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国際バカロレア(IB)の魅力と、日本の学校教育における課題のヒント【003】

 日本の公立高等学校で働いている時、「探究」や「概念」をベースとした学びを授業に取り入れたいと思っていた私は、IBのカリキュラムについて学ぶことにしました。IBのカリキュラムを学ぶにあたり、国際バカロレア機構や文部科学省IB教育推進コンソーシアムのホームページをみたり、IBが開催しているワークショップへの参加し、また、「探究」や「思考力」に関する書籍を読みました。そこで私が感じたIB教育の魅力についてまとめておきたいと思います。
 IB教育の魅力について簡潔に言い表わすと「育てたい生徒像が明確で、1つ1つの学習を探究や概念をベースに丁寧に行う」ところです。

世界平和に貢献する教育(IBの使命)

 国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています。...IBプログラムは、世界各地で学ぶ児童生徒に、人がもつ違いを違いとして理解し、自分と異なる考えの人々にもそれぞれの正しさがあり得ると認めることのできる人として、積極的に、そして共感する心をもって生涯にわたって学び続けるよう働きかけています。(1)

国際的な視野をもつ

児童生徒はすべてのIBプログラムにおいて、複数の言語で学習を行うことが求められます。これは、 複数の言語でコミュニケーションを行うことは異文化への理解と敬意を育むためのすばらしい機会を与えてくれる、というIBの信念に基づくものです。それは、児童生徒が自身の言語、文化、世界観が数ある中の1つでしかないことを理解する助けになります。(2)

 「将来の変化を予測することが困難になる時代」に生きる私たちが、文化や宗教など価値観が違う人々がいることを理解し、共に幸せに暮らせる未来を築くためには、他者排斥ではなく他者尊重なのだということが分かります。
 グローバル化の進行により、世界中の人々が互いを支え合って生きています。『サピエンス全史』などで有名な歴史学者・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、アメリカTIME誌の中で、新型コロナウイルスの大流行について、グローバル化のせいにして脱グローバル化を掲げることは誤りだと指摘しています。過去の歴史を振り返ると、「分離」ではなく「協力」が感染症の大流行への対抗手段になるとしています。そのための教育の役割はとても大きいと考えています。

国際バカロレア(IB)の学習者像

 国際的な視野をもった児童生徒を育成するために、以下の10の学習者像を掲げています。

・探究する人
 熱意を持って学び、学ぶ喜びを持ち続ける
・知識のある人
 概念的な理解を深め、幅広い分野の知識を探究
・考える人
 批判的、創造的に考えるスキルを活用し、理性的で倫理的な判断を下す
・コミュニケーションができる人
 他の人々や他の集団のものの見方に注意深く耳を傾け、効果的に協力する
・信念をもつ人
 誠実かつ正直に、公正な考えと強い正義感をもって行動する
・心を開く人
 自己の経験や文化と同じように他者の価値観や伝統も受け入れる
・思いやりのある人
 人の役に立ち、他の人々の生活や私たちを取り巻く世界を良くする
・挑戦する人
 不確実な事態に対し、熟慮と決断力をもって向き合う
・バランスのとれた人
 知性、身体、心のバランスをとり、他の人々や私たちが住むこの世界と相互に依存していることを認識する
・振り返りができる人
 世界や自分の考え、経験について深く考察する

これらの学習者像を教育活動に取り入れていきます。

 これらの概念を教育活動に移していく時に、自分たちが行っている活動を常にフィードバックする必要があります。時間は無限にあるわけではなく、限られた時間の中で、最大限に効果を発揮できる活動を考えていかないといけません。そのために、何が必要で何をどの程度まで行うのかは、教員が時間をかけて考え議論する必要があります。

 日本の学校現場では既に行われている多くの業務内容を継続することが多く、授業においても「どういう子どもを育てたいのか、それを実現できるための教育ができているのか」を、一人ひとりの教員あるいは学校組織として振り返ることができていないように思います。しかし日本での授業内容に関しては、高校や大学の「入試」が大きく関わっているという問題も忘れてはなりません。

 あらゆる業務が重なり、目の前の業務をこなすことに追われてしまうことも多々ありました。教員が何かをじっくり考える、また教員同士で話し合う時間はあまり取れず、常に何かしらの業務が常に頭をよぎる状態です。私の経験上、勤務時間の中で生徒との関わりの時間を確保しつつ、学校の業務をこなしていくことは極めて困難でした。その日自分が何をしなければならないのかを把握するのが難しいぐらい、会議などの予定が混在していたのを思い出します。

国際バカロレア(IB)の4つのプログラム

 ディプロマプログラム(DP)が1968年にスタートしました。これは”大学への入学資格として国際的に認められることで、世界のどのような場所や文化圏においても継続して受講可能な教育として考案”されました。それが”異文化への理解と尊敬を促すというより深い目的に沿ったもの”となるのです。

「初等教育プログラム」(PYP、3〜12歳) 1997年〜
 PYPでは6つの教科横断テーマを探究します。

 「私たちは誰なのか」
 「私たちはどのような場所と時代にいるのか」
 「私たちはどのように自分を表現するのか」
 「世界はどのような仕組みになっているのか」
 「私たちは自分たちをどう組織しているのか」
 「この地球を共有するということ」(3)

