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紫陽花、エクセルシオール ( 2 )

彼の家の前に着いたとき、明かりが点いていなかったので
ああ留守なのか、そう思った次の瞬間、明かりが点いた。
帰宅したばかりなのか、それとも。
 
とにかく家に入った。
あの慎重な彼が合いカギをくれていたのだろうか?
思い出せないが、家に入れたからもらっていたのだろう。
 
玄関には女性の靴があった。
あーあ。ブスなあの子がいるのかよ、会いたくない。
でもそれより何より、彼と今日別れたい。
そう思いながら階段を上がると、
そこには彼と、見たことのない女性がいた。
まったく美人じゃない、ひたすら地味な女だった。
 
当然、彼はたいへんに驚いていた。

「ちょっと話せる?」

彼を外に呼び

「あの人は? 彼女?」

と聞くや否や、

彼はジャンピングお辞儀の勢いで頭を下げて

「ごめん別れてくれっ」

と言った。

わー。私から別れるつもりだったのに。ていうか、ドラマかよ。
心配した彼女も近くに来て、家に入って3人で話そう、となった。

「彼はそれぞれと話すと、それぞれに違うこと言いそうだから」

と彼女は私に比べて冷静だった。

このときに私は、

「3人で話すなんて地獄じゃねーか、絶対イヤだ」

と思うと同時に

「だがネタになる」

と好奇心が勝ったことを鮮明に覚えている。
 
部屋に入って、いろいろなことが明らかになっていく。
彼女は彼と同郷で、年は30歳前後。
その時点で5年以上付き合っていたのだった。
遠距離恋愛でバレにくいのをいいことに、
私とキレイに二股をかけていたのだ。

それでも、月に一度は彼女とデートしていたことも判明した。
あとでスケジュール帳を見返したら、私と彼は毎週末デートしていたけれど、
必ず月に一度はデートしていない週があった。
仕事だとか友人が来るだとか、その都度彼は理由をつけていて、
おめでたい私は微塵も疑っていなかった。
 
何がイヤだったって、今でも覚えているのは
ふだんは花なんてない彼の部屋に紫陽花が活けられていたことで、
ただでさえ当時は陰気だと思って嫌いだった紫陽花が活けられていたのは、あろうことかペットボトルだったのだ。
ペットボトルに花を活ける。
紫陽花も花屋で買ったものではなくその辺で切ってきた可能性がある。
貧乏くさすぎて反吐が出そうだった。
 
彼女の貧乏くささ攻勢はつづく。
6月生まれの彼の誕生日が近かったので彼女からの誕生日プレゼントが置いてあったのだが、
それはユニクロの服数点だった。
冷蔵庫には彼女手製の梅干しが入れられていた。
どこまで貧乏くささをコンボしてくるんだこの女は。
こんなにも徹底して貧乏くさい「家庭的」カードを出してくる女が好きなのか…
彼は青学出身とかDJとか広告会社勤めとかで固めてセンスいいと思ってたのに、
ただの田舎者じゃねーか。
講座の浮気相手の子もブスだし、
この女も地味×貧乏×田舎くささのかたまりだし、
東京生まれ&育ちで顔もかわいいと自分で思っていて、
彼氏の誕生日にはブランド品をあげるものだと信じていた私のプライドは見る影もなかった。
 
悪いのはお前の下半身だ! とばかりに彼の股間をめがけてキックしようとしたら
彼に手ではじかれて、自分の足を痛めた。
かわいい私のかわいい足が...
 
彼女の方が、

「私たちはもうしばらくセックスしていなかったのはこういうことだったんだ」

とさびしそうに言った。
案外、彼の股間は一途だったのか...。
 
気持ちが収まらない私は、生まれて初めてグーで彼の顔を殴ってみた。
非力なのと技術がないのでボコボコにはできなかったが、
あとで聞いたところ内出血で顔面が青くはなったらしい。

依存がひっくり返ると憎悪に変わる。
自分の言動が過剰なドラマチックさをまとっている一方で、
頭の一部は至極冷静だった。
だからこそ、どうしていいか、どうしたいのか、分からなかった。 


つづく

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