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3. マーケットとの格闘(下)

この回では、マーケットでの勝利が必ずしもプロジェクトの勝利ではない例を紹介している。成功したプロジェクトのように見えて、そして援助する側は大はしゃぎでも、その裏では、そのようなプロジェクトが裨益者をさらに悲惨な生活に追いやるということもある。

3. マーケットとの格闘(下)

 このような Income generation プロジェクトで悲惨なのは、実は利潤があがるケースなのだ。そこに Income generation プロジェクトの難しさがある。次のようなケースを考えてみよう。

 ある地元のNGOが、革ジャンを製造する Income generation プロジェクトを計画した。なぜ、革ジャンなのか? このNGOのディレクターは実は地元で手広く商売を営む裕福な商人の一人であった。マーケットを知り尽くす彼は今何が売れるかを良く知っていたのだ。最近、共産主義から資本主義へ移行した近隣国のバイヤー達がこの国で製造される革ジャンの安さに目をつけ、ここで買い付けて自国で値を吊り上げて売ることによって荒稼ぎをしていた。革ジャンは製造すれば飛ぶように売れるのを彼は知っていた。

 また、ジェンダー問題に造詣の深い彼は、この Income generation プロジェクトを「女性の自立」のためのプロジェクトにすることにした。難民キャンプには戦乱で夫を失った未亡人がたくさんいた。子どもをかかえて夫を失った最も弱い立場にいる彼女たちに希望を与えたいと彼はプロジェクトを売り込む提案書に書いた。ある国連機関にこのプロジェクトを売り込みに言った彼は、すでに富も名声も手にした自分は今、難民援助という形で社会に貢献したいとも訴えた。彼のマーケットの知識と実績、ジェンダー問題に対する配慮が効いたのか、あるいは彼のフィランソロピーな精神が功を奏したのか、彼は、500万円の予算をまんまと手に入れた。

 彼はすぐに素材に使う革やボタンやジッパー、ミシンや裁縫道具一式すべてを、難民のためだと恫喝して知り合いの卸業者から限りなく安く仕入れ、作業場所を整え、難民の女性を集め、革ジャンの製造を開始した。最初の50着の完成品はすぐに売れ、その後は捌ききれないほどの注文が入ってきた。彼はプロジェクトで働く女性を増やした。一着完成につき、彼は100円を払うという大判振る舞いをしたので、このプロジェクトは大変な人気になった。革靴一足作って10円しかもらえないプロジェクトについてはみんな良く知っていたのだ。

 どんどん革ジャンを製造するが、それでも注文に間に合わなくなってくる。かつ、これ以上雇っても作業場所もない。彼は労働時間を増加することにした。最初は、午前中だけ働いて、午後は子どもの世話をするために家に帰る女性が多かったが、今は、全員午前と午後働いている。彼はそれを条件にしたのだった。この職を失いたくない女性たちは全員この条件をのんだ。それでも、生産は追いつかず、週休2日を1日に減らし、やがて休日を返上して仕事をしない者はプロジェクトからはずされるというウワサが流れ、女性全員が早朝から日が暮れるまで休みなしで働くようになった。

 難民キャンプの外ではこの革ジャン一つ製造するのに500円の工賃が必要であった。つまり、難民の女性たちはマーケットの五分の一の低賃金で働かされていたのだ。彼は完成品を他の製造業者よりほんの少し安く、しかし、ほとんど同じ値段で売りさばいていたから、莫大な利益を得ていた。難民キャンプでは、このNGOと国連のマークがべったり壁に描かれた、女性だけの皮ジャン製作所が常にフル回転で稼動している。そこで極端な低賃金と劣悪な労働条件の下で、女性の難民たちは絶対に失うことのできない収入源をいつ失うかという恐れを常に抱きながらほとんど奴隷労働のような仕事を続けている。日本風に言えば「女工哀史」状態になっていたのだ。

 これもフィクションであるが、まったくの作り話ではない。私自身が知っているある具体的なケースを念頭に置いて書いている。このNGOのディレクターが、最初から女性の難民の搾取を目的に巧妙に計画を練ったかどうかというのは、あまり本質的な問題ではない。チャンスさえあれば悪いことを考える人はどこにでもいる。問題は、先に述べたように難民が労使関係において著しく弱い立場にいるということだ。「女性の自立」のための Income generation プロジェクトという装いの影で実際に行われているのは、普通の経済活動である。但し、援助活動という装いを利用して一般の経済活動のルールの外に置かれている。

 最初の靴製造の例では、プロジェクトの製品はマーケットでは勝負にならなかった。だから、のんびりと援助プロジェクトを楽しむことができた。しかし、プロジェクトの寿命は予算がなくなった時に尽きるわけだから、sustainability も self-reliance もまったくない。

 二つ目の例では、マーケットで堂々と勝負できる製品を生産した。
しかし、それ故に、マーケットの論理がまったく無防備な難民を食い散らかすことになった。

 最初に述べた結論を繰り返すと、Income generation プロジェクトの難しさは、「援助」と「経済」が出会うということにある。それを念頭において設計されていない Income generationプロジェクトはすべて失敗する。もしくは、裨益者であるべき人々の搾取の片棒をかつぐことになる。

 sustainability や self-reliance  や「ジェンダー」などというBuzz word(注)を嬉々としてまき散らして書かれたプロジェクト提案書を数限りなく見てきたが、このような Income generation プロジェクトの本質的な難しさを打開する方法を練っているものは非常に少ないのが実情だ。むしろ、女性の尊厳を切り売りするようなプロジェクトが横行したりする(これについては『カブール・ノート』に書いたのでここで繰り返さない)。

労使関係というよりも、社会関係、経済関係全般における、難民の圧倒的な弱さは、ぽろりぽろりとメディアに現れる、援助関係者が援助物資と引き換えに難民に性行為を強要した事件や国連平和維持軍兵士の買春などで、より鮮烈に現れてしまうが、地味な援助プロジェクトでもそれは利用される可能性は常にあり、地味ゆえに見えにくく、たちが悪いとも言える。

注)Buzz Word :(素人にはわかりにくい、もったいぶった)専門用語;(専門用語が元になった)流行語、宣伝文句、キャッチフレーズ。(『ジーニアズ英和大辞典』より)
(2004年7月11日JMM配信)

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