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6. マイクロ・クレジット地獄

 今回はマイクロ・クレジットの成功と失敗の条件について考えたものです。当時(15年くらい前)、グラミン・バンクは飛ぶ鳥を落とす勢いと言っていいくらい賞賛されていましたし、2006年には創始者のムハマド・ユヌスがノーベル平和賞をとったこともあり、批判的な意見を言う人はあまりいませんでした。
 実際にマイクロ・クレジット・プロジェクトを実施した人にはすぐ分かることですが、やれば誰でも簡単に成功するわけではないのは他のプロジェクトと同じです。
 援助プロジェクトの計画書にはログフレームという評価のための枠組みがあり、定期的な報告書も作成する必要があるので、成功か失敗かは一目瞭然なはずですが、実はそんなにはっきりしない。誰も気にしていないのではないかという疑いさえあります。
 現場でプロジェクトを実施している人は肉体的にも情緒的にも慢性的に疲弊しています。その上で、予算を期間内に消化し、報告書を書き続けるという作業に追われ続けます。自分がやっている「援助」というものを一歩引いて、一体何の役に立っているのかを見直す余裕などないのは普通です。ましてやノーベル平和賞をもらった人が推奨するプロジェクト。批判的検討やってる暇あったら次のプロジェクトに時間を割くということになりがちです。
 最近は、ブロックチェーンを利用したマイクロ・クレジットを行うというプロジェクト案がたくさん出てきました。Unbanked とかUnderbankedと呼ばれる銀行制度の恩恵の外にいる人達への金融がブロックチェーンの登場によって可能になったというのが前提です。国連にもたくさんのスタートアップが売り込みに来ましたので、彼らのホワイト・ペーパーを読み、話も聞きましたが、やはり現実との乖離はまだまだ大きくすぐに使えそうなものは皆無でした。しかし、そういうテク業界にも、元々援助業界にいた人たちが参加し始めているので、現在のデザイン上の不備は急速に改善していくだろうと期待しています。

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6. マイクロ・クレジット地獄

 マイクロ・クレジットが紛争後の援助プロジェクトの一つとして有効だという主張を見ることがある。100%間違いではないだろう。しかし、いったい、どのような想定の下で有効だと言えるのかが明示されていないと、これから実際に援助プロジェクトを実施しようとしている人にとってはかなり不親切なことになりかねない。

 マイクロ・クレジットというのは、普通なら担保も信用もなく銀行からお金を借りることなどできない最貧困層に小額のお金を貸し付け、それを元手に彼らが収入を得る機会を与えようという趣旨のプログラムだ。マイクロ・ファイナンスと呼ぶこともある。例えば、ある国では、100ドル借りることができれば、ミシンを買って服の修理屋を始めることができるかもしれない。あるいは、小さな屋台で食べ物を売る商売を始めることができるかもしれない。

 マイクロ・クレジットはバングラ・デシュのグラミン・バンクが始めたと言われ、その後、様々な団体-主にNGO-が同様のプログラムを世界中で実施して広まった。今では、担保を取るか・取らないか、利子をとるか・取らないか、対象は個人か・グループかなどの組み合わせで、様々なバリエーションがあり、従ってマイクロ・クレジットに対する理解も多様化してきている。

 1998年か99年頃だったと思うが、タリバンの役人数人がバングラ・デシュに招かれて行ったことがある。マイクロ・クレジットの導入が彼らの思想から見て許容できるかどうかを確認しに行ったのだ。結果はボツであった。当時(今もだが)、アフガニスタンは貧困の極致にあったが、タリバン支配が始まってから4、5年経つ南部地域には平穏な状態が続いていた。そこで経済的な弱者への措置を援助機関はいろいろと提案し、タリバンに持ちかけていたのだが、その一つがマイクロ・クレジットの導入であったのだ。しかし、利子にひっかかった。利子はよくない、イスラム教では禁止されている、ということで、マイクロ・クレジットの導入は見送られた。利子をとらない型を紹介していたら、結果は変わっていたかもしれない。

 ここではマイクロ・クレジットの問題を明確にするため、裨益者にもっとも負担が少ない、担保も利子も導入しないグループ・ギャランティ方式を例にして考えてみよう。例えば、まず5人ずつのグループを2つ作る。計10人はみんなお互いに知り合いである。最初にAグループの5人に、それぞれ100ドルずつ貸し付ける。3ヶ月後には、その100ドルはBグループの5人に貸し付ける約束である。従って、Aグループの5人はその100ドルを使って3ヶ月の間に自分のビジネスを立ち上げなければならない。Bグループの5人は3ヶ月間、Aグループのビジネス立ち上げを応援し、手伝う。

 3ケ月後、めでたくAグループの5人それぞれの100ドルがBグループに渡る頃には、Cグループが形成されている。Bグループの5人とCグループの5人はやはりみんなお互いに知り合いである。こうやって、最初の5人の100ドルは、延々といろんな人の手に渡っていくということになる。その間にみんな小さなビジネスを立ち上げてハッピーというわけだ。

 AグループとBグループの計10人、またBグループとCグループの計10人など、次々に続く直近の2グループの10人を知り合いから選ぶのは、貸し倒れを防ぐための工夫である。最初に現金を手にしている5人は次のグループの5人にも自分たちのいい思いをさせてあげたいと思うかもしれない。あるいは、知り合いなので持ち逃げするわけにもいかないという心理が働いているかもしれない。次のグループの5人は最初に現金を握ってビジネスを立ち上げようとしている5人は仲間なので成功して欲しいと思っているかもしれない。あるいは自分がその100ドルを手にするまで絶対に失敗するなと思っているだけかもしれない。冷たく言うと、このシステムは共同体的心情を利用することによって現金の持ち逃げを予防していると言える。

