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表現の自由問題に関する議論はだいたいこのあたりを行ったり来たりして議論がダンスダンスする

月曜日のたわわ問題について、批判している人達の意見がどのように変遷していっているかの過程をメモしておく。


こういう記録を見ると「これ全部が違う人だろ」という人もいるだろうが、問題なのは誰がそれを言ったかではない。「どういう論点があってどのように決着したか」をちゃんと記録しておいたほうがいいということだ。本題は「だいたいどんな話題でも同じような議題が繰り返されているのに、毎回一つ一つにきちんと決着をつけずに別の議題にシフトしていくせいで、話題が変わるごとに無限に同じ論点を繰り返してしまうのは不毛だ」ということである。

きちんとその話題について発生した議題や論点というのはきちんと記録しておき、その次の話題で同じようなことがあったときは「あ、これたわわゼミの時に習ったやつだ!」って感じでスピーディーに処理していくべきなのだ。少なくとも日本の法制度はそのように運用されている。

判例というのはそのくらい重要な役割を持っている。


議論に参加してる人たちは、一つ一つの論点の決着を見届けることなく次々と違う論点に飛びつき、いろんな論点をぐるぐる回っているうちに、自分は何を批判していたのかという軸を失ってしまう。そして、せっかく議論をしたのにそこから何ひとつ学びを得ない。なんて不毛なんだ。


一つ一つについてきちんと判例化していく作業は結構価値がある。これをきちんとやれば、ツイフェミが話題が変わるごとに毎回0から同じことを言い出すことも減る。ツイフェミが受け入れるかどうかはともかく、こちら側は「この時の判例を参照しろ」だけで議論の手間を短縮できる。

ネットの議論には裁判官がいないが、実際のところほとんどの話は結論は出せる。従来の法律がそのまんま適用できる話が多いからだ。最近はきちんとそれを解説してくれる弁護士さんがちらほら出てきた。

あとはそれをきちんと「判例」としてアーカイブしていけばよい。



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