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十字架に雨が降る。



 ―あぁ、神様。
    僕はこのどうしようもない世界が全て
    壊れてしまって欲しいと願ってやまな
    いのです。―


                                  (1)

暗い部屋の中に立ち込める異臭・異臭・異臭。

息をする度に血と饐えた臭いがする。
口の中は切れてしまってじくじくと痛んだ。

暴徒化した信者達が神父様もシスターも他の子供たちも皆殺してしまって、壁に貼った絵も礼拝堂のステンドグラスも明日の楽しみに取っておいたアップパイも全て一夜にして失った。

まるで悪魔の様な顔をした信者達の顔を、僕は一生忘れられないだろう。

鈍器で殴られたお腹と足が痛む。足はきっと折れてはいないけれど、出来れば目を背けていたくなるほどに腫れていた。

(こんな森の中だから助けが来るのはいつになるだろう。上手く生き延びても餓死するかもしれない。)

"死"という言葉が頭を掠めると、それは徐々に鮮明になって体をカタカタと震わせた。

(ねぇ、神様。あんなに毎日お祈りしたのに幸せが壊れてしまうのは、やっぱり僕が悪い子だからなのでしょうか…。)

割れた窓から射し込む光を見つめて、それから膝を抱えた。少しでもこの体の震えが止まって欲しいと思った。

ふと、足音が聞こえる。

一通り壊していった奴らがまた戻ってきたのかもしれないと思い痛む足を引きづりながらそっと扉を閉じた。鍵を閉じるのは音が響いてしてしまうからやめておく。

足音は近づいてくる。エトワールは足音と共に耳に届く微かな声に聞き覚えがあった。

(リズだ…、生きてたんだ!)
リズは僕と同じ孤児院で暮らしている歳の近い女の子だ。彼女も何とか生き残っていたらしい。

トントン、トトン。
二人で秘密の合図を作っては遊んでいたのを思い出して、その時によく使っていたリズムで扉をノックする。

トントン、トトン。トントン、トトン。
ノックを続けていると足音はこちらに向かって一歩、また一歩と歩いてきているようだった。

扉の前でピタリと足音が止まる。

「合言葉は?」
僕は問い掛ける。

「赤い林檎」
リズはそう答えると扉を開けた。

「エトワール…。」
「あぁ、僕だよリズ。君も生きていたんだね。」
「えぇ。」

月明かりに照らされたリズは血塗れで、手には愛用のナイフが握られていた。

血濡れの手で僕の手を取る。

「行こう。」
「行くってどこに行くんだい?」
「分からない。でももうここには居られないでしょう?だから一緒に何処かへ逃げよう。」

焦点の合わない目は疑いの余地もないという程に黒く澄んでいて、掴まれた右手はぎりぎりと爪が食い込んでとても痛かった。

思えば、この時彼女の中の何かがショートしてしまったんだということを僕は感覚的に感じ取っていたんだろうと思う。

「分かった、行こう。」
無理やり作った笑顔は我ながら歪だなと思ったけれど、気にせず歩き出した彼女の後ろを付いて歩く。

協会の外は雪がちらほら降っていて、吐いた息は凍ってしまいそうだった。リズの纏う赤色が冬の白によく映えていて、赤色のコートが似合いそうだなんて場違いな事を思う。

どれくらい歩いただろうか。街に向かっていると思っていたのに一向にたどり着く様子はない。

「こっちで合ってるのかい?」
返答はない。

「ねぇ、」
再び声をかけると、リズは足を止めた。

「…。」
「どうしたの?」
「大丈夫だからね、エト。」

そう言うとリズは手を離して木の裏に潜む人影に近付いて優しく微笑んだかと思うとそれを抱きしめた。

…かように見えた。
人影はずるりと腕の中から落ちて動かなくなって、リズはナイフに付着した赤黒いそれを拭きながら息絶えたであろう塊を焦点の合わない瞳をギラギラさせながら見下ろしていた。

そしてそのまま力尽きたように崩れ落ちる。
「リズ…っ」

痛む足を無視して駆け寄ると、ただ気を失っているだけのようだった。安堵したのもつかの間、ドン、という衝撃を首に受けてそのまま僕も気を失った。

遠のく意識の中で、微かにオキザリスの花の香りがした。