「無頼伝 涯」──福本伸行がティーンエイジャーに向けた、その”濃すぎるメッセージ群”。


 孤立こりつせよ・・・

 人は・・・・ 世界が・・・・ バラバラに・・・・
 バラバラになれと・・・・ 撒かれた種だっ・・・・!

 だから・・ 孤立こりつせよ・・・・!

 

 もう冒頭からこれ。

 「無頼伝 涯」って漫画が、私は福本伸行作品の中では下手したら一番好きかも知れないなってお話。
 福本伸行といえば「カイジ」だったり「アカギ」だったり「零」、賭博を主題にした漫画を多く描いていて、実際それらが代表作だろうなーって思うんだけれど、私が好きなのがこの「無頼伝 涯」。

 まず面白い事に、この漫画の掲載誌が週刊少年マガジンなんだよな。
 2000年だから……1986年生まれの私が中学生とかの頃かな。
 当時は「Get Backers~奪還屋~」とか「SAMURAI DEEPER KYO」とか「勝負師伝説 哲也」とか「GTO」とか「ラブひな」とか「魁!クロマティ高校」とかが連載されていた時代だ。
 この頃はマガジン本誌買ってたからよく覚えてるよ。
 既に押しも押されぬ大人気漫画としての立ち位置を獲得していた「はじめの一歩」は沢村戦とかだったっけ……? もう新型デンプシーロールとか発展型デンプシーロールとか完成形デンプシーロールとかデンプシーロール破り破り破り破り破りとか、なんかもう一歩がデンプシーロール芸を始めていた時代だった気がする。
 思えばデンプシーロールって技が”漫画的に”強すぎたんだと思う。


 まぁいいや。
 「無頼伝 涯」の話だな。

 簡単にあらすじを説明すると……。

 施設を出て占拠屋(競売物件に居座って居住権を主張する違法行為)をして暮らしていた自立心が強い主人公の中学生・工藤涯くどう がいは、同級生の大企業グループの息子・平田に誘われた事から、平田グループの会長殺害の濡れ衣を着せられてしまう。
 「はめられたんだ・・・・っ!」
 逃走劇の末に警部・安倍との対話によって警察に投降した涯は、「人間学園」と呼ばれる監獄もかくやという過酷な更生施設に送られ、施設の課長・澤井が主導するおよそ人間とは思えない扱いの指導、辱めを受ける事になる。
 それでも涯が逆転無罪の鍵となる平田会長殺害時の防犯カメラの映像を奪取し、学園からの脱走を企てた頃、利害関係の一致から涯と共闘する事になった警部・安倍もまた防犯カメラ映像の穴に気付く。
 最後は涯が人間学園の仲間と共に立ち上がり、命を賭けて平田らの不正を暴き、ようやく自由を獲得し……。

 ……というお話。
 だいぶと端折ったけれど大まかに書けばそういう、「冤罪から不当な扱いを受けた少年が抑圧から開放され、逆転する話」と書けば良いのかな。

 テーマは冒頭にもある通り「孤立せよ・・・っ!」なんだと思う。
 このフレーズは物語の最初と最後に一回ずつ流れるので、まぁ、そこまで物語を読み込むのが上手じゃない私でもさすがにそうなんだろうなと。

 それでも涯は人間学園を脱出するために警部の安倍や同じく収容されていた少年たちとチカラを合わせる事を学んでいったり、類まれなる格闘センスを持ちながら絶対に勝てない相手には”小爆発”とも言える無謀な抵抗を繰り返しては敗けてしまう自分を「悪癖」と断じたり、決して孤立一辺倒な人間性という訳でもない。
 むしろ孤立せよ・・・・っ! と凝り固まっていた主人公が、逆境にあって少しずつ他人との関わり方を変容させていく成長譚と読み取る事もできる。

 特に2巻に収録されているエピソードが好きで、当時は単行本も買っていなかったのでマガジン本誌で何度も読み返した記憶がある。

 以下、部分的に抜粋して。

 中学2年生、13歳、夏。
 先に行きたかった・・・・!
 放たれたい・・・・・・! 体を包むこの緩慢な空気・・・・・・!
 「だれ」から離れたいっ・・・・・・!

 いつも 聞き流していた あいつらの話・・・・・・
 あいつらの事なんだから・・・・・・と
 我慢した 我慢しながら 不思議でたまらなかった・・・・・・・・・!

 喰わせてもらってるくせにっ・・・・・・・・・!

 (中略)

 この事で言い争いになり・・・・オレは立ち尽くした・・・・・・!
 そうだ・・・・ その通り・・・・・・!

 文句こそ垂れないものの・・・・・・・・・・・・
 オレも施設の庇護の下にあって・・・・・・・・・・・・

 オレも奴らと同類だった・・・・・・・・・!
 あの半端人間どもと・・・・!

 (中略)

 どうして・・・・・・? どうして届かない・・・・・・?
 オレはオレに依って 生きて行きたいだけなのに・・・・・・!

 オレはもう・・・・
 少年でいたくないだけなのに・・・・・・!


 抜粋ここまで。

 やばくないですか福本伸行。
 因みにこうして施設を家出するような形で数千円の全財産を持ってホームレス同然の暮らしを数日続けて、廃屋同然のアパートでひっそり寝泊まりしているところであらすじに書いた占拠屋と出会うんだけれど。

 こういう濃すぎるメッセージを週刊少年マガジンのメインターゲットたる思春期の少年少女らにブチ撒けてくるからやめらんねえ。こんなの中学生時代に浴びせられたら私もこんな大人になっちまうよなって感じがする。いや、人のせいにするのは良くないな。オレはオレに依って生きて行きたいだけなんだからな。孤立せよ・・・・っ! なんだろう。たぶん。知らんけど。

 ボリュームは全5巻。
 終盤がやや駆け足な感じもあって、調べてみるとどうも打ち切りだったという話もあるんだけれど、私は最終盤の涯の行動とかも含めてしっかり描き込まれていたと思うし、どちらかと言えばキレイにまとまっている作品という気がしている。
 荒木飛呂彦の「バオー来訪者」も全2巻だけどしっかり一本の作品として物語の筋が通ってるじゃない。私はこの「涯」もアレと同じ香りがするんだよな。余分な贅肉を削ぎ落としてメッセージ性を前に出した作品と感じているよ。だったら打ち切りだろうと、作者本人に失敗作と断じられようと、私はこの作品好きだなぁって思う。

 連載時期は00~01年。新世紀を迎えたものの社会情勢だってなんだかドンヨリとしてた時代だったし、そんな時代を生きるティーンエイジャーに向けて福本伸行が打ち出した、思わず一気読みしてしまう強烈過ぎるメッセージの数々。

 たまに開くと「やっぱ面白いなこの漫画」って、私は思っちゃう。


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