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【第3話】 移住か、別居か

◇城を更地に戻す感覚

 ンモー、困った。いつ八丈島から書類通過の通知が来てもおかしくないのである。夫はこちらの生活に未練がない。決まれば即座に荷物をまとめて、大海原へと旅立つであろう。私はついていくのか、それとも別居か。考えは何もまとまっていない。落ち着け、落ち着くんだ自分。

 どうしても引っかかるのは仕事のことなんである。そもそもフリーランスの人間にとって突然の移住とは、今まで築き上げた城をいったん更地に戻すことを意味するんじゃないか。発破でドカンとぶち飛ばして、ブルドーザーでザラザラザラーなんてやっちゃうわけですよ。嗚呼、宮大工の源さんに頼み込んで作ってもらった天守閣が~! 家臣たちの英知が注ぎ込まれたあの武器保管庫がぁ~!!

 ザラザラザラー。

 もちろんこんな人間ばかりではない。まず、今やってることに何の未練もない場合、この葛藤とは無縁であろう。あとは、メールや電話など遠隔操作が効く一部のIT関係者やイラストレーター。その他にも、名の通ったクリエイター(文筆、映像、工芸、ファッション何でも)は山奥に住もうが無人島に住もうが、その才能を求める人間が後を追いかけていくだろう。(本当はこのラインが理想なんだが)

 しかし現状……、しがないライターやカメラマンは「出向いてなんぼ」の商売。東京にはおもしろい取材対象や最前線のモデルさんがうじゃうじゃしているので、そこに根を下ろしているのはマスコミ系の人間としてかなりのアドバンテージだ。

 だから、まだ東京には気軽に通える距離にいたい。その点、八丈島はいくら飛行機で55分とはいえ、運賃が往復で約3万円もかかる。朝か夜にまたがる仕事なら、前乗りや後泊で、プラスホテル代。そんなにコストが高い人間に依頼する人は、もやはいないだろう。幸運にも仕事が連続した日になれば、どれかの仕事を「交通費稼ぎ」として割り切れるだろうが、基本的に相手あっての商売。そんな幸運にすがるのは楽観的すぎて、おてんと様が笑っちゃうよ。

 拠点を移すにしても、今の関係を崩したくない場合は、ある程度の移行期間は必要だろう。移住先の面白ネタを売り込んでおくとか、遠隔のやりとりでも大丈夫なフローを整えておくとか。

 みんなはどうしているんだろうか? すでに田舎移住を決行しているマスコミ界の先人たちは。


◇モデル・ライター・漫画家たちの移住

 最近は若者の田舎暮らしブームもじわじわ始まっていて、徳島県とか広島県の尾道などにはクリエイターのコミュニティもあるらしい。

 例えば、ファッションモデルをやっていたJくんはフランス人と日本人のハーフ。都内の実家に住んでおり『MEN'S NON-NO』『smart』などのグラビアを華やかに飾っていたのだが、あるとき急に思い立ち、「徳島県で梅を栽培して加工品として売ろう」という結論に至った。徳島には、古民家のシェアハウスがあり商売もそこでやっていいという場があるらしい。写真を見せてもらったら、「なんでこんなところに!」と叫んでしまうほどのイケメンたちが粒ぞろい。なにこれ月9の世界??以降は、1年のほとんどを徳島で過ごし、たまーにモデル仕事をしに東京に戻ってくるという生活。実はJくんには、新婚ホヤホヤの奥さん(同じくハーフモデル)がいたのだが、彼女は同行せずに彼の実家に居候していた。そう、別居を選択したのだ。当時は「ついていかないの??」とびっくりし、若干非難めいたことも口走ったかもしれないが、今なら彼女の気持ちが痛いほどよくわかる。ごめんよ。マジで。

 移住ライターの成功事例として、真っ先に思い浮かぶのは北尾トロさんだ。

 裏モノJAPANや裁判傍聴本、その他もろもろ体当たりノンフィクションの大先輩である。トロさんは、2011年の原発事故をきっかけに東京から長野に移住。お子さんと奥さんを守るためだ。今は東京の事務所と松本の自宅を往復する生活を送っている。当初はさすがにお疲れの様子で心配したけど、最近は移住先の土地柄にうまく乗っかり『猟師になりたい!』(信濃毎日新聞社)という本も出された。(ちなみに連載の第2回で登場するトロさんの後輩とは、私のことである)

 トロさんは、実力もネームバリユーも申し分ないけれど、逆に元は仕事がうまくいっておらず東京に未練がなかった人の例としては、漫画家のつるけんたろうさんだ。

 つるさんとは面識がないが、夫が購入してきたコミック『0円で空き家をもらって東京脱出!』(朝日新聞出版)で知った。漫画家としてなかなか芽が出ず、年収は200万円以下。友人に誘われ、たまたま観光で訪れた広島県尾道市に心を動かされ、勢いで移住する。奥さんも一緒についてきた。修繕できずに放置してあった一軒家をタダで譲りうけ、来る日も来る日もDIY。しかし、そこでつるさんの才能が花開く。もはやプロ級になった大工仕事の腕前と、本来持っていた創作意欲が合体! 内装が独創的なゲストハウス「あなごのねどこ」のデザイン制作などで一躍注目を浴びることになったのだ。

 ちなみに、不動産・住宅情報サイト「HOME’S」が行ったインタビューで、「見知らぬ土地への移住で、家族(奥さん)の反対はなかったのか」という質問につるさんはこう答えている。以下引用。「妻はそれまでずっと実家暮らし。どこかへ出たいと思っていたところはあるのでしょうが、それと移住のタイミングがちょうど合ったのでしょう、淡々と引っ越すことになりました。ただ、もし、これが自分の実家がある熊本だったら、事情は違ったかもしれない。2人ともに知らない土地。だからうまく行ったのでしょう」。

 その後のつるさんは、持病の腰痛が悪化してしまったようで同施設の運営からは離れることになったらしいけど、今もメディアにちょこちょこ出てらっしゃるみたいだし「地元で活躍」と連呼されていたので、きっと活躍されているんだろう。と、勝手に結論づけて次に進む。


◇オープニングスタッフになろう!

