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ヒーロー。

(注:2015-02-18 の文章です)


僕が昔最強戦のプロ予選に出たとき。
初戦で対面に、ある団体の偉い方が座った。
上家も下家も有名プロ。
みんなテレビで見たことある人だー、と思っていた。

僕が北家スタートで東1局と東2局に満貫をツモって、結構ダントツ。
東3局に親の上家からリーチが入った。僕はなんかグチャグチャな手だったので、とりあえずオリた。まあオリるよね。
流局したらカン4筒の愚形リーチだった。それでも親だし、先手は当然打つだろう。

で次の局、12巡目まで僕はリャンシャンテン。13巡目に親の切った牌を鳴いて形式テンパイに向かった。
すると下家の西家がリーチ。これもまあオリるよね。役ないし。
そして最後の巡目、このままでは西家に海底が回ってしまう。よって僕は上家の切った安全牌をチーして海底をずらした。
流局して、西家の一人テンパイ。
僕がノーテン、と言うと対面の偉い方がびっくりした表情をする。そして西家のテンパイ形を見て、またびっくりしている。海底ツモだったようだ。

そんなこんなで南入。上家が何度か和了って、僕はまくられる。
で、オーラス。僕のラス親は、3着目の偉い方が七対子のみの1600を和了ってさっと終わる。まあ仕方ないね。

で、このときの卓がずいぶん早く終わったもので、周りはみんなまだ打っていた。
卓に座ったままでいると、対面から偉い方が話しかけてきた。

「君ね、上家の親リーチにオリただろ。あれがダメなんだよ。君は満貫2回和了ってツイてたんだ。あんな愚形リーチにオリちゃダメだ。あのときも結構いい手だったんだろ?」

僕は、

「いいえあのときはグチャグチャだったし、だいたい満貫2回ツモったなら親リーチにオリるのは普通じゃないんですか?」

と言おうと思ったけど、とりあえず「はあ」と頷いていた。

「あと、次の形式テンパイに向かうあの鳴きがいけない。君は今ツイてるんだから鳴いちゃダメだ」

僕は、

「え?もう3段目でリャンシャンテンですし、そろそろテンパイ料を狙って仕掛けるのは普通じゃないんですか?」

と言おうと思ったけどやっぱり「はあ」と頷いていた。

「ああいうくだらない鳴きをするから西家にテンパイが入ってしまうんだ。それからあの海底ずらしとかね。まあ、たまたま海底は西家の和了り牌だったけどな。だいたい君の団体の人は鳴き過ぎる。君、高レートやったことないだろ。高レートやってればああいう鳴きをしないんだけどな」

僕は、

「え、高レートをやると麻雀の内容が変わってしまうんですか。僕は競技麻雀プロだと思っていたんですけど、高レートの経験がここの麻雀に関係あるなんて思いもしませんでした」

と言おうと思ったけど・・・まあいいや。

「まあ君もね、こんな団体にいるからこういう鳴きをしてしまうんだ。うちに来ればもっとちゃんとするよ」

僕が偉い方に説教されているのを遠目で見ながら、立会人であった我らが団体代表のイガリンが、

「いやーもっと言ってやって下さい」

などと言ってたのが個人的にはたいへん笑えないギャグであった。

誤解のないように言っておきたいのだが、その偉い方は、とても面倒見のいい人なんだと思う。
僕に対しても、丁寧に麻雀について教えてあげているつもりだったんだろう。
だから僕は特に反論する気も起きなかったけれど、そこにいる若い子は大変だろうなあ、と思っていた。
こうやって上の人に言われては、鳴きたいときも鳴けなくなってしまう。

実際次の2回戦、僕の上家に当の団体の別の方が座ったのだが、なんか縮こまって鳴けなくなってしまった。本当は萬子を仕掛けてチンイツにしたかった局面で、また何か言われるんじゃないかと思ってチーの声が出なかった。

僕は気が強い人間ではない。人の顔色を伺いながら生きてきたような、どこにでもいる小市民だ。誰でも自分の好きなように自由な麻雀が打てるわけじゃないだろう。

いつかは鳴きの優位性が認められる日も来るんじゃないか、でもそれはまだまだ先かなあ・・・などと思っていた。

それからしばらくして、ある打ち手が現れた。

堀内正人さんだ。

僕は個人的にはほとんど面識がない。
でも、彼は当時としては珍しく、軽い鳴きを主体とした手数の多いスタイルの麻雀だ。
それで勝てるかどうかは分からない。鳴くことは手牌の残し方に守備と攻撃のバランスが必要で、その判断は容易ではない。基礎能力がしっかりしていないと、こういう打ち方が勝てるというわけではない。

しかし、彼は強かった。ネット麻雀でも抜群の成績を叩き出し、2010年にはビッグタイトルである第27期の十段位を獲得した。

この動画を見て欲しい。
そのとき彼は、優勝が決まりつつある局の終盤に涙していた。
彼は今までどれだけ、いわれなき批判をされてきたのだろう。
どれだけ孤独な戦いを続けてきたのだろう。
男が泣くというのは、つまりそういうことだ。
僕はもう、一発で彼のファンになってしまった。
自分の出来なかったことを、言えなかったことを、彼は麻雀で懸命に示そうとしてくれている。
僕はずっと、彼を応援していこうと思った。

それからいろいろあって、彼はいなくなってしまった。

その経緯についてはどうしようもないが、
僕の中では、僕のヒーローがもう見れなくなってしまったことが残念だった。

退会して年が明け、彼は思いもよらない姿で帰ってきた。

神速の麻雀 堀内システム51

この本について、内容については言及しないことにする。
誰もが同じように打つ必要はないし、自分にとって有効な戦術を色んな所から取り入れていけばいい。
すごい、と感嘆する打ち方もあれば、「え、こんなの本当にするの?」とびっくりするものもある。
大事なのは、この本には「堀内正人」が詰まっているということだ。

彼が何を考え、どのように戦ってきたか。
ただの戦術本ではない。
ふんだんなデータも文章も。彼が戦ってきた軌跡をくっきりと示している。

最強戦のあの場所で。

何も言えずに小さくなっていた僕が、
ずっと待っていたのは、この本だった。

構成もたいへん読みやすく、福地さんにも心から感謝したい。
皆さんに読んで欲しいです。

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