オッサンオタクがリベラルに転向した時になぜ「しばき隊」みたいになるのかがようやく理解できたかもしれない

この増田、とても本質をついているのかもしれない……違ってるかもしれないけれど、個人的にはとても納得がいく。

オールドなオタクが無理にリベラルに舵を切ろうとして、結果ついていけない数々の事故例を見るにつけ、悲しいというかなんというか、無常を感じる。彼らは本気で正しくあろうとしているんだろう。だが、身体に染み込んだ旧弊の鎖がその理想についていかない。結果、なんだか見当違いな分析やとんちんかんな義憤を発するなにかになってしまう。当事者でもなければナチュラルに「人を傷つけない」空気で育ってきた世代でもないだけに、「こうあるべき」の理想が空回りしてしまう


この指摘めちゃくちゃ面白いな。


あれは「自分が正義でなければならない」「(理解できないけれど)新しい正しさを理解しなければいけない」という強迫観念から、理解できてないのに正しさを模倣しようとした結果だったのか……

これものすごい偏見なので、最初から間違いとわかってて書いてるんだけれど

一時期「特撮もの」が好きなオタクの人に、やたらと「自分自身が正義でなければいけない」と思い込んで暴走しちゃう人が多かった気がするんだよね。余り知られてないと思うけれど、新橋九段氏も実は特撮大好き人間だ。

(繰り返しますが「ジゴワットレポート」の結城さんなどの例外を多数指摘することができるので、「特撮もの」=「正義厨」とは思ってません。というか特撮ものが好きであること自体は全くおかしくない)

ごくごく一部の人が、特撮や少年少女向け作品で描かれるような正義と悪の話を、自分でしっかりかみ砕くことができず、そのまんま現実に適応してしまうのだろうか。

彼らは彼らなりに、「正しくあらねばならない」「正しくあろう」とした結果、「敵や悪をみつけてそれと戦うこと」が目的になってしまったのだ、って考えると、ついつい納得してしまいそうになる。(納得したらダメですよ)

その結果「彼らの観測範囲内にいる悪」をみつけようとするのだろう。でも、かれらの観測範囲内っておっそろしくせまくて多分「政治家」か「自分の同類」しかいないんだと思う。まぁあと単純に、自分の感情と世界の区別ができてないみたいな問題もあるんだろうけれどそっちはオーバーキルし自分にだってブーメランになりうる話だ。


他人について分析しようとするとだいたいドツボにハマるからこの辺にして。



こういう「間違ったおっさんリベラル」たちは、適度にあきらめることによって心が楽になるのかもしれない

増田の続きの文章がとても残酷でかつ優しい。

ここはこれから40代になろうとする私も気を付けないとだめだ。

俺たちはすっかりおっさんだよ。新しい時代へなんていけないよ。「正しく」なくても、せめて「間違ってない」くらいで許してもらっていいんじゃないかな。
いまあんたがリアルで何やってるかは知らないが、たぶん政治家でもデカい組織のエラいひとでもないでしょう。いるだけで誰かを圧迫するような立場ではないだろう?

あんたが捨てるべきは、古い時代の価値観とかじゃなくて、常に絶対に「正しい」側にいて「間違い」を糾すべし、という、古臭い男らしさだよ。時代は俺やあんたが変わんなくても変わっていくよ。誰かを責めなくてもいいんだよ。

そう。正義であることよりも大事なことはあるよね。

別に正義でなくなっても、時代に取り残されても、世界の片隅で生きていくことはできるんだよって呼びかけてる。

これを心から受け入れることができたなら。

別に正義とか何者かにならなくてもいいのだとわかったら、彼らは救われるのだろうか。

「何者かにならねばならない」という思いに取りつかれたおっさんたちは少しは気持ちが楽になるのだろうか。

そうだったらいいなと思う。



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