 ある程度売れているか、まったく売れてないか。それだと移住へのハードルが下がるように思える。私は中途半端なのだ。まぁ、知名度とかそういう軸ではないけれどさ。

  ――と卑屈になっていたが、そんなこともボヤいてみるもんで、図らずとも周囲には自分と似たような悩みをかかえる仲間「悩める移住予備群」が存在していることがわかった。私が移住グチをこぼしていたから、カミングアウトしやすかったんだろう。

 「移住か別居か問題」にヒントをくれたのが、イベント関連のフリーランス、Nさんだった。彼女も悩める移住予備軍。Nさんの夫は交際中から「いずれは関西の地元に帰る」を公言しており、Nさんがそのまま結婚した時点で「承諾したもの同然」という暗黙の了解が成立してしまっていた。実はNさんは関西で生涯を送るなんて、まったく希望していないんだそうな。だがしかし、彼の「いずれは」が今年になって急加速。彼の故郷での仕事口もトントン拍子に決まりつつあり、下手したら年末には、関西行きが決定するかもしれないという。彼女はフリーランスになって間もない。やっとこの先を見越して、何か仕掛けようと思っていた矢先だ。奇遇すぎる。私とだだかぶりな窮地ではないか。

 こうなったら急遽作戦会議だ。池袋のモツ鍋屋にて、杯をつきあわせる。実は家を出る前に、例の八丈島からの書類選考の結果発表がポストに届いていたのだが、開封せずに残してきたのだった。夫には「結果が来たよ」とだけLINEで連絡を入れておいた。

  作戦会議の再重要テーマは、「即移住か、別居でスタートさせるか」。

  自分のことしか考えていないガキ脳の私と違って、Nさんは「彼の夢は叶えてあげたい、でもあの地に骨を埋める覚悟はまだどうしてもできなくて」と愛情の狭間で揺れていた。結婚してから3年間、常に頭の片隅から離れなかったという。私なんかたかだか1週間でこの精神崩壊っぷりですからね、それはそれはシンドかったと思う。

 Nさんは仕事に影響ない知人数名に相談したところ、「最初は旧住まいに残って、ダンナが移住先で生活を落ち着かせたころに合流して新生活をスタートさせればいいじゃない」という意見が多かったそうな。だがこれは子どもがいる場合。環境、食生活、学校のこととか、気を遣うもんねぇ。しかしNさんも私も現状子どもはいない。だから何となく後ろめたいし違和感がある。だって引っ越しと言えば、私もオトナになってから4回ほど経験あるけど、毎回それなりのアドベンチャーですよ。そこを一緒に乗り越えなくて何が夫婦かねぇという気もなくはない。

  ふと頭に浮かぶことがあった。

「そういえばNさんって、居酒屋とかのオープニングスタッフってやったことあります?」

 「え? あるよ」

 「私は経験ないからあくまで想像なんですけど・・・、店を1から作りあげた共通体験のあるメンバーって結束強くないですか?」

 「うんうん! それは物凄くある! いい思い出だったかも」

 「じゃあ、うちらもオープニングスタッフやっとかないとマズくないですかねぇ。例えば10年後に一緒に酒飲むとして、この絶好の思い出話を肴にできないって、なんだか悲しくないですか? こりゃ後々響きますよ。オープニングスタッフじゃなかった過去は取り返せませんからね」 

「わ、それはマズイね。とりあえずはオープニングスタッフやっとかなきゃ」

「まずはオープニング限定スタッフで入って、一度抜けてまた戻ったとしても、その後受け入れ態勢が全然違いますよ」 

「限定1カ月ぐらいなら、なんとかなりそうだわー。そうしよう」

 「そうしましょ、そうしましょ」

 1カ月程度の休みなら、遠隔操作を含めて何とかなるだろう。最初は夫の生活立ち上げを手伝って、その後東京に戻ればいい。私たちは、問題が解決したとばかりに歓声を上げて肩をたたき合った。最終的には「引っ越しを一緒にしないと、自分のテリトリー確保にも支障が出る。だからスタートは同居すべきだ」という矮小な結論でなんとなくまとまり、店を後にした。


◇ついに書類選考の結果が

 終電近くになって家に戻ると、夫も同じぐらいの時間に帰っていた。八丈島町役場からの書類選考通知を開封する。不合格だった。正直意外だった。

「くそー、なんで落ちたんだよ。出来レースか?」

「きっと“ちゃんと二人で相談して住む場所決めなさいよ”っていう神様のメッセージだよ」

 肩を落とす夫に、ここぞとばかりに刷り込んだ。彼にはかわいそうだけど、私たちはやっとスタートラインに立てたのかもしれない。

                             (続く)

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