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小説まとめ

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今までにあげた小説です。ショートショートです。
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#note文学系批評会

コミュニケイション・ブレイク・ダウン

 わたしはあなたの帰りを待っている。だってわたしにはそれくらいしかできないんだもの。掃除も洗濯も靴磨きもできないし、夕食の用意もまるでできない、わたしは愛玩動物のようにただあなたを待っているだけ。そんなわたしにあなたは愛想を尽かしてしまうかしら? いいえ。あなたはいつだって優しく微笑んでわたしに愛情をそそいでくれるの。だから、わたしはあなたを待っているのだし、そうでなければわたしはとっくにこの世か

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最終電車

 たとえば、この少女の住むアパートが駅から5km以上距離があったり、少女が決意を固めるまでにあと5分以上時間がかかったりしたのならば、この物語は成立しなかっただろう。しかし、現実に少女の住むアパートと駅との距離は3km程度であったし、少女が決意を固めるまでにはそれほど時間は必要なかった。運命論者はこの事実に感動するのだろうし、ニヒリストはただの偶然だと鼻で笑うだろうが、少女はそのどちらでもなかった

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部屋

 その部屋は決して広いとはいえなかったが、かといって狭いという風でもなかった。部屋の中には彼一人しかいなかったし、壁も天井も床も白い色をしているために実際よりも広く感じさせるのかもしれない。部屋を取り囲む壁は傷一つなく歪みもない完全な平らであるために固い感触を想起させたが、じっと見つめているとなぜだかそれほど固そうにもみえない。ただ一か所のシミもない白さのせいなのかなんだか輪郭がぼやけているようだ

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珈琲ミルク

 美術館にいこう、と言われて断らなかったのは自分でも意外だった。誘った当人の真弓も少し驚いているようだったから、恋人が死んで2週間の女性が友人に美術館に誘われた場合、断るのが一般的なのだろうと思った。きっと、暗黙のルールがあるのだ。きっと、恋人が死んでから数ヵ月間は美術館にいってはいけないルールがあるのだ。でも、わたしは美術館にいった。ルールを破ってしまった。だからどうということはないけれど。ただ

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 件(くだん)って知ってるか? まあ、お前は知らないと思うけどな。だって、お前が転校してきたのって1年の2学期だったろ? いろいろあったんだよ。俺たちの学年の入学当初にな。まあ、それは後で話すわ。順を追って説明した方がいいだろ。

件っていうのは、まあ、妖怪の一種だな。河童とか天狗とかの、あの妖怪だ。体は人間なんだけど、頭が牛なんだ。ほら、「にんべん(イ)」に「うし(牛)」で「件」だろ? ごくまれ

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