「もう一人の自分」に気づく
自分を知る自分とは「自らを分ける」と書くのは何故だろう
自己と自分がいるということでしょうか
「小さな悟り」のもう一人の自分に気づくに書かれているように
坐禅は、己ともう一人の自分を見つめることなのかもしれない
「食べすぎないように」思っていても食べてしまう( ・∇・)
「落ち着いていこう」思っていても焦ったりイライラしたりΣ('◉⌓◉’)
そんなことはしょっ中あること
「人の尊厳や自己決定を尊重」思っていても
良かれと思うことを押し付けようとしていることもある
対人援助職