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読書という扉

この記事は、Space of Digital Humanities からの転載です。


この田中優子氏の記事を読むことを激奨したい。ここに、X上でもしばしば指摘される日本人のリテラシー、つまり読み書き能力の急激な凋落を巡っての考察がある。しょっぱなに都知事選にそれが現れたことが指摘されているが、これもX上で多くの人が言葉は違えど同様の指摘をしていたことを覚えている。(記事の画像が粗くて読みにくいのでここから引用多めに書く。)

(注:記事の画像がとても読みにくいので、新たに書き起こしたものを下に載せる。)

読書という扉
法政大学名誉教授・前総長 田中優子  

東京新聞 2024.7.29

 東京都知事選の結果の背後には、この25年ほどの間に起こった、日本人のリテラシー、つまり読み書き能力の、急激な凋落があったのではないかと思っている。たとえば、人々は政策を読めない、理解できない、ということを前提に、政策を説明せずに経験談を語って共感を呼ぶ。真剣な議論をしない。質問されると別の話題にそらす。あるいは冷笑して質問し返す。街頭演説は短く発信の言葉も短く、数は多く、という手法を徹底するなど、「ともに学び考える」のではなく、できるだけ考えずに投票できるように導く。そういう候補者に票が集まった。

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 日本は江戸時代にリテラシーを高めようと出版に力を入れ全国に藩校や私塾をつくった。戦後になって現在の義務教育制度ができたわけだから、当然リテラシーは向上したはずだった。しかしそうではなかった。本はもちろん、長い文章や漫画すらも読み続けられなくなっているのだという。
 なぜそうなったのか。人はどういう時にリテラシーをたかめられるのか?それがわかる本がある。太田愛さんの『未明の砦』だ。
 大手自動車工場の4人の非正規および派遣社員を中心に展開するスリリングな小説だ。この中で注目すべきなのが、海辺の町の旧家にある、書籍を集めた「文庫」のシーンである。刑事たちは容疑者4人が読んだ本のリストと、そこに書き込まれた傍線やメモを発見する。読書の跡から、彼らの読み書きへの集中と、それによって引き起こされた急速な意識の覚醒に、気づいていく。
 4人は読書を通して知る。連合国軍司令部(GHQ)によって作業請負が禁止され、労働者が企業に直接雇用されるようになったこと、1960年代後半に派遣会社が生まれ70年代にその数が膨れ上がり、85年に労働者派遣法が成立し、99年には派遣業務が原則自由化された結果、非正規労働者が4割に達するに至り、日本人の平均賃金が先進7カ国(G7)で最下位になったこと。並行して戦時下の工場で覚醒剤入りチョコレートが作られ、動員労働者や特攻兵に渡されていたことも知る。
 具体的な書籍も登場する。映画監督・伊丹万作が書いた『戦争責任者の問題』と、松元ヒロさんの『憲法くん』である。前者は「批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民」という箇所に、後者は憲法が「国民から国への命令書である」という箇所に、4人が目を開かれたことがわかる。さらに、人間の尊厳を侵害する命令には従わなくても良い、とするドイツ連邦軍の抗命権。フランスの労働法で認められている撤退権。過激さによって権利を獲得した女性参政権運動・サフラジェット。そして黒人の公民権運動も知る。刑事は、4人が本によって学んでいく過程が、「地図上の自分たちの座標を知っていく過程」であったことに気づく。

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 過酷な状況にあるからこそ、本は社会における自分の座標を知る入り口、つまり「扉」になった。本はそもそも自分のために読むものだ。座標をつかむだけでなく、自分の発すべき「言葉」をそこに発見していく。黙って従うことの中に未来はないことがわかる。「唯一無二の私」がこの社会の中で生きていくための、最良の「よすが」なのである。

人のリテラシーはどういった経緯で高まる可能性があるのかを、太田愛の小説『未明の砦』を使って示唆されているところがとても興味深かった。この作品は読んでいないので読もうと思う。そこには、GHQによって”作業請負”が禁止されてから、派遣自由化・中抜きし放題の現在に至るまでの道程が描かれているようだ。

その作中で、4人の登場人物が、伊丹万作の『戦争責任者の問題』から「批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民」という箇所に、また松元ヒロの『憲法くんから「憲法は国民から国への命令書である」という箇所に目を開かれるそうだ。

前者の『戦争責任者の問題』は、青空文庫にも入っているので、0円でKindle版をダウンロード出来る。紙にするとほんの数ページだろう。是非とも読まれることを推奨する。

3年前「憲法リテラシー」というZoomイベントをやり始めて、後者の『憲法くん』から引用されている「憲法は国民から国への命令書である」ということを知らない人が多くいることに気がついた。義務教育で教えるべき最も重要なことの一つと言っても過言ではないと思うが、日本はそれに失敗しているということなのだろう。

『憲法くん』は小学生でも読める絵本らしい。これも読んだことがないので読んでみようと思う。みなさんもご一緒にどうでしょうか。

太田愛『未明の扉』https://amzn.to/3Wx5TXY
伊丹万作『戦争責任者の問題』https://amzn.to/4d1I0Pd
松元ヒロ『憲法くん』https://amzn.to/4fhxOnj


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