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東大を出たけれど07「酔客の一打」
「おい。ビール」
いつものように酒を片手に打つ中年客。レジ横の冷蔵庫から缶を取りながら、ふと手を見ると、こんな形だった。
一二二三三四赤五六七④赤⑤赤567
筒子を切れば単騎で聴牌だが、普通は萬子を払ってシャンテンに戻すところ。赤3枚なので、食いタンを視野に入れて打※一か。
客は、やや困った表情で切りあぐねている。
「御代、よろしいですか」
サイドテーブルにビールとグラスを置いて、声を掛けた。
「うるせえな!今話しかけるんじゃねえよ!」
客から突然怒号が飛ぶ。
唖然としたが、すぐに謝った。
この客はいつものことだ。打牌に迷っているとき、メンバーが飲み物を尋ねたりすれば即怒鳴り散らす。
聞こえない溜息をついて、とりあえず代金を待っていた。
急かされたように客が※一を切る。
二二三三四赤五六七④赤⑤赤567
考えたってどうせ切るのはその牌だろ、と思っていると、上家からリーチが掛かる。宣言牌は※⑥。客は当然チーテンを入れ、打※三とした。
ところが無情にも上家の待ちはペン※三。放銃した瞬間、憮然として客が吐き捨てた。
「※三から切っときゃよかった。メンバーが話しかけるからまた失敗だ。この店はいつもこうだ」
やれやれ、と思った。
私はもともと、あまり強い気性の人間ではない。誰かに理不尽な仕打ちを受けようが、それを糾弾したり反抗したりすることの方が億劫なのである。我慢が美徳、とも思わないが、客商売にはこういう資質は少なからず必要だとは思う。客の我侭な物言いにいちいち腹を立てていては、仕事にならないのである。
「すいませんでした」
謝ってなお無言でそのまま立つ私に、客は煩そうに代金を手渡した。
「御代頂きました。ありがとうございます」
機械的に唱えながら、そういえば、と冷静に今の手牌を思い起こしていた。
先に※三を切っておけば、
一二二三四赤五六七④赤⑤赤567
この形で萬子の※一‐※四‐※七と※二‐※五‐※八の受けが残せる。※二と※三のポンテンは消えるが、※一‐※四‐※七9枚のツモを裏目にする方が惜しい。正着は※三切りだったか。
「なあなあ、※三先打ちだったろ?」
振り返って客が言う。
先ほどその台詞を聞いたときは、※三で放銃したから、ただそう言っているのだと思っていた。
「・・・そうですね。確かにそうです。すいません、大事な所で話しかけて」
先刻より神妙に言う。
「まあ声かけるならタイミングがあるからな。頼むよ」
最初の客の言い方が穏やかだったとは言わないが、こちらが考えなしにただ憤然としていては、※三切りの真の意図さえ汲めないままである。
「言い過ぎたか?でも分かるよな」
幾分温和な表情の客に、気をつけます、と今度は心から言った。
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