やたらとせかせかと歩いていて、この見た目なのは、どう考えてもオタクでしょ。このオタク君は、何度も我々を抜かそうとするが、そのたびに前の二人と波長が合わず、阻まれていた。とうとう、盛大な舌打ちをかましながら脇を走ってすり抜けていってしまった。なんだか、新宿や秋葉原あたりでよく見かけるような状況で、少しおかしかった。
 結局同じ人間、どこの国でも、性質が似通っていれば、風貌や行動も収斂していくのだろうか。まあ、オタクに限らず、龍山寺周辺のおばちゃんたちも、巣鴨からそのまま連れてきましたみたいなおばちゃんたちではあった。

相変わらず写真を撮るのを忘れていて申し訳ない

 しばらく歩いていると、急に道の先が開けてきて、大きな交差点を囲むようにして現代的な背の高いビルが並ぶ様子が見えてきた。向こう正面に見えるビルには、知らないアプリゲームのかわいらしいキャラクターが壁面広告で大きく踊っていた。近くを通り過ぎるバスも、オンラインゲームやスマホゲームの美少女がでかでかとラッピングされており、西門に到着したことを否が応でも実感させられた。
 交差点を挟んで反対側に、人々が吸い込まれていくストリートがあった。ちょうど建物にはさまれていて、アーチまであって、さながら渋谷のセンター街そのものだ。H&Mが、渋谷Qフロントのような顔をして立っている。アーチは、コラボイベントでもしているのか、オンラインFPSゲームのA.V.Aのラッピングがされていた。おまえ…まだ生きていたのか…オンラインFPSはどれもやたらと長生きなイメージがある。
 
 実際にアーチをくぐってからも、やはりどことなく渋谷センター街を思わせる、にぎやかで、猥雑な活気にあふれていた。オタク街といいながらも、雑貨やファッションの店が多く、そのため、通りを往来する人々も、おしゃれなカップルや休日を過ごす家族、そして我々のような観光客ばかりのように見えた。
 しかし、両脇の街灯からはずらりと「ヘブンバーンズレッド」の美少女キャラクターの垂れ幕が下がっているし、交差路の飾り柱では「ネコぱら」コラボで猫耳美少女が牛肉麺をすすっている。街頭ビジョンでは延々と日本のアニメコラボイベント中のスマホゲームの広告が繰り返されている。センター街にオタクが攻め込んできたようなストリートだった。
 
 結局、このストリートではオタクオタクした専門店はほとんど見かけず、漫画専門らしき店が1軒、アニメがテーマのバー、それ以外は、サイゼリヤがあったりラーメン花月があったりしたくらいだった。飲食店は、地元民御用達らしき食堂から、キャッチーな屋台まで、めちゃくちゃ充実していたので、お昼時にぶらつくにはとても良い場所だと思います。

 そろそろ通り抜けるであろうかといったところで、薄暗い半地下のテナントの手前で、これまた親近感のある見た目の青年たちが長蛇の列を形成していた。
 皆、あやつけていない髪と、眼鏡と、野暮ったい鞄の男たちだ。どうも、アトリエで有名なイラストレーターの原画展をやっているようだった。このストリートは表向きの姿で、西門という街には、やはりオタクの街と評すべきエリアが隠されているに違いない、と確信するほどには、見事にオタクらしい見た目のオタクたちだけでつくられた行列であった。


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