 ややこしい手続きを全部省略してみると、マイクロ・クレジットが行おうとしているのは、労働市場からはじかれ、経済活動にも参加する術がほとんどない最貧困層の人々が経済のゲームに参加する手助けをしようということだ。ほんの小さな投資で、物売りであれ、服の修理であれ、なんらかのビジネスを始めることができるような貧しい国で、かつそもそも経済活動と呼べるものが動く程度に安定している国では、これはうまく運営すれば有効なプログラムであり得るだろう。

 しかし、そのエッセンスだけを取り出すと、これはあくまで投資とリターンのゲームだ。100ドルという元手を投資し、それがゼロにならず、利潤をあげる。そして、100ドルを返す。上記のグループ・ギャランティ方式の場合、これを3ヶ月以内に行わないといけない。

 例えば、私のよく知っているパキスタンのイスラマバード市で考えてみる。50ドルを屋台製造に投資する。あと50ドルを材料費に投資する。そして、3ヶ月で100ドル以上を回収できるだろうか。1日1ドルから2ドルの売り上げを維持すればよいことになる。イスラマバード市は芳しくないとは言え、経済活動というものは動いている都市だ。おそらく3ケ月後、100ドルを返して、かつ屋台を維持することは可能だろう。

 さて、問題は紛争後の援助プロジェクトとしてマイクロ・クレジットは有効かということだ。絶対に無効だとは言い切れないが、自分なら絶対にやらないと言える程度に難しい。紛争後の特徴の一つは経済の破綻だ。非常にいびつな形でお金とモノが動いている。しばしば流通システムが破綻するため、モノがあっても偏在する。そのため圧倒的なモノ不足と過剰が共存したりする。カブールでは木炭用簡易コンロが不足し、便器が余っていた。貨幣価値が不安定になったり、ゼロになったりする。現金を紛争中に使い果たし、モノを売って生き延び、もう何も売るモノがなくなった状態で戦後を迎える者も少なくない。

 こういう状況で投資とリターンをどう考えればよいのか。投資家ならカントリー・リスクを考えるだろう。こういう状況の国のカントリー・リスクは極大に近いか、もしくは評価不能ではないだろうか。つまり、投資家ならどこのバカがそんなところに投資するかと返答するのではないだろうか。実際、これは戦後復興支援のもっとも大きなネックの一つである。結局、国際協力による援助などというのは応急処置的な延命措置の範囲をそう大きく越えるものではない。外国の民間企業の投資が始まらない限り、本格的な復興は始まらないだろう。援助はその環境を整えることができれば大成功と言える。しかし、簡単に「環境」と書いたが、それに含まれるものは、治安の安定、通信・交通などインフラ整備、法律の整備、司法制度の完備、行政の能力、民間の人材その他あまりにも多い。

 話をもとに戻すと、つまり、こういう状況で貸した100ドルが戻ってくると考えるのはあまり現実的ではない。もちろん、貸してあげるというNGOが登場すれば、誰も彼も飛びつくだろう。しかし、彼らが細かな手続きに従って、返済を迫られるとしたら、戦後の混乱期で生きるか死ぬかという状況がさらに過酷なことになりかねない。

 ほとんどの場合、もらった100ドルを投資に回す余裕などあるわけがなく、まっさきに食べ物を買い、あっという間に使い果たしてしまうだろう。つまり、すでに困窮を極めている人たちにさらに追い討ちをかけて借金地獄に落としたようなもんである。その結果、NGO職員は不本意ながら、借金の取立てに奔走する悪徳高利貸しになった気分を味わうかもしれない。やがて、いったい自分がここに何をしに来たのか考えこんでしまう者もいるだろう。あるいは、自分が援助している相手の人たちを金を持ち逃げする、まったく信用できない悪い奴らと罵り始める者もいるだろう。全面的信用から全面的不信へ一挙に転化するのだ。そして彼らは自分の国に帰って、永遠の真理をつかんだかのように、難民とか戦災者なんてのは、ろくな奴がいないんだよ、と吹聴して回る。悲しいことに後者は実によく見られる風景だ。

 もっともこういう状況だからこそ、小さな元手で大金をかせぐチャンスを見る人もいる。実際、そういう戦後の混乱期に大金持ちになる人もいる。だから、紛争後のマイクロ・クレジットが100%無効であるとは言い切れない。しかし、それはごく一部の才覚のある人だけの話だ。そういう人にはそもそもマイクロ・クレジットなどいらないだろう。

 では、どうすればいいのか。貸した100ドルを返せなどと言わず、あげてしまえばいいのだろうか。しかし、現金をばらまくというのは、慈善行為かもしれないが援助プログラムとは言いがたい。まさか「贈与の絨毯爆撃」というレトリックを真に受けたわけではないだろうが、アフガニスタンでは実際、米国同盟軍が空からの現金ばらまきをやった。しかし、これは慈善行為でも援助プログラムでもなく、対テロ戦争の戦略の一環だったから話が違う。

 何か良い方法があるのかもしれないが、それが分からないかぎり、とりあえず紛争直後は、マイクロ・クレジットには手を出さない方が無難だろう。では、こういう状況では、すばやく現金が多くの人の手に入るような Income generationプロジェクトは、不可能なのだろうか。

(2004年7月27日JMM配信)

(続く)

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