 →最終プロジェクトに「発表会(エキシビジョン)」を実施

「中等教育プログラム」(MYP、11〜16歳) 1994年〜

 「アイデンティティーと関係性」「個人的表現と文化的表現」
 「空間的時間的位置づけ」「科学技術の革新」「公平性と発展」
 「グローバル化と持続可能性」(4)

 →最終プロジェクトに「パーソナルプロジェクト」を実施

○「ディプロマプログラム」(DP、16〜19歳) 1968年〜
 6つの教科とDPの3つの「コア」の必修要件で構成
 教科:「言語と文学(母国語)」「言語習得(外国語)」
    「個人と社会」「理科」「数学」「芸術」
 コア:「課題論文(EE)」「知の理論(TOK)」「創造性・活動・奉仕(CAS)」
 →最終プロジェクトに「課題論文(EE)」

○「キャリア関連プログラム」(CP、16〜19歳)
 キャリア関連教育を支援・補完するために開発されたプログラムで学校がそれぞれ職業教育やキャリア教育を行います。
 →最終プロジェクトに「振り返りプロジェクト」

 いずれも最終プロジェクトは、児童生徒自身の知識、理解、スキルを披露する機会となっています。

国際バカロレア(IB)に必要な「指導の方法」と「学習の方法」

 IB教育が掲げる目標を実現させるため、指導と学習の方法が定められています。

◯ 6つの「指導の方法(ATT)」

・探究を基盤とした指導
 児童生徒がそれぞれ独自に情報を入手し、独自の理解を構築することが重視されています。
・概念理解に重点を置いた指導
 各教科における理解を深め、児童生徒がつながりを見出し新しい文脈へと学びを転移させることを助けるために、概念の探究が行われます。
・地域的な文脈とグローバルな文脈において展開される指導
 指導には実際の文脈と例を用い、児童生徒は自分の経験や自分の周りの世界と関連づけて新しい情報を処理することが奨励されています。
・効果的なチームワークと協働を重視する指導
 児童生徒間でのチームワークと協働を促すだけでなく、教師と生徒間の協働関係もこれに含みます。
・学習への障壁を取り除くデザイン
 指導は包括的で、多様性に価値を置きます。児童生徒のアイデンティティーを肯定し、すべての児童生徒が自身の適切な個人目標を設定し、それを追求するため、学習機会を創出することを目指します。
・評価を取り入れた指導
 評価は学習成果の測定だけでなく、学習の支援においても重要な役割を果たします。効果的なフィードバックを児童生徒に提供するということも、重要な指導方法のひとつとして認識されています。(5)

◯5つの「学習の方法(ATL)」 

• 批判的思考、創造的思考、倫理的思考などの分野を含めた思考スキル
• 情報の比較、対照、検証、優先順位づけなどのスキルを含むリサーチスキル
• 口頭および記述によるコミュニケーション、効果的な傾聴、および議論を組み立てることなどを含むコミュニケーションスキル
• 良好な社会的関係を築いて維持する、他者の話を傾聴する、対立関係を解消する、といった社会性スキル
• 時間や課題の管理といった管理・調整スキル、および感情やモチベーションを管理する情意スキルの両方を含む自己管理スキル。(6)

 初めは抽象的で少し分かりにくいと感じましたが、この抽象的な表現を具体的にしていくのが教員の役割であり、自分ならどういうアプローチをするかと考えるようになりました。これまでは教科書や資料集などがあり、教える内容が決まっていました。しかし、IBについて学んでからはある程度の枠組みの中で「何をどう教えるのか」からスタートするので、自分自身も探究する者として、学び続けなければならないのです。つまり教える内容ではなく、求められる目標に向かってどう進めるのかという、いわゆる”逆向き設計”の考え方はとても重要だいうことです。

 参考までに、G.ウィギンズとJ.マクタイの著書「理解をもたらすカリキュラム設計-『逆向き設計』 の理論と方法 UNDERSTANDING by DE- SIGN」では、”網羅に焦点を合わせた指導(教科書の内容を全部やらないといけない)”と”活動に焦点を合わせた指導(活動はあるが学びがない)”が”双子の過ち”であると言われています。「何が必要で何を変えなければならないのか」、私たち教える立場にある者も批判的にそして論理的に考え、話し合うスキルと時間が必要なのだと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<引用文献>

(1)IB公式ガイドブック『国際バカロレア(IB)の教育とは?』 1貢

(2)(1)に同じ 3貢

(3)(4)、(1)の同じ 6貢

(5)(1)に同じ 8貢

(6)(1)に同じ 9貢

<参考文献>
・G.ウィギンズ、J.マクタイ著、西岡加名恵訳「理解をもたらすカリキュラム設計-『逆向き設計』 の理論と方法 UNDERSTANDING by DE- SIGN」日本標準(2012)

<参考HP>
・2020文部科学省IB教育推進コンソーシアム・IB公式ガイドブック『国際バカロレア(IB)の教育とは?』

・文部科学省「2030年の社会と子供たちの未来」・ユヴァル・ノア・ハラリ「人類はコロナウイルスといかに闘うべきかー今こそグローバルな信頼と団結を」Web河出(河出書房新社HP)(2020.3.24)

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