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もしも君が泣くならば

「わたしのどこが好き?」

恋人同士でこの台詞がでたら、もう絶対この後いちゃいちゃする。
若いひとたちなら尚更する。まだ、僕が18歳で彼女は16歳だった。
そりゃあ、性格的なものだったり、機嫌が悪かったりすれば、無理だっていう人もいるだろうけど、僕はそうじゃなかった。
むしろ、そういうのが好きだ。
「I’’s」、「いちご100%」、「君に届け」は全巻読破している。これは恋愛マスターですわ(過言)。

でもね、そうじゃない。
これはね、シチュエーションが違った。

いちゃいちゃの前触れのやつじゃなくて、むしろ、逆のやつ。反語のやつだった。正しくは以下の通り。

「わたしのどこが好き?(好きじゃないよね。こんなに面倒くさいし魅力もないし)」

僕は反応に困った。


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シチュエーションは夜。公園。
別に待ち合わせとかしてたわけじゃない。バイト帰りに公園に寄ったら誰かがすべり台(巨大なタコ型)の上にいた。
え、こんな夜中に?もう10時過ぎてるぜ。怖い!と思って帰ろうとしたら、見覚えのある原付が停まっていた。彼女の原付。

タコの上にいるのは彼女だった。

え?どうしたの?
タコによじ登っていって問いかけても返事がない。体育座りで俯せのまま。
夏の夜だったし、これは心霊体験かもしれないと震えながらも、彼女(おばけ疑惑あり)を家に帰らせないといろいろ危ないので、肩をゆすり続けた。

すると、彼女が急にバッ!と顔をあげた。
僕はひぃ!と声をあげて後ろずさる。

彼女の顔を確認する。しっかりと目口鼻がついている。のっぺらぼうのパターンではなかった。

彼女は「ほっといて」と言って、俯せに戻る。

おわ!頑なだな! 僕は心の中でリアクションをとって、しばらく彼女を見守ることにした。寝たら風邪をひくかもしれないので、3分置きに肩を揺すって彼女が寝ないようにする。

僕がだんだん面倒くさくなってきて肩揺すりの間隔を3分置きから5分置きにシフトしようとしたとき、彼女が再び顔をあげてこちらを見た。

「………わたしのどこが好き?」

彼女の目には涙がにじんでいて、声はくぐもっている。

僕は返答に困った。
いつもなら、眼が大きいところが好き!優しいところが好き!悪口を言う前に溜めをつくる癖が好き!とかいくらでも言えるんだけど、そういうのじゃないのだろうなと思った。
そういうのを求めてるんじゃない。

彼女のことが好きなのは前提として、それを伝えるのをどうすればいいか、これはなかなか難しい。難しいけど、正面から向き合いたい。

「君のことは好きだけど、なかなか言葉で伝えるのは難しそうだから、ハグしたいと思います」

「いやだ」

ショックだった。断られると思わなかった。
ん? 待てよ。もしかしてふざけてると思われてるのか?

「ふざけてないよ」

「……」

無視された。ひどいと思います。
仕方がないので、彼女に接近してあぐらをかいて座る。
そして彼女の脇腹のあたりを掴んで持ち上げ、僕の膝の上にのせる。

「やめろ!」

水揚げされた魚のように暴れる彼女。抑え込む僕。
気分的には総合格闘技だったけど、端からみるとかなりヤバいなーと今更ながら思う。
そのうち、暴れ疲れたのか、観念したようにぐったりした彼女。
僕はハグしている腕の力を緩める。

すると、これを狙っていたのか、彼女がまた暴れ始めた。
しまった! フェイントだ!
僕はあわてて腕のホールドを戻す。間一髪、なんとか抑え込む。

これを何度か繰り返した後、僕の腕の中で彼女がぐったりと動かなくなった。疲れたのだろう。目をつむっている。

そろそろ、トークしてもいいだろう。泣いてた理由とか気になるし。

「あのさ」「ちょっと寝る」

僕の言葉を遮って突然の寝る宣言。すぐに寝息をたてる彼女。

何も言えず、ただ彼女を抱えている僕。
夜空が白んできた。


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結局、なぜ彼女が泣いていたのかはいまだに分からない。
一度、ふと思い出したときに聞いたことがあるけど、はぐらかされてしまった。

あれから数年が経って、婚姻届けを出す前日に両家の顔合わせをしたときに、この人のどこが良かったの?と親戚のお節介おばさんが彼女に聞いた。
彼女は「普段はいろいろ鈍いけど、たまに普通の人が気づかないことに気づいてくれます」と答えた。

ごめん。本当は気づいてないんだ。
僕はニコニコして場をにごした。

最後まで読んでくれてありがとー