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分かち合った夢と分け合った食パンと肉屋のコロッケ

24歳で上京した。

憧れのプロミュージシャンになるためだ。地元の愛知県から全国ツアーまでやれるようになっていたバンドを辞め、全く別の音楽性のバンドを組むために全てを捨てて上京した。

東京でバンドを組み、毎日の様にスタジオに入り曲を作り練習をするのはもちろん、レコード会社にデモテープを送り付け、ディレクターに直談判しに行き、音楽ライターを接待…考え付く限りの事をした。
しかし、練習以外の事はなんの役にも立たなかった。大人たちは口では調子の良い事を言っていたが、その実、何の実績もないバンドなど最初から鼻にも掛けていなかった。
この事実を知ったのは随分後になってからだが。

何の進展もないまま時だけが過ぎて行った上京して最初の夏。小さな音楽事務所の社長から「デモテープを聞いた。すぐに会いたい」と連絡が来た。翌日には社長に会いに行き、あれよあれよと言っている間に契約、デビューに向けて作曲と練習の日々が始まった。

事務所と契約をしても給料はごく僅か。毎日の食事にも事欠く生活の中、デビューという明確な目標が毎日のスタジオでの練習にハリを与えていた。1日4~5時間の練習をしていたが、楽しみだったのは昼飯だった。とは言え、とにかく金がなかったから食費も最小限に抑えていた。

俺たちの昼飯の定番と言えば「肉屋のコロッケと食パンで作るコロッケパン」だ。
コンビニで6枚切りの食パンをワリカンで買い、練習スタジオの目の前にある肉屋で60円の揚げたてコロッケを買う。ここで「おばちゃん、ソース多めね!」と言うのを忘れてはいけない。スタジオの休憩スペースで食パンを分け合い、ソースたっぷりのコロッケを挟んで頬張る。コロッケを挟む前に食パンを少し潰しておくのがコツだ。

肉屋特製の甘辛いソースとコロッケと食パン。これが美味い。どうしようもなく美味い。
アツアツでホクホクでサクサクのコロッケは、ソースをたっぷりかけてもアツアツとホクホクとサクサクは変わらない。そこに少し潰したことで密度の高くなった食パンが噛み応えを与える。
食パンとコロッケ、一人当たり80円程度。それがこんなに美味いのは夢とパンをメンバーで分かち合って、分け合ったからに他ならない。
コロッケパンを食べながら夢を語り合っていた俺たちは1年後、プロデビューした。

あれから28年。今も同じメンバーでSOPHIAというバンドを細々とやっている。

ちなみに、給料日の翌日などには60円のコロッケではなく80円のメンチカツや120円のチキンカツにするという贅沢もした。メンチカツにはソースをたっぷりかけるが、チキンカツには「おばちゃんタルタルね!」と言うのが楽しみだったのも良い思い出だ。

俺たちも51歳になった。あの肉屋ももうない。
思い出が、若さが、こんなにも眩しいとは思わなかったよ。

でも、もう少しだけ夢の続きを見よう